第九十一話 意味のない振れ幅(3/9)
******視点:西園寺雲雀******
「ツーアウトランナーなしで打席には今日3番の月出里。今シーズンは開幕から打撃好調、開幕から1ヶ月以上経った現在でも打率は4割超え。盗塁の数でもリーグトップ。高卒3年目の非常に若い選手ですが、今年のオリンピック帝国代表候補にも名を連ねています」
「ちょうちょ!三凡で楽させんなや!」
「ツーアウトからでも引っ掻き回したれ!」
「西園寺!チビに調子乗らすなや!」
「今年こそ"嚆矢園優勝投手"の格を見せてやれ!」
ようやく追いついたわ、月出里んとこに。
二軍でも9番が定位置やった奴があっという間に育って、去年は招福さんと盗塁で並んで、背番号もひっくり返って、今年はリーグの首位打者と盗塁王を独走。随分偉くなったもんやな。奇しくもお前に勝つのを目標にしたウチの目は間違うてなかったっちゅーのが証明されたわけや。
ウチもようやく10番台の背番号に似合う立場に上り詰めた。そしてあん時と違て、ゴールデンウィーク真っ只中の一軍戦。ギャラリーの数も比べもんにならへん。リベンジするにはうってつけの舞台や。
「ストライーク!」
「「「おおっ!!!」」」
「外まっすぐ!今日最速の150km/hが出ました!!」
ノリノリやった高校ん頃も、プロに入った後もどうしても乗り越えられんかった150の壁。今ではこうやって先発やりながらでも超えられるようになった。それもお前のおかげや。感謝したるわ、月出里。
(今の見逃し方……やっぱり月出里さん、死球を警戒してるのかな?西園寺さん、前科あるし……)
……『実力でリベンジする』と決めた以上、当然、もうわざとぶつけるような真似はせん。そもそも今のウチは月出里以外にやってそうするつもりはないし、その必要さえないと思ってる。それだけの実力を身に付けたっちゅー自負があるからな。
せやけど、今のワンストライクはタダ同然でもらったようなもん。2年前の死球と危険球攻めが配球として利いてしまった結果や。その点についちゃウチ自身にとっても納得がいかへんところがある。
せやから本当は今日の試合前に月出里に『もうわざとぶつけへん』って教えることも考えたんやけどな。ただ、言ったところで信用はされへんやろうし、そういうのもある意味駆け引きになってまうしな。『野球の貸し借りは野球だけでやり取りすべき』。『盤外戦なんてクソ喰らえ』。そう考えたら、やっぱりこうやって本番で誠意を見せ続けるしかあらへん。
「ストライーク!」
「外カットボール空振り!2球で追い込みました!!」
……ここでサイン通り、外スラをギリギリに入れられたら、多分打ち取るのは難しくないやろな。けど……
「!!?」
「ボール!」
「もう1球外!今度は大きく外れました!!」
(西園寺さん……)
悪いな京介。月出里にだけはどうしても意地張らんとアカンねん。
(……『もうぶつけないから』、ってことかな?打球をぶつけられたので単にビビってるだけなのか……)
とりあえず『もうぶつけへん』っていうのが伝われば結構。その結果"臆病者"のレッテルを貼られようともな。
その上で勝たへんと意味ないんやから。
「ボール!」
「ファール!」
「これもカットボール!外続けます!」
よし、とりあえず最低限踏み込んでくれたな。
とはいえ野球をやってる以上、100%なんてもんはあり得へん。ウチもこれから先野球を続けてたら、またどっかでぶつけてまうこともあるとは思う。せやからせめて、『アウトを取るために攻めた結果仕方なく』って思ってもらえるようには努める。
この1球にしたってな……!
(シュート……!)
!!!捉えられた……!?
「引っ張った!!!」
「ッ……!」
「ショート飛びついた……!!?」
三遊間への強烈なゴロ。ショートの六車さんが飛びついてグローブに触れはしたけど、ギリギリ捕球はできず、弾いた打球をサードの姫子さんがどうにかカバー。
「サード投げません!」
「セーフ!」
「記録はショート内野安打!月出里、今日もヒット!!」
「ええぞちょうちょ!」
「ちょうちょの内野安打って結構珍しないか?」
「脚速いけど意外とないんやんな」
あんだけ外を見せて詰まらせてもあの打球速度……六車さんの守備範囲やからどうにか内野安打で収まったけど、並のショートなら普通にレフト前……
(内角シュート狙ってたのに、思ったよりも喰いこんできた。今日こそホームラン打つつもりなのに……!)
ウチとしちゃ完全にしてやられたけど、一塁の月出里も納得してないような表情。
(大丈夫ですよ西園寺さん。ここからでもやり返すことはできますよ)
せやな。まだ手札は残ってる。ウチ1人じゃどうにもならんやり方やけどな。
「4番指名打者、十握。背番号34」
「ツーアウトからランナーが出て、打席には十握。ここまで打率3割キープ、本塁打も5本と、中軸としての役割を全うしております」
「「「ホームランホームラン三四郎!」」」
「あー成程、打線のツートップ並べるって意味では3番ちょうちょアリやな」
「でもちょうちょゲッツーあるしなぁ」
(ここは……)
(『盗塁』……)
(まぁ妥当ですね)
確かに十握も長打力こそあれど、基本的には三振の少ないアベレージヒッター。お互い点の入ってない今やったら、仕掛けてくる可能性大や。
「一塁ランナーの月出里、今シーズンはすでに19盗塁。今日ここで両リーグ最速の20盗塁到達なるか……」
「ボール!」
「1球目!高めストレート外しました!!」
(とりあえずウエストで様子見……)
「一塁牽制!」
「セーフ!」
(牽制もクイックも一昨年くらいと同じで下手じゃない。でも、仕掛けられないことはない。それに、牽制の後っていうのは却って隙がある。早くホームに投げたいからこそやる行為なんだから)
月出里は去年と比べて今年は積極的に仕掛けてくるようになったけど、基本的には率重視。リスクの高い相手には無理に仕掛けたりせん。やからこそ、あえて隙を見せる必要がある。
(ここ……!)
「一塁ランナースタート!」
「!!?ッ……!」
かかった……!
「ストライーク!」
「二塁送球!」
「アウトォォォォォ!!!」
「タッチアウト!盗塁失敗!!」
「な、何や今の……!?」
「クイック速……」
「いや、速いとかってレベルちゃうやろ……」
「あのキャッチャーも肩ええな……」
「育成上がりらしいで」
プロに入って以来、腕を下げたりでフォームをいじるのは慣れっこや。それでトラッキングシステムとかいう機械にも頼るようになって、その過程でクイックのレベルアップも捗った。最初のクイックは単なる撒き餌。
『超高速クイック』。これがウチの新たな武器や。
(やられた……!)
二塁の上で悔しがる月出里。それや。それが見たかったんや。これで少し溜飲が下がったわ。
……まぁもちろん、打ち取る形でアウトにできたらその方がええに決まってるけどな。
「スリーアウトチェンジ!」
「西園寺さん、ナイスクイックでしたよ!」
「京介もよう刺してくれたな。助かったで」
「ど、どうも……」
けど、結果的にアウトにしてやれたらそれでええ。『盗塁阻止率』って数字はキャッチャーのものになってまうけど、盗塁阻止は投手の仕事でもある。そして盗塁は塁に出たランナーから仕掛ける喧嘩。出塁という、せっかくの打者の『勝ち』をかなぐり捨てるリスクを承知でやること。ならこういうのもウチの『勝ち』でええやろ?京介をここまで連れてきたのもそのためでもあるんやしな。
今日は何があっても仕事やらせてやらへんで?月出里。
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