第九十一話 意味のない振れ幅(2/9)
今回再登場する相手チームのバッテリーとの過去の一戦は第三十五話〜です。読み返す際の参考に。
5月5日。試合前。
『お誕生日おめでとう』
『ん、ありがと』
『大学の方はどう?』
『講義自体はもうあんまり受けなくて良いんだけど、卒論がね……』
『今年は倒れないようにね』
『そりゃ貴女達次第だわ』
『確かに』
『貴女の方はどう?この時期まで4割キープしてるけど』
『打率は良いからやっぱり一発打ちたいね……今日何とかバースデーアーチ狙ってみるよ』
『無理はしないようにね』
『来年からはオーナー一本でやるんだよね?大阪に戻るの?』
『そうなると思うわ』
『じゃあ来年からは球場にも来れる?』
『そうね。とりあえずこの日は必ず行くようにするわ』
『ありがとう。それじゃ、そろそろ行ってくるね』
『頑張ってね』
今日はすみちゃんの誕生日。汽車に乗って駅が見えなくなるまで手を振るみたいに、スマホをロッカーにしまうギリギリまでメッセージを重ねた。
確かにホームランは出る気配がないけど、バッティング自体は好調。情けないところを見せるつもりはない。
……今日の相手は何かと因縁のある人が多いしね。
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******視点:西科京介[大宮桜幕ビリオンズ 捕手]******
試合開始30分前。今日のスタメンが球場内で発表される。
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2020ペナントレース バニーズvsビリオンズ
○天王寺三条バニーズ
監督:伊達郁雄
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2二 徳田火織[右左]
3遊 月出里逢[右右]
4指 十握三四郎[右左]
5左 金剛丁一[左左]
6一 天野千尋[右右]
7右 松村桐生[左左]
8三 相模畔[右左]
9捕 有川理世[右左]
投 三波水面[右右]
●大宮桜幕ビリオンズ
監督:八汐元三
[先発]
1右 恋塚万梨阿[右右]
2遊 六車刀磨[右左]
3指 若王子撫子[右左]
4一 関恵実[右右]
5二 赤藤国光[右右]
6三 若王子姫子[右右]
7左 ■■■■[右左]
8捕 西科京介[右右]
9中 招福金八[右両]
投 西園寺雲雀[右右]
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「今日はいつもとだいぶ違うな……」
「ちょうちょクリーンナップやんけ!」
「いや、って言うか左ばっかじゃね?」
バニーズはスタメンが割と流動的だけど、それでも今年は1番に月出里さん、2番に徳田さん、3番4番の枠にオクスプリングさんと十握さんっていうのはほぼ固定だった。
それが今日はスタメン野手7人が左打者で、月出里さんが3番という布陣。これにはバニーズのファンの人達もざわついてる。
まぁおそらく理由は……
「日頃の行いやろなぁ」
「西園寺さん……」
僕の隣に来て同じようにバックスクリーンを眺める西園寺さん。
今日は僕と西園寺さんがスタメンバッテリー。ウチの正捕手は言うまでもなく妹の方の若王子さんだけど、今の時代の捕手というものは何かと負担が大きい。ましてや打線の軸でもある。おかげで僕にも少しはお鉢が回ってくるわけだけど。
「京介、こっち見ぃ」
「……?は、はい」
「髪ボサボサ、髭伸び伸び、瓶底眼鏡着用……よし、合格や」
僕の顔を指差し確認してから、肩を叩く。
一昨年に二軍でよく組むようになって、最初は『人前に出るなら身だしなみを整えろ』って言われてたのに、次からは逆に『いつも通りでいろ』って言われるようになって。まぁ僕としては楽で良いんだけど、気まぐれな人だ。いつの間にか下の名前で呼ばれるようになってたから、信頼は勝ち取れたのかなぁとは思うけど……
「『合格』じゃないですよ!勿体無い!!」
「あはははは。京ちゃんモテモテやなぁ」
「うわっ!?」
なぜか嘆く恋塚さんと、いきなり後ろから僕の尻を揉んできた若王子妹さん。
「……おい撫子。何のつもりや?」
「独り占めはアカンでぇ〜?うちにもちょっとつまませてぇな。な?」
額が触れるくらい顔を近づけて睨み合う西園寺さんと若王子妹さん。西園寺さんって結構一匹狼なところがあるけど、若王子妹さんとはやけに仲が良いよね。
……ん?
「あの、若王子さん。顔……」
「あ……」
「お前、まさか……」
口の周りに何故かソース。色白で綺麗な肌だから余計に目立つ。
「おい誰や!?ウチのイカ焼き盗ったん!!?」
((やっぱり……))
イカ焼きの包装紙らしき物を持って、ベンチメンバーに順々に問い詰める姉の方の若王子さん。
「若王子さん……」
「あら西科さん?いかがなさいました?」
急に思い出したかのようによそゆきキャラの若王子妹さん。まぁそういうことだよね……
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「1回の表、ビリオンズの攻撃。1番ライト、恋塚。背番号53」
(マリアも西科さんに良いとこ見せちゃうんだから……!)
「万梨阿!1番でも遠慮なく飛ばせ!」
「外野埋め合わせろ!」
ビリオンズは皮肉にもそのチーム名の通り拝金主義な人が集まりがちなのか、毎年のように主力選手が移籍する。去年のオフも不動のセンターだった棟木さんがメジャー挑戦。ただでさえ内野と比べて手薄だった外野がさらに手薄に。
それでも古くから"強豪"と呼ばれ続けるのは、何だかんだで埋め合わせの選手がすぐに育つから。恋塚さんも二軍では俊足・強肩・好守・強打を兼ね備えたハイレベルな外野手として活躍して、データアナリストの間でも球界屈指のプロスペクト候補として注目されてる。
「ショート捕って一塁転送!」
「アウト!」
「華麗に捌いてワンナウト!今日のバニーズのショートは月出里です!」
「うーん、チッヒが復帰した途端にスローイングもええのは何か損した気分やな」
「悪いことやないけどな……」
「アホ!初球からミスショットしてどうすんだよ!?」
「絞ってけ絞ってけ!」
(だって思ったよりもツーシームが喰いこんできたんだもん……)
とは言え同じ『打率3割』とかでも、環境が違えば価値も全然違ってくる。二軍で圧倒的な成績を残した選手が一軍ではからっきし、そしてその逆もあり得るのが難しいところ。
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「サード見上げて……」
「アウト!スリーアウトチェンジ!!」
初回は若王子妹さんのシングルだけで無得点。
「若王子さん、ナイバッチでした!」
「ありがとな。京ちゃん、今日は雲雀のこと頼んだで」
「あ、はい……!」
今日は指名打者だからベンチに戻る若王子妹さんとすれ違いざまに軽い会話。
「何目線やねん、全く……」
呆れてるような西園寺さん。でもどこか満更でもなさそうな……
「京介、初っ端から"アイツ"に回るからな。リード頼むで」
「はい!」
やっぱり意識するしかないよね。"今の西園寺さん"になるきっかけになった"あの人"を。
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番センター、赤猫。背番号53」
「今シーズンは開幕から月出里が1番を務めてきましたが、今日は久々に赤猫が1番に復帰となります」
「閑たそ!アラフォーでもまだまだやれるで!」
「いきなり盗塁かましたれ!」
(まだ34よ……!)
赤猫さんを1番に据えたのは、おそらく左攻勢の一環。西園寺さんは二軍にいた頃から右のサイド気味のスリークォーター。シュート系が武器で、同時に死球も多かった。向こうの判断は妥当なところ。
だけど当然、右投げ左打ちだらけの今の時代に左を抑えられないような先発投手がそうそう一軍になんて上がれるわけがない。
「ッ……!」
「ファール!」
「初球まっすぐ!148km/h!!」
「うぉっ、結構速いやん……」
「アイツ確か嚆矢園の優勝投手やった奴やんな?」
「若王子妹と同期の奴やな」
トラッキングシステムを駆使して、球速アップを実現した。
「!!?」
「ショート見上げて……」
「アウト!」
「捕りましたワンナウト!」
「おお、今のすげぇな……」
「シュートか?」
そしてウイニングショットのシュートの強化。左打者相手でも擬似的なスライダーのように機能するようになった。
「2番セカンド、徳田。背番号36」
徳田さんは内角の球や右のフォーク系を得意としてる左のプルヒッター。本来であれば左は内側のカットで牽制しつつ外のシュートで決めたいところだけど……
「ストライク!バッターアウト!!」
「三球三振ッ!最後も外のシュート!!」
「おいィ!?同じの3つやろ!!?」
(そんなこと言ったってさぁ……)
わざわざ付け入る隙を与えることはない。慣れを分散させない意味でも、特に効果があると睨んだシュートだけで仕留めてみせた。
ここまではあらかじめ思い描いてた通り。そしてその想定通りに制球してくれた西園寺さんのおかげ。
だけど本番はこれから……
「3番ショート、月出里。背番号25」
(久しぶりやな、月出里……!)
(ちょうどツーアウトでランナーもいないし、またぶつけてくるのかなぁ……?まぁやられたらまたやり返してやるけど)
西園寺さんがここまで来れたのも、そして僕もそれについて来れたのも、あの時の月出里さんとの勝負がきっかけだからね。
今日再び勝負して今度こそ勝つのが、一種の敬意であり、一種のケジメでもある。




