第八十九話 王者であれ(7/9)
イギリス人ちゃんの一発の直後、4番の十握くんもツーベース。チョッパーは三振しちゃったけど、ここで桐生くんのおでまし。
(もちろん、"守備の人"のままでいるつもりはありません……!)
「ッ……!」
「ショートの頭上……抜けましたヒット!」
惚れ惚れするくらい柔らかいバッティング。190cmの長身だけど、今時のよくいる大振りタイプとはわけがちがう。外に逃げるスライダーを逆らわず素直に払うように流した。
「「「おっしゃ!」」」
「回れ!回れ!」
「もう1点じゃ!」
「二塁ランナー、三塁蹴ってホームへ……」
十握くんは脚は速くもなく遅くもなくってところ。ツーアウトだからスタートは早めに切れたけど……
「……アウトォォォォォ!!!」
「ホームタッチアウト!」
「「「「「ファッ!!?」」」」」
「おいィ!?間に合ったやろ!!」
「そんなとこにまでカネ使っとんちゃうぞ!」
「ここで伊達監督が出てきて……リクエストです!」
当然ね。際どかったってのもあるし、3点差と4点差じゃ大違い。要は満塁ホームラン1本で負けの目が出るか同点で済むかってラインだしね。
「球審が出てきて……アウトです!判定は変わらず!!」
これはしょうがないわね。リプレー映像でも確かにタッチの方が早く見えた。伊達さんにしてみても、『選手のプレーへの信頼』を示す機会にもなった。点数はプラスにならなくても、やったことは決してマイナスにもならないはず。
「これでスリーアウトチェンジ!しかしこの回、バニーズは逆転に成功!4-1、試合がひっくり返りました!」
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(あんまり調子に乗るなよ……!)
「くっ……!」
「ピッチャー返し!弾いてしまいました!!大きく跳ねて……」
「ッ……!」
「サード拾いましたが投げられません!オールセーフ!ノーアウト一二塁!」
雨田、今日は案外下位打線で手こずるわね。
4回の守りは三振2つ込みで完璧に抑えたけど、この5回は不運な当たりが続いてちょっとしたピンチ。
(まぁ3点あるからな。これ以上余計なランナー増やさんかったらええわ)
「1番ファースト、■■。背番号■■」
(さっきツーベースを打ってきた相手……だが臆さない!)
「ストライーク!」
中盤に入ったけど、まだ球威は健在。ストレートが走ってるし、変化球もビタビタってほどではないにしてもストライクは取れてる。おかげで多少被安打は多めだけど、四球は1つだけ。向こうの攻めが裏目ってるのも相待って、まだ1点しか取られてない。
「打ってこれは詰まらせた!」
「ファースト!」
(2ついける……!)
「セカ……ッ!?」
(うおっ!?)
「セーフ!」
桐生くん、ホームで刺した時と同じようなノリで今度は二塁に投げてゲッツーを狙いにいったけど、ちょっと慌てたわね。逸れた送球はセカンドカバーの相沢くんがどうにか捕ってくれたけど、脚が離れてオールセーフ。
「記録はファーストのエラーです!」
(やはり内野だと送球のための距離感が全然違いますね……練習はしてますがなかなか慣れないものです)
「うーんこの」
「本職外野やから……(震え声)」
「まぁチッヒもスローイングは微妙やから、どう転んでもこうなってたんやろうな」
「タイム!」
「ここでバッテリーと内野陣がマウンドに集まります」
過程はどうあれノーアウト満塁。しかも今は上位打線相手。3点差じゃちょっと心許ない状況。
「雨田さん、すみません……」
「いえ、あの程度は事故ですよ。流れが変わってきてるだけです」
「一発あるのが3人続くが、大丈夫か?」
「……冬島さん」
「ん?」
「ちょっと手が痛いかもしれませんよ?」
「……なるほど、やるんやな?」
「まだちょっと不安はありますけどね」
「他に手はなさそうやしな。ええで。乗ったわ」
「プレイ!」
「2番ショート、睦門。背番号6」
(流石にこん状況ならウチの監督でも小細工なし。立場的にバントばっがなんはしゃーねぇけんど、おらだっていつかはトリプルスリーとかやっでみでぇんだ。そんためにも、こういう時に真っ向勝負で結果を出さねぇどな)
次の打者と比べたらまだマシだけど、それでもパンチ力のある子。けど、バッテリーは特に慌ててる感じはない。まぁこっちにとっても小細工のできない状況だから腹を括るしかないんだけど……
「「「「「!!!??」」」」」
「ストライーク!!!」
「「「は……!!?」」」
バックスクリーンの球速表示で、球場中がざわつく。
「ひゃ……158km/h!!今日最速の158km/hです!!!」
(手が出なかったべ……)
このまっすぐ、ひょっとしてあの時の……?
(くそッ……!)
「ストライーク!」
「今度は空振り!159km/h!!」
「HAEEEEE!!!!!」
「ええぞメガネ!!!」
「まだこんなの隠してたのかよ……」
「ファール!」
またしても158。何とか当てはしたけど、完全に力負け。
(どうにか合わせたけど、こりゃちょっと……)
「ストライク!バッターアウト!!」
「空振り三振!ついに出ました160km/h!!バニーズ、球団史上初の160km/h投手の誕生です!!!」
「「「「「うおおおおお!!!!!」」」」」
「雨田くーん!!!」
「やるやんけメガネ!」
「やっぱお前がエースや!!」
バックスクリーンに大袈裟な演出。デカデカとした「160km/h」の表示と雨田くんのキメ顔っぽいショット。エペタムズも幾重光忠が165km/hを叩き出した時にこういうことしてたけど、ウチも一応こうなることを見越して準備はしてたのね……
「やべぇな。まじやべぇ」
「面目ねぇっす……」
「ん、まぁやべぇけど何とかすっから」
だけど、向こうにとってはここからが本番。圧倒的球威にねじ伏せられて、俯きながらベンチに戻る睦門くんとすれ違いながらも、その表情は相変わらず。
「3番センター、友枝。背番号9」
「「「「「弓弦!弓弦!弓弦!弓弦!」」」」」
「"球界最強打者"のお出ましたい!!」
「チェストかませー!!!」
「ワンナウト満塁、打席にはヴァルチャーズが誇るスーパースター・友枝弓弦!昨シーズンは故障で本領を発揮できませんでしたが、今シーズンは開幕からその打棒を大いに発揮しております!」
一昨年まで出塁率・長打率両部門で4年連続リーグトップ。昔と比べて選手同士のレベル差が縮まった現代野球でそんなヤバイことを成し遂げた怪物。あのまっすぐがどこまで通用するか……
「ストライーク!」
「初球高めまっすぐ空振り!159km/h!!」
(やべぇ、打席に立つとますますやべぇのがわかるわ……)
(よし……!)
(通用する……友枝さん相手でも……!)
「ボール!」
「2球目は外れてボール!しかしこれも158km/h!!」
「さっきの睦門の打席から全部158超えてますね……」
やっぱりあの時……2年前の紅白戦で投げてたあのまっすぐ。まさにその時打席に立ってたからよく覚えてるわ。結局抜け球と風向きのおかげで珍しくホームランを打てちゃったけど、あのまっすぐが最後まで続いてたら、間違いなくあたしにはどうしようもなかったわ。
「……ボール!」
「スイング止まりました!際どいところですが外れてツーボールワンストライク!」
(大丈夫や。向こうもなかなか手ぇ出せてへん)
ただ、今回の相手はあの友枝弓弦。スイングスピードも163km/hを弾き出した化け物。
(スピードは本気のお菊と同じくらいながら、ノビはそれ以上。まぁやべぇにはやべぇけど……)
「「!!!」」
「レフト!」
「「「「「おおおおおっっっ!!!!!」」」」」
「ファール!」
「切れてスタンドへ!」
「ファールボールにご注意ください」
(そんなのに合わせられる俺も、もしかしてやばくね?)
目には目を、速度には速度をと言わんばかり。まだ差し込まれてるけど、合わせてきたわね。
友枝くんは前の打者が頻繁にバントするのもあって結構勝負を避けられがちだから、あれだけ打ってるにも関わらずこれまでシーズン100打点に達したことは1回しかない。
けど、勝負弱いわけでは全くない。むしろ日米野球でも逆転サヨナラ弾を叩き込んだり、大事な場面での一打が目立つクラッチヒッター。チームが強い分、帝国シリーズとかの大舞台を他の選手よりも多く経験してきたからか、こういう場面でも普段通りのスイングを再現できる強心臓も持ち合わせてる。
前の打席は歩かせ覚悟の配球ができたからそこまで苦もなく抑えられたけど、この場面は……
(流石やな……一筋縄やいかんわ)
(それでもまだ圧せてはいる。慣れる前にカタをつける……!)
「ファール!」
「カットしました!これも160km/h!!」
「ファール!」
「160km/h連発!しかし喰らいつきます!!」
(……流石にこのままじゃまずいか)
(あん時と同じ轍を踏む危険性もあるけど、これしかなさそうやな)
ここまで考えたフリも少し交えて、『まっすぐのみではない』と匂わせてはいたけど、そろそろ一工夫入れないとまずいでしょうね。
「「!!?」」
「ああっと!叩き付けた!!」
「ボール!」
「ストップストップ!」
思いっきり引っ掛けた球。多分得意の縦スラ。あの時も確か変化球が上手いこと曲がらなかったわね。
(正直助かったかもな。今の、キッチリストライクからボールの高さに縦スラ来られてたら、頭でわかっててもやばかったはず)
(せめて低めには投げ込もうとしたのが裏目に出たか……)
(まぁ一応まっすぐ以外も匂わせられた、と思うしかないか……)
本当に変化球もきちんと投げられるなら、とっくに投げてたはず。それをここまで出し渋ってたってことは……
「……ボール!フォアボール!」
「高め外れました!押し出し!!4-2!!!」
またまっすぐに切り替えたけど、154km/h。
「「「おお……もう……」」」
「まぁ逆転満塁ホームランよりかはええやろ……」
「ドンマイドンマイ!切り替えてけ!!」
「よか!よか男じゃ!」
「ピッチャービビってる!」
「この回逆転せぇ!」
「4番指名打者、ホワイト。背番号4」
ただ、ある意味助かったかもね。
「セカンド捕ってバックホーム!」
「アウト!」
「ファースト送球!」
「アウト!」
「アウト!ゲッツー!!」
「最後はカットボールですかね?押し出しで焦りもあった中で、上手いこと引っ掛けさせましたね」
「おいホワイトどん!」
「おはん寝ぼけ(ry」
結果としては『満塁での敬遠』と同じ。今のホワイトの状態を考えたら、あれで正解だったわね。
かつてメジャーのホームラン王・フェニックスも、アースシリーズで同じように歩かされたもの。ピッチャーにとっちゃ屈辱でしょうけど、今回の場合は一応勝負してある程度筋を通せた。そのおかげで切り替えられたのか、さっきの縦スラと違って、最後のカットボールはミットめがけてのナイスボール。
けど、球速を見る限り……
「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、ノーアウト満塁のピンチでしたが、どうにか1失点で凌ぎました!4-2、依然バニーズのリードです!」
「よく凌いだね!お疲れ様!」
「ナイピー!」
「まだ2点リードや!逃げ切るで!!」
不運な場面を乗り切ったナインを迎え入れる。
「ふぅ……」
雨田くんはベンチに戻って、いの一番に一息。
「お疲れ」
「あ。赤猫さん……」
雨田くんの隣に座る。
「あのまっすぐ、一昨年のやつよね?」
「はい。まだ完全には引き出せてないですけど……」
「1球変化球を交えた後にスピードが落ちたのも?」
「ええ。ちょっと他の球を混ぜるだけで感覚が狂うんですよね……」
「やっぱりピッチングってのは繊細なものなのね」
「……『スピードは才能』ってよく言われますし、ボクもそう思ってましたけど、最近はちょっと考えが変わりましたね」
「『スピードを思ったように出して維持できるのが才能』……ってところかしらね?」
「そういうことです。今はノウハウも色々溜まって、身体を大きくしてそれなりに数をこなせば、速い球をたまに投げることくらいはそんなに難しくなくなってきてます。でも、その『速い球の投げ方』のパターンを再現し続けられるほどの繊細な感覚ってものはそうそう身に付くものじゃありません」
「それでも、貴方は成長したわ」
「ど、どうも……」
内面もね。
まだまだ実戦で持ち出すのも怖い代物を、あのピンチでチームのために披露した。大したものだわ。
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ウチの打線は4回以降、逢ちゃんが四球からの盗塁以外は凡退続き。
それに対して向こうは……
「抜けましたセンター前!田所、3打席目で1本が出ました!6回も先頭打者出塁!」
(やはり先ほどまでと比べてまっすぐに力がありませんわね)
「ナイス天才打者!」
「やはり瑠璃子をもう少し前に詰めても良いのでは……?(なろう系並感)」
「それ以上いけない」
『打てる打者がバラけてる』とも取れるけど、この回も先頭出塁。けど……
「ああっと、ここは送るみたいですね……」
「うーん、2点差でもまだ上位で追いつけるっていう判断ですかね?一応併殺の線は薄くなりますが……」
攻め方を変えないわね。
(正直ありがたいな。雨田くん、球威落ちてきてるし……)
「ファースト!」
「アウト!」
「送りバント成功!ワンナウト二塁!!」
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次の打者は内野フライに打ち取ったけど、その次の穂村さんには四球。
((まずい……!))
久保くんの打球、引っ張っての痛烈なゴロ……
「三塁線……サード飛びついた!」
(何!?)
「そのままサードベースタッチして……」
「アウト!」
「アウト!月出里、ファインプレー!」
「「「「「おおおおお!!!!!」」」」」
ほんと良い反応してるわ。あれが抜けないんだからね。
「これでスリーアウト!6回の表、4-2!!バニーズ、またしてもピンチを凌ぎました!!!」
「月出里!助かったよ!」
「ナイピー雨田くん!」
(とはいえ、向こうが慎重になってくれたから凌げたようなもの。球威が落ちて却ってタイミングを外せたようなところもあったけど、球数的にもここまでかな……?)
伊達さんが首を捻ってる。雨田くんは多分ここいらでお役御免、でしょうね。
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