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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第九十一話 意味のない振れ幅(5/9)

「ライト、見上げて……」

「アウト!」

「捕りました!これでツーアウト!!」


「ナイピー水面(みなも)ちゃん!」

「えらいで!」

「よしよししたる!」


「コラコラコラコラ〜ッ!(`o´)子供扱いしないでよ!!」


 ウチもここまで順調やけど、向こうの三波(みなみ)さんも順調。

 ウチよりもさらにはっきりした右のサイドスローで、スクリューとスライダーが武器の好投手。去年と今年ここまではちょっとイマイチやったけど、今日はえらいキレッキレ。雨の次の日やから、湿気のおかげで指に上手いことかかっとるんかもしれんな。


「6番サード、若王子姫子(わかおうじひめこ)。背番号60」

「永遠のホームランクイーン姫子様じゃ!」

「お姉!でかいの頼むで!!」


 姫子さん……現役で一番多くホームランを打ってきた、紛れも無い天才スラッガー。あの撫子(なでしこ)の姉ちゃんなだけある。

 でもそれだけの数を積み重ねてきたってことは、それだけ歳を喰ってきたってことでもある。去年は3割近く打って30本、そして打点王。去年のリーグ最強打者の撫子と比べても見劣りしない好成績。

 それでもやっぱり、規定に乗れば必ずホームラン王になってた頃と比べれば衰えてきてるのは事実。


「ストライーク!」

「空振り!外スライダー!!」

「うへぇ……今日の三波(みなみ)のスライダー、マジキレてるなぁ」

「あれはちょっと……」


 それに、あの外へのスライダー。姫子さんは外角の球でもボールの外側を叩いてレフトスタンドに運ぶってのができるみたいやけど、流石にアレには届かんやろうな。


(でゅふふふ……素晴らしいですよぉ。キレももちろんのこと、どれもキッチリ右打者の外角に集められてる。今日は右打者の多いビリオンズ相手ですからますますありがたいですねぇ。ここは無難に、最後もコレでいきましょうか)

(OK!)


 ミットは外。やっぱり続ける気か……!?


(そうくると思ってました……!)


「「!!?」」






「は、入りましたホームラン!!!」

「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」

「「「「「姫子!姫子!姫子!姫子!」」」」」


 最後もやっぱり外スライダー。決して甘い球やなかった。それを軽く払うようなスイングでライトスタンドまで運び込んだ。まさに広角打法のお手本みたいな一発。


「今ホームイン!1-0!!ビリオンズ、頼れるベテランの一発で先制!!!」

「流石やお姉!!!」

「ふふっ、キャッチャーの妹に打つ方まで任せていては立つ背がありませんからね」


 ベンチからの祝福を受け、ハイタッチを交わす姫子さん。


西園寺(さいおんじ)

「は、はい!」

「今日は良いピッチングをしてますわね。引っ張り屋のワタクシが意地を捨てて1点をもぎ取ったのですから、最後まで励むのですよ?」

「……ありがとうございます!」


 粋なことしてくれるわ。前言撤回。まだまだ年寄り扱いなんてできんな、この人は。


(スミマセン、あれは完全にワタクシメの慢心です……)

(いや、流石にあのスライダーをスタンドまで持っていけるとは思わないわよ……)

(……若王子はスイングの初速を犠牲にする代わりに、インパクトの瞬間にヘッドをトップスピードに乗せることでホームラン性の打球を担保するスタイル。それに加えて再現性をより重視するために引っ張りに徹してるけど、そのスイングの性質上、その気になれば逆方向にも叩き込める、ってことね……)


 ・

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「4回の裏、バニーズの攻撃。3番ショート、月出里(すだち)。背番号25」


「ちょうちょ!また塁に出てや!」

「とりあえず同点や!」


 味方が先制してくれた直後で、先頭からマークしてる月出里(チビ)が相手。結構な山場やな……ん?


(また目の前で見せつけてくれて……!)

(……ッ!!?)


 な、何や……?さっきまでより迫力が……


(まーたあの子の妬みが出ちゃったかしらねぇ……?)


(……とりあえず、さっきはあれだけ外を攻めてもシュートを平気で返されましたからね。一昨年もそうでしたけど、月出里さんのインコース捌きは脅威という他ありません。ここはやはり外中心で攻めましょう)


 せやな。完投、とまでいかなくても勝ち投手とかQS目指してく以上は月出里(チビ)ともあと1回くらいは勝負するはず。とりあえずこの打席はここまで出した手札でどうにか……!?


「「「「「!!!??」」」」」


 外スラが……


「ライト大きい!!!」

「「「ファッ!!?」」」

「え?まさか……」

「行くんか!?行くんか!!?」






「ファール!」

「ポール際、切れましたファール!」

「惜ッしい……!」

「クッソォ、ちょうちょの初ホームラン生で見れる思ったのに……!」

(あい)ちゃん!ナイバッチ!!」

「良いぞ!その調子だ!!」


 危なかった……


「チッ……!」

(クソッタレ……!せっかくおあつらえ向きだったのに……!!)


 打球方向をしばらく見つめてから、ものすごい形相で舌打ちする月出里(チビ)。ウチとしちゃ命拾い、向こうとしちゃ痛恨のミス……にしてはキレすぎな気がするけど……


(……やっぱりあの子、目の前で『学習』すると再現度が上がるみたいね。2年前の紅白戦、天野(あまの)の時と全く同じ。妬みによる精神的な部分も、ある程度『呪い』に打ち勝てる要素になってるのかしらね?まだ『呪い』の方が少し強いみたいだけど)


(こうなってくると外一辺倒も危険ですね。気が進まないかもしれませんが、内側も厳しく攻めて踏み込ませないようにしましょう)


 しゃーないな……ぶつけてもうたら、あの時みたいにやり返されても文句言えんな。


「ボール!」

「足元!外れましたボール!!」


 当然、わざとはせんけどな。頭の近くは尚更。


「ボール!」

「高めにまっすぐ、外れて……」

「ストライーク!」

「外空振り!」

「良いところにフォークを落としましたねぇ」


 ワンスリー覚悟のフォーク、打ち気が強いからええ感じに通ってくれた。

 せやけどコイツはここからが大変や……


「ファール!」

「ファール!」


「ねばねば」

「4割打つ上にこれがあるからいやらしいんだよなぁ」

「ちょうちょがいやらしい……?アリだと思います(クソノンケ)」


 狙い球を絞りつつも、それ以外はカット。追い込まれてこれをやるのは口で言うほど簡単なことやないのに、コイツは平気でやりよる。平均球速かなり伸ばしたってのにな。


「ボール!」

「外れました!これでフルカウント!」


 判定が際どそうなとこは遠慮なくカットしてくるから、見逃し三振すらもなかなか狙えん。くそッ……!


(西園寺さんは緩い球が苦手。故に、タイミングを外すのが苦手。ここはもう高めまっすぐで一か八か……!)




「……ボール!フォアボール!」

「見送ったフォアボール!」


「さすちょう」

「塁に出る機械ほんとすき」


 スイングとは逆の方向にクルリと回転して見送り。余裕を感じさせる仕草。


(今日はすみちゃんの誕生日。ホームランを見せたいけど、それ以上に、欲張って無様なところは見せられないからね)


 全く腹立たしいやっちゃ。


「4番指名打者、十握(とつか)。背番号34」


 せやけど……


「!!!」

「ストライーク!」


 ホーム踏ませんかったらええだけの話や!


「うぉっ、またあのクイックか……」

「ようあんなんで普通に投げれるわ……」


(今年のウチは積極的に走っていきたいけど、流石にあのバッテリーが健在な間はやっても無謀になるだけかな……?)


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「サード間に合った!二塁転送!」

「アウト!」

「ッっしゃあっ!」


 柄にもなく思わず吠える。金剛(こんごう)さんにライト前許してもうたけど、どうにか切り抜けた。


「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、一三塁のチャンスでしたがこの回も得点ならず!1-0、ビリオンズのリードが続きます!」


「やるじゃねーか西園寺!」

「エース候補の面目躍如だぜ!」

「ビーンボールに頼らんでもいけるやんけ!」


 他球団だけじゃなく自分とこのファンからもずっと"面汚し"扱いされてたけど、今日はこの満員御礼の中での歓声……久しぶりやな。高校ん頃、嚆矢園(こうしえん)で投げた時以来や。


雲雀(ひばり)!ようやったで!」

「おう!」

「西園寺さん!ナイピーです!!」

「サンキュー!」


 ベンチに戻って、撫子、京介(きょうすけ)とタッチを交わす。

 ちぃと球数は(かさ)んでもうたけど、何やかんやで無失点。まだまだいけそうやな。


 ……こういうのがええってのを思い出させてくれたことも感謝したるわ、月出里(チビ)


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