第十一話 今のあたしもまた、あの人のシナリオ通りであってほしい(3/8)
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 氷室篤斗[右右]
[控え]
雨田司記[右右]
山口恵人[左左]
夏樹神楽[左左]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7三 ■■■■[右右]
8二 ■■■■[右左]
9捕 真壁哲三[右右]
投 三波水面[右右]
・
・
・
******視点:三条菫子******
「うーん、残念だったね」
優……ヴォーパルくんが耳打ちしてきた。
「いえ、むしろ想定通りで安心したわ」
踏み込むタイミングに、あの継ぎ接ぎだらけのフォーム、そして迷いのない眼。やっぱりあの子は、ずっと私が求めてた存在。
だけど、やっぱり悔しくもある。月出里逢の才能を確信すると同時に、私はあの月出里逢に打たれるくらいの投手だったのだと確信してしまうから。
それでも、あの子にくらいは教えてあげたいんだけどね。『貴方のそれは呪縛なんかじゃなく、祝福よ』ってね。
******視点:月出里逢******
「どんまいどんまい!良い粘りだったよ!」
「すごいね逢ちゃん!三波さんのスライダー、わたし全然当てられなかったよ!」
「うん、ありがと」
でも結局はいつも通り打てなかったんだけどね。せっかくあの人が来てくれてるのに……
どうしてこうなっちゃったんだろ?少なくとも中学までは打つ方でも地元じゃそれなりに有名人だったのに。高校以来、どんどんおかしくなってる。大体の球に当てられるし、打った瞬間に『打てた』と思えるのに、全く結果が伴わない。『あの練習』も、川越監督に言われたことだから今でも続けてるけど、未だに何の為なのかもよくわからない。
だからこその悔し紛れなのかな?それとも、できない自分を慰めたいだけなのかな?こうなって以来、あんなプロの有名なピッチャー相手であっても、いつも打席に立ってても『つまらない』としか思えない。三波さんの投球、ネクストで見てる時は『すごい』って思えたのに、いざ打席に立ってみたら『こんなもんか』って思ってしまった。打席に立つと何の感情も動かない。
唯一の例外は、あの人……三条さんと勝負した時だけ。たまたまうまくいってたからだけだとあたしは思うけど、それでも、あの人の投げる球には心が躍った。ホームランを打てた自分を持ち上げるつもりなんて全くないけど、あたしにとって今までで一番すごいと思ったピッチャーは間違いなく三条さん。そしてそう思うからこそ、あたしはあの人に合わせる顔がなかった。
根本的に打つセンスがないとしても、あんな楽しさをもう少し味わえてたのなら、あたしもたとえ去年ドラフトで指名されなくても、社会人でも野球を続けてプロを目指し続けてたかもしれない。
やると決めたことを曲げる気なんてないけど、ほんと、あの人は何を以て『月出里逢は世界最強のスラッガーになれる』なんて言ってくれたのかな?
「1番セカンド徳田。背番号36」
「さーてと。あんまり仕事しがいのない状況だけど、目立たせてもらうよー」
(第一打席ではいきなりしてやられたけど、次はお姉さんが勝つわよ!)
(もはや万年二軍扱いは絶対にしない……ツーアウトランナーなしの状況だが、油断せずスクリューを駆使した本気の配球で仕留めるぞ!)
「ボール!」
「ファール!」
「ストラーイク!」
明らかに本気の投球。最初の打席の初球打ちの残像があったから初球はわざと外したっぽいけど、それにしたってあわよくば振らせるくらいの気迫を感じた。
「しッ!!!」
ツーストライクと追い込んで繰り出したのは、やっぱり決め球のスクリュー。
けど……
「な……!?」
火織さんの鋭い一振りから繰り出される強いピッチャー返しが三波さんの足元を抜けて、そのままセンター前まで到達。特に対左への切り札であるはずのスクリューをあっさり攻略してしまった。
(そんな……!?確かにちょっと外に逃げ切らなかったけど、低めいっぱいだったのに……)
「いやぁ、今日のかおりん絶好調だね……水面さん相手に文句なしのマルチヒット」
「確かに右サイド相手ではあるけど、さっきは初球打ちで読み勝って、今度は去年まで苦手だった外角打ち、それもウイニングショットを打って出塁。待ち球型のプルヒッティング以外もできるってことで、アピールの内容も申し分ないね」
白組でも一軍経験豊富な天野さんと伊達さんも舌を巻いてる。やっぱりこういう人達から見てもすごいんだね。
「2番センター有川。背番号0」
(有川相手に長打はあまり考える必要はない。それに、ただでさえツーアウト一塁でランナーはリードオフヒッター。走る確率は非常に高い)
「セーフ!」
「セーフ!」
こまめな牽制にプレート外し、それに真壁さんの挙動。明らかに盗塁警戒。さっきは阻止するのに成功してるし、この状況じゃ流石に走れないかな……?
と、思ってたけど。
「ストライーク!」
「セーフ!!!」
「理世ちゃーん!援護ありがとねー!」
「おおっ!真壁相手から盗んだぞアイツ!」
「アイツ守備も良かったし、先週から目立ってるなぁ」
「何であんなのがずっと二軍で燻ってたんや……?」
全くだね。何でこれだけできる人がバニーズの選手層で埋もれてたのかがよくわからない。二遊間組んでるからこの一週間は一緒に練習する機会が多かったけど、本当に上手い。正直、個人的には一軍キャンプ組を含めても白組野手陣の中で一番できる人だと思う。
「ねぇ旋頭さん。あの子、ドラ4っすよね?」
「そうだけど、何でそう思ったの?」
「俺もそうだからっすよ」
樹神さんにまで気に入られてるっぽい。
悔しいな、ほんと。火織さんのことは普通に慕ってるからこんなこと思いたくないけど、よりによってあたしの情けない姿を晒した直後にこんなの見せつけられちゃ余計惨めになっちゃう。
自分を打ち取った投手相手に『つまらない』とか考えたり、仲の良い他の野手に嫉妬したり。ほんと自分のこういうとこ、嫌になっちゃうな。見た目だけじゃなく、中身も可愛かった頃に戻りたい。
そうでなくてもせめて、今のあたしもまた、あの人のシナリオ通りであってほしい。