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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第九十話 栄光を望むのは罪ではない(2/4)

「ツーアウトランナーなしで打席には打撃好調の月出里(すだち)。現在も打率は4割超え。昨日はノーヒットのため、開幕からの連続試合安打は17で途切れてしまいましたが、連続試合出塁は未だ継続中。今日も出塁したので19試合連続となります」


「うーん、この状況でちょうちょは勿体無い……」

「下手に動かん方が良かったやろ」

「いや、でも併殺(アイゲ)があるからなぁ……」


 わたしの同い年の(あい)ちゃん。ネクストではいつも通り素振りは程々で、ずっと相手のピッチャーを見つめてた。エルボーガードとレガースの位置を整えて、バッティンググローブを仕事人みたいな仕草で指を通す。そしてフェイスガード付きのヘルメットを被ってゆっくり打席に入る。


(さてと……じゃんけんはどうしようかしらねェ?)


 入団した時からものすごく体力のある子で、最初の方は打てないことで悩んでたけど、気づいたらもうすっかり一軍の打線の軸。


「左中間!」

(あの外の球を引っ張り抜いた……!?)

「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」

「打ったバッター一気に三塁へ!」

(くそっ、左方向だってのに……!)

「セーフ!!!」

「三塁セーフ!月出里、何とこれで今シーズン6本目のスリーベース!わずか19試合で昨シーズンの自己ベストに並びました!!」


「ヒェッ……」

「今年120試合やけど、それでも年40本近いペースか……」

「帝国記録って何本やっけ?」

「18本やな。三塁打のシーズン上位ってほとんど50年代とかその辺なんやけど……」

「もうずっとホームラン0でも良いんじゃないかな?」


 今年の逢ちゃんはほんとにポンポンスリーベースを打つ。シフトのミスが原因らしいけど、それを抜きにしても脚が速すぎる。右打者だからしっかり振り切って走り打ちみたいなことはしないから一塁までは案外そこまで速くないけど、一塁回った辺りからスピードがグンと乗って、あっという間に三塁まで辿り着いてしまう。

 しかもあれで判断も良い。今年だけじゃなくて今まで見た中でも、逢ちゃんが走塁の判断ミスでアウトになったところはほとんど見たことがない。

 盗塁もそうだけど、走るのだってやっぱりセンスなんだなって、逢ちゃんを見てると思う。


(バットを長くしたのかしらねェ……?外の球はほとんど流すのが精一杯だったのに、強引に引っ張り込んできた……いえ、それを抜きにしても、じゃんけんはもはやちょっとリスキーねェ。内野はともかく外野は基本定位置で、たまに牽制のために仕掛ける程度が安牌かもしれないわねェ)


 ……確かにホームラン以外はほとんどの場合、後の人が続くか守りのミスがなきゃ点にならない。それでもツーアウトだろうと三塁にいれば点は十分あり得る。わたしもピッチャーやってたからね。こういう時はバッテリーミスがほんとに怖い。


「2番セカンド、徳田(とくだ)。背番号36」


 逢ちゃんほど飛び抜けたことはしてないけど、火織(かおり)さんも十分すごい人。入団した頃は何でずっと二軍だったのかわからなかったくらい、打つのも走るのも守るのも元から上手い。


(いただき!)

「ピッチャーの足下抜けた!」

「セーフ!」

「三塁ランナーホームイン!6点目!徳田、ダメ押しのタイムリー!」

「甘く入ったスライダーを逃しませんでしたね。それでいて下手に力まずに基本通りのセンター返し。目立たないですけどこういう心がけはこれから勝っていく上で大事ですよ」


「ナイバッチかおりん!」

「だいぶ調子上げてきたな」

「1・2番だけなら12球団最強名乗れるんとちゃう?」


(んっふっふっふ……今年こそ初の3割、狙っちゃうもんね)


 わたしみたいに基本は引っ張る人だけど、ああやってセンターに返したり逆方向に弾き返したりとかもやろうと思えば普通にできる。ほんとに器用な人。


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十握(とつか)の打球、ライト下がって……」

「アウト!」

「フェンスの手前、捕りましたスリーアウトチェンジ!」

「ほんの少し詰まってしまいましたか。あと一伸びでしたねぇ」

「しかしこの回、徳田とオクスプリングの連続タイムリーで2点追加!7-2、バニーズ、さらにリードを広げました!」

「バニーズは長年『打線がやや非力』と言われ続けてきましたが、今や上位打線に関しては攻撃力は十分だと思いますね。ホームランこそあまり狙えないのは変わりませんが、塁に出る能力が高くて脚も使える1番2番、そして3番4番は確実性とパンチ力を兼ね備えたハイレベルなスラッガー。あとはディフェンス面……特に投手陣さえしっかり整ってくれば、優勝争いだって十分できると思うんですけどねぇ」


「ナイバッチ!」

「お疲れ!」

「んじゃま、高みの見物させてもらいますわ」


 守備のためにグラウンドへ向かうわたし達と入れ替わるような形で、二塁にいたリリィさんはベンチへ戻る。

 ツーアウトからでも2点をもぎ取る上位打線。確かにすごい。わたしもいつかはその中に入れるのかな……?

 ……とにかく、今は目の前のプレー。また打順が回ってくるかは五分五分くらいだと思うけど、それよりもこの状況なら残り2回の守りの方が大事。


「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、百々(どど)に代わりまして、早乙女(さおとめ)。ピッチャー、早乙女。背番号17」

(去年みたいに勝ち試合の8回に投げさせてもらえるケド、この点差だからねぇ。新しく入った外人の(あん)ちゃんにすっかり序列を抜かれちまったよ。いつか先発やらせてもらうためにも、また信頼してもらわないとねぇ)

「8回の裏、エペタムズの攻撃。1番センター、騒速(そはや)。背番号7」


 向こうの不動の1番バッター、騒速さん。盗塁の凄さが目立つけど、長打も結構打ってくる。そして千代里(ちより)さんも三振かフライみたいなピッチング。


 ……赤猫(あかねこ)さん曰く、『センターは受け持ちの守備範囲が一番広いポジション』。それだけ、『そもそもボールに手が届くか』の範囲がものを言うところ。そして人間、速く走るにはちゃんと前を向いてなきゃだけど、それはつまり『ボールから目を切る』必要があるってこと。だからセンターの守備は元の脚の速さももちろん大事だけど、もっと大事なのは『目を切るために打球の行き先の予想をどれだけ正確にできるか』。

 そのために必要なのは『観察』。バッターが打つ瞬間までをしっかり()ていれば、一歩目も全然変わってくる。


 わたしはプロに入ってすぐに外野をやるように言われて、そのことで確かにピッチャーへの未練もあったけど、それ以上に今までやったことのないポジションをこなせるかの不安が大きかった。肩くらいしかピッチャーの経験を生かせそうもないなって思ってたから。

 だけど、よく考えたらセンターはそうでもない。だってちょうど、マウンドの真後ろくらいの立ち位置なんだから。だから視点の角度は大体同じ。ちょっと遠くになった分、見えにくくなっちゃった部分はあるけど、逆にこうやって後ろに引いた分だけ見える範囲が広くなった部分もあるし、何よりピッチングしながらの時と比べれば周りを観察する余裕もある。

 だからこうやってセンターからホームの方を見てると、何だか野球のTVゲームでピッチャーを操作してるみたいな感覚になる。何と言うか、程良い没入感?

 ピッチャーってキャッチャー以外だと一番バッターに近いところにいるけど、案外反射的に打球を捌けたりするもの。バッターが振り始めて打球が飛んでくるまでなんてほんの一瞬の出来事なのに、不思議とその後に起こりそうなことを予想できて、身体がついてきてくれる。口では説明できないような複雑な計算を、知らず知らずの内にやってくれる。


 その感覚を上手く生かすことができれば……!


(うげっ!?)

「左中間大きい!」


 千代里さんの得意のスライダーを逆らわずに弾き返したような打球。

 赤猫さんに言われた通り、走る時は低い体勢で、勇気を出して目を切って全力疾走。


「よっしゃ!2つや2つ!」

明煌(あきら)様なら3つ行ってくれるわ!」

「向こうの"いけすかないバタフライ野郎"にだってできたんだから!」






 ……ここ!


「「「「「!!!??」」」」」


 少し揺れながら落ちる打球。けど頭の位置を変えないようにしたから目線もブレず、グローブの先に何とか収まった。そのまま走り抜けながら、その左手を掲げて捕球のアピール。


「せ、センター捕った!!!」

「アウトォォォォォ!!!」

「センター秋崎(あきざき)、ビッグプレー!」


「「「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」」


 ピッチャーになったつもりで、投げ始めてからバッターが打つまでの情報をなるべく集めて、センターにいるわたし本体に持って帰る感じ。この感覚を掴み始めてから、外野がグッとやりやすくなった。

 野球ゲームだと外野って特にポジション分けされてないけど、いざプロの外野手になってみると、やりやすさの違いがあるっていうのがよくわかった。わたしの場合はそういう理由でセンターが一番やりやすい。


「良い揺れだった……(ご満悦)」

「いや、アレ捕るんか……」

「普通に長打やと思ったのに……」


佳子(よしこ)!サンキューな!!」


 マウンドの上で無邪気に喜ぶ千代里さん。"投げる人"から"投げる人を助ける人"になっちゃったけど、こういうのも悪くない。

 わたしが自信を持ってできることなんて、せいぜいこのくらい。打って走ってはまだまだ。守るのにしたって、まだまだやれることはあるはず。


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