第八十九話 王者であれ(8/9)
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、雨田に代わりまして、夏樹。ピッチャー、夏樹。背番号27」
「巫女ちゃんやんけ!」
「勝ちパターン入った!」
「このまま逃げ切りや!」
やっぱり代えたわね。
「7回の表、ヴァルチャーズの攻撃。1番ファースト■■。背番号■■」
「ウサギのリリーフなんぞ取るに足らんわ!」
「この回でひっくり返せ!」
「弓弦に回るんやぞ!」
(おーおー、侮ってくれるねぇ……)
「ストライーク!」
「空振り!フォークから入ってきました!」
右利きの左打者の多くが苦手としている膝下の落ちる球。流石に抜け目がないわね。
「ストライクスリー!バッターアウト!!」
「外いっぱい見逃し三振!」
「「「おおおっ!!!」」」
「ナイピー巫女ちゃん!」
「サクサク」
(一番の仮想敵と似たようなタイプのバッターだったしね)
今日の球審が少し広めなのを良いことに、最後は低めいっぱい。140ちょっとだけど、さっきまで投げてたピッチャーと勝手が全然違うからか終始合わず。
「2番ショート、睦門。背番号6」
(むしろ右の睦門さんの方が、今日に関しちゃ勝負しづらい)
日本の野球だと、打順は打者の左右がジグザグになるように意識することが多い。向こうの監督もその例に漏れず。その効果に懐疑的な声もあるけど、少なくとも神楽ちゃんについては明らかに効果があるっぽいのよね。
神楽ちゃんは基本的に相手チームの一番良いバッターをマークするスタイルだから、そのバッターと左右逆だったり、明らかにバッティングスタイルの異なる相手だと苦戦しがち。
「三遊間……ショート相沢!」
「「「「「おおおおおっ!!!」」」」」
「ファースト送球……」
「アウトォォォォォ!!!」
「ナイスプレー!」
ほんと、簡単そうに捌くわ。あたしも高校まではショートやってたけど、あれは並のショートじゃ捕るまではできても、そこから投げたところで間に合わないわ。
「あざっす!」
「おう!」
(ただでさえ休みがちで、今日なんか打つ方でも微妙だからな。これくらいやれなきゃお払い箱だ)
一番の山場を乗り越えたわね。
「3番センター、友枝。背番号9」
神楽ちゃんにとっては、ここからはウイニングランみたいなもの。
(この子かぁ……この子やべぇというか、合わせづれぇんだよなぁ……)
(友枝さんは四球が多いから勘違いされがちだけど、初球のスイング率が実は高い)
「ファール!」
「うぉっ、いきなり胸元か……」
「あの球速で度胸あるなぁ……」
(インハイやや高めに外れる辺りへまっすぐ。一歩間違えると危険だけど、きちんと投げ込めばカウント1つ、高確率で奪えるとこ)
「……ボール!」
「スイング止まりました!」
さっき先頭相手にも投げてた膝下フォーク。カウント不利でもこういうのに釣られないのは流石。
「ファール!」
(シュート……インコースガンガン来るな)
(そろそろ外で釣る……と思うだろ?)
最後は外にカーブでも決めるのかしら……?
(……160km/h、ご大層なもんだね。ご覧の通り、あっしのスピードはその1割減が精一杯……でも、ピッチャーが勝負するのはスピードガンなんかじゃない。ピッチャーが勝負するのはいつだってバッターだよな?)
「!!?」
「ストライクスリー!バッターアウト!!」
「見逃し!膝下まっすぐ144km/h!!」
(マジか……)
(友枝さんは基本インコースに強いけど、インローなら攻めようはある、ってね)
裏をかけたというのより、あの友枝くん相手に内だけ攻め抜く度胸が大したもんだわ。
「これでスリーアウトチェンジ!夏樹、7回をパーフェクトリリーフ!!4-2、バニーズのリードが続きます!!!」
左右ジグザグの件もあって、神楽ちゃんは単純に対戦する相手の多い先発とか、登板するタイミングがほぼ固定のクローザーの適性は正直薄いと思う。普通に中継ぎをやらせてもやっぱり三凡で収まることはあんまりない。
だけど、仮想敵と定めた相手なら高確率で封殺できてしまう。あの"球界最強打者"でさえもあっさり抑えてしまえる。
「友枝さん……」
「ん?」
「ボクは散々手こずったのにね」
「相性だよ」
雨田くんは少し悔しげに、だけど勝利投手の資格を守ってくれたことに感謝するように、神楽ちゃんとタッチを交わす。
神楽ちゃんだって、単純な球威の差や立場の違いで思うところはあるんでしょうね。だけど、チームのために大人になれる。それもまた、勝つことへの真剣さの証。
……単に若いからってだけかもしれないけど、この子達はあたしと違って微塵も思ってないんでしょうね。『自分達のプロとしてのキャリアが、チームを勝たせようとしたっていうアリバイ作りでしかない』なんて。
「ヴァルチャーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、■■に代わりまして、一堂。ピッチャー、一堂。背番号28」
「おおっ!一堂投げるんか!」
「まだ負けとらんのじゃ!」
「ここ締めて次の回こそ逆転じゃ!」
去年、逢ちゃんと新人王を取り合って勝ったアンダースロー投手。去年は先発の勝ち頭だったけど、今年は故障やチーム事情が絡んでリリーフ。でも実力は相変わらずで、今や勝ちパターンの一角。
そんな彼が出てきたのは単にまだ勝ちの目があるからってのもあるでしょうけど、明日休みで昨日一昨日も大量得点差になって出る機会がなかったから調整も兼ねてでしょうね。
「7回の裏、バニーズの攻撃。8番キャッチャー、冬島。背番号8」
(今日、どういうわけか知らんけどドラフト同期の連中が揃いも揃ってえらい活躍してるから、俺もそのノリに合わせたいんやけど……)
「ショート!」
「アウト!」
(そう上手くはいかへんよなぁ……)
冬島くんは今日ノーヒットだけど、扇の要としては機能してる。卑下することはないと思うけどね。
「9番センター、秋崎。背番号45」
(ああいう珍しいフォームのピッチャーって打ちにくいんだよね……)
一堂くんはアンダースローの割に球速が速いけど、やっぱり変則的な投手であることに変わりない。佳子ちゃんには荷が重い相手のように思えるけど……
(しまった、抜けた!)
(いける!)
「三遊間……抜けましたレフト前!」
「睦門と穂村の鉄壁三遊間を破りましたね」
「ナイスや"おっぱいプルプルヒッター"!」
「打球はっや……」
「やはり筋肉は全てを解決する……」
と思いきや、これで今日はマルチヒット。確かに失投に恵まれた部分はあるけど、大抵の場合、ヒットってのは失投をミスせずきっちり打ち返した結果だからね。良い打球を打ててるんだから、その時点で運だけじゃないのは立証されてる。高校出たてで、木製バットをまともに扱えてなかった頃とは雲泥の差。
……ほんと、頼もしくなったことだわ。"あたしの後釜候補"ちゃん。
「良いぞ秋崎!ナイバッチ!!」
相模くんがベンチから身を乗り出して声出し。彼も去年からサードもやるようになったとは言え、元はセンター辺りが本職。
気付けばこのチームだって時計が動き出してるのよね。相模くんとか早乙女ちゃんとか、何なら火織ちゃんだって、そもそも練習すら真面目にやってなかったくらいだったのに。
「1番サード、月出里。背番号25」
「ワンナウト一塁で打席には今日スリーベースを放った月出里。これで開幕から15試合連続安打となります。先ほどの打席でもフォアボールから盗塁を決めています」
(また面倒な奴が来たな……じゃんけんはどっちを選ぶべきか……)
「ゲッツーは勘弁な!」
「できればまたスリーベースでオナシャス!」
「(ホームランでも)ええんやで(ニッコリ)」
初対戦ではないにせよ、変則的な相手。ここはどう攻めるかしらね?
「「!!?」」
あら、そうきちゃうの?
「セーフティバント!」
「サード!」
「ッ……!根性ォォォォォ!!!」
「セーフ!」
「セーフ!セーフ!記録は内野安打!!」
(やられた……じゃんけんの手をどっちかにするかで他の選択肢の想定が抜かった……!)
「やるやんけちょうちょ!」
「うーんこの畜生バタフライ」
(何とでも言えば良いよ。こんなもん、塁を踏んだもん勝ちなんだから)
逢ちゃんはただでさえ打球が速めであんまり前で守れないから、純粋にセーフティが効きやすいってのもあるけど、『終盤リードしてるからこそ』ってのもあるんでしょうね。あんなバント大好きチームがバントにしてやられたのは、それだけこのゲーム状況に動揺してる証拠。
……それと、サードの穂村さんの衰えもね。長年の実績で今でも『鉄壁』のイメージがあるけど、やっぱり歳を重ねると、反応や身体のキレはどうしても落ちる。チャージが少し遅れて、送球も間に合わなかった。
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「8回の裏、バニーズの攻撃。4番レフト、十握。背番号34」
あの後、結局点は入らず。こっちも新外国人のエンダーが8回を締めてくれて、4-2のまま硬直。
「センターの前、落ちました!」
「よっしゃ!三四郎もマルチやんけ!」
「流れ来てるで!」
「ダメ押しダメ押し!」
「赤猫くん、出られるかな?」
伊達さんに声をかけられた。
「……!はい!」
言うに及ばず。こういう場面のために、試合前の練習もこなしてきたんだから。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。一塁ランナー、十握に代わりまして、赤猫が入ります。代走、赤猫。背番号53」
「きた!閑たそきた!」
「これで勝つる!」
「盗塁頼むで!」
伊達さんからもGOサイン。もちろん、やらせてもらうわよ。
(心配いらん。"盗塁王常連"も過去の話。いざとなったら俺が刺す!)
(ウッス!)
「5番ライト、チョッパー。背番号42」
あたしは盗塁をする上で、いくつかポリシーがある。
「セーフ!」
「いったん一塁へ牽制!」
その内の1つが『極力早めに仕掛けること』。たとえ警戒されまくってようとも。
『向こうの配球が速球寄りになる』とか、盗まずにチョロチョロするメリットも確かにあるにはあるけど、やっぱりバッターには打つのに専念させたいからね。盗塁にこだわるからこそ、盗塁を『味方のためになるもの』にしても、『味方に迷惑をかけるもの』にはしたくない。
……こんな感じで!
「一塁ランナースタート!」
「ボール!」
「ッ……!」
「セーフ!」
「セーフ!盗塁成功……ああっと、ここで羽雁監督出てきて……リクエストです!」
「おいィ!?水を差すなや!」
「流石に今のは間に合ったやろ!」
「セーフ!セーフ!」
結構よ。おかげで大画面であたしの華麗な走りを振り返られるんだから。
リード幅は練習の通り。スタートも、癖を見抜いて完璧。スピードは流石に20代の頃と比べたら落ちたかもしれないけど、その辺はタッチを掻い潜るようなスライディングでカバー。
「……セーフ!セーフです!判定覆りません!盗塁成功!」
「「「「「おっしゃあああ!!!」」」」」
「まだまだやれるで閑たそ!」
「閑たそが30代半ばとかむしろ興奮する(クソノンケ)」
本当は塁に出るのも自分でやってこその盗塁だと思うけど、こういうのも悪くない。それだけ、あたしに特に盗んでほしいって思ってもらえるところで盗めるんだから。
だけど野球はどこまで行っても『ホームを多く踏んだ方が勝ち』。ここまで来ればもうシングルで結構だから、早く帰らせてね?
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