第九十一話 意味のない振れ幅(1/9)
******視点:月出里逢******
5月4日、サンジョーフィールド。今日はゴールデンウィーク9連戦の7戦目で、残り3試合はホームでビリオンズ戦……の予定で一応球場入りして準備はしてたけど、ついさっき雨天中止が正式に発表された。
「よっしゃ!今日は休みっすね!」
「まぁブルペンにとっちゃ助かるよな正直……」
最近出突っ張りの風刃くんと神楽ちゃんが安堵する。
この辺は屋外球場ならではの特徴。あたしはできるだけ紫外線を浴びたくないんだけど、ビタミンDを作るために必要と割り切るしかないね。バレーとかバスケの才能があったら良かったんだけど、あいにくあたしは野球以外の球技はからっきしダメ。
「やぁやぁ皆さん。お疲れ様です」
「あ、瀬長くん」
沖縄の人らしく少し焼けた肌で、冬島さんみたいに短めの髪を整髪料でキッチリ整えてて、ちょっと威圧感のある風貌の男の人。背はあたしよりほんの少し上くらいでプロ野球選手にしては上背がないけど、身体付きは猪戸くんみたいにガッチリしてる。そしてゲームのコントローラーみたいな変なデザインのデカいサングラスをかけてる。
瀬長健次郎。あたしと同学年の、ビリオンズのプロスペクト。
瀬長くんとは一昨年は二軍が同じリーグ、そして去年も途中から一軍昇格してきたから、対戦したことは何度かある。確かドラ4くらいで、あたしと同じで最初はそこまで注目株じゃなかったけど、現状は強豪ビリオンズ自慢の勝ちパターン。
「あ、瀬長さん初めまして!自分、風刃鋭利って言います!」
「これはこれはご丁寧にどうも。君のことはよく知ってますよ。ここ最近素晴らしいピッチングをしてますね」
「へへ、どうも!」
「ところで風刃くん。君は元々、去年と同様に先発候補だったとか……」
「そうなんすよ。オープン戦でもローテ枠争ってたんすけど、チーム事情とかで今はこんな感じです」
「気持ちはよぉくわかりますよ。我んも先発を希望してたのに、オープン戦で1試合燃えただけで今年も中継ぎ起用が決定してしまいましたからねぇ」
「あっちゃあ、そうだったんすね……そりゃ残念っすね……」
「きちんと根拠になる数字を示してくれれば納得もできるんですけどねぇ。やはり『若い投手はよほどの逸材でなければとりあえずリリーフで経験を積め』という風潮なのか……」
「お前みたいになまじ球が速いとそうなっちまうよなぁ。あっしは遅いけど」
「夏樹さんも先発志望ですか?」
「まぁできることならやってみたいけどな。でもあっし、ランナー出しすぎるからなぁ……」
「確かにWHIPは平均以上ですが、四死球はそこまで多くないですし強打者との対戦成績も素晴らしいですね。単純に球速帯を上げるなりで他の打者相手での期待値を上げていけば十分可能性はあると思いますよ」
「それが簡単にできたら苦労しねーよ。140中盤まで上げるのがどれだけ大変だったか……」
「瀬長さんめっちゃ速いっすけど、どうやって球速伸ばしたんすか?」
「そうですね。単純にウエイトが土台ではあるのですが、フォームに関してはそれだけではどうしようもないですからね。なので実は今年、ポータブルサイズのトラッキングシステムを買って自分のモーションを客観的に分析したんですよ」
「へぇ、そんなのあるんすね。最近よく聞く『HIVE』みたいなもんすか?」
「ええ。それの安くて小さいやつくらいに思ってもらえれば」
「お前ほんとそういうの強いな……」
多分過去のデータを拾ってるんだろうけど、手持ちのタブレットを素早く操作しながら、投手同士の話で盛り上がる瀬長くん。こんな見た目だけど、口調も振る舞いも、そして野球に対する考え方なんかもものすごく理知的。
何と言うか、見た目的にウチの雨田くんがこういうキャラであるはずなんじゃないの?とか思ってしまう。メガネ坊やってフォームに関しては結構色々考えてるっぽいけど、ストレートのスピンの掛け方とか、スライダーの投げ分けとかは結構感覚頼りなとこがあるみたいだし。
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