第八十九話 王者であれ(6/9)
「ワンナウトランナーなし、1-1同点。試合も打順も振り出しに戻って、打席には月出里。ここまで14試合連続安打継続中ですが、第一打席は見逃し三振」
「ちょうちょ!この勢いで勝ち越しや!」
「ノルマも頼むで!」
「「「ゴーゴーアッイ!!!」」」
(言われなくても……!)
逢ちゃんはただでさえプレースタイルが特殊で、話す機会もあんまり多いわけじゃないけど、去年から一軍で一緒にプレーするようになってわかったこともそれなりにある。
基本的に逢ちゃんは序盤はあんまり打たない。試合中盤から終盤の方がよく打ってる。
あの子はネクストでもそうだけど、とにかく最初は相手投手の出方を探ること、相手に合わせることに心血を注いでる感じがする。穴が開くほどよく視て、それから考え込む。
「ファール!」
おそらくその結果が、あの異様な空振りの少なさ。
そして、今のはさっき見逃して三振になったコースほぼそのままへのまっすぐ。打者にとっての敵は相手バッテリーだけじゃなくその日の球審もだって事がよくわかってる。
(同じ手は二度も喰わねぇ、ってか……)
(まぁ大丈夫ですよ。秋崎と違って何故か一発はありませんし、前に飛ばされても『じゃんけん』に勝つという勝ち筋もある)
(……カーブ!)
低めいっぱいっぽいカーブ。ストレートを警戒してか、踏み込みが早い……
「「!!?」」
……!?スイングをギリギリまで留めた……!!?
「右中間……落ちました!」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
「打ったバッター一気に三塁へ!」
「セーフ!」
「セーフ!スリーベースヒット!!これで15試合連続ッ!!!」
(今のカーブが打てちまうのか……!?)
(全く嫌になるな……『緩急』という概念に喧嘩を売ってるのかアイツは?)
(去年、あの変態……妃房蜜溜相手にやったカーブ打ち、久々にできちゃった。それにしても『じゃんけん』にも思わぬ副産物)
「ラブリーアッイ!!!」
「最高のお膳立てや!」
「ノーヒットでも勝ち越しいけるで!」
何か最近、相手の外野の処理が遅れてのスリーベースをよく打ってるわね。
……いや、さっきのはそれ以上に特筆すべきはカーブ打ち。完全に前脚が着地したのに、体重を強引に後ろに残して始動を遅らせて緩い球にスイングを合わせられるなんてね。前にも同じようなの見た事がある気がするけど、とんでもない筋力とセンス、両方がなきゃできない変態打ちだわ。
「徳田くん」
「……はい!」
火織ちゃんを呼び寄せて、伊達さんが指示。まぁ大事な場面だからね。
「2番セカンド、徳田。背番号36」
「ここで打席には徳田。先ほどの打席ではセンター前に運んでます」
「かおりん!とにかく前に飛ばせ!」
(さて……この場面、スクイズもあり得るが……)
(おらだったらスクイズやらされてそうな場面だけど……)
話の内容は聞こえなかったけど、スクイズの算段……じゃないわね。逢ちゃんへのサインを見ても。
「ファール!」
(いきなりヒッティング……ブラフか?)
(一応ストライクから入れた……少し慎重にやる余裕はできたな)
「ボール!」
「ボール!」
(向こうからしちゃ、この接戦で長打が2本も続いたんだから、いくら経験豊富でも多少は焦ってるはず)
「ストライーク!」
「ファール!」
「ボール!」
(くそッ、今のが外れたか……!)
慎重……とは少し違うわね。明らかに投げにくそうにしてるわね。
「ボール!フォアボール!」
「選びましたフォアボール!」
「悪ない悪ない!」
「何にしても繋がったわ!」
「いや、でも1点取りにいった方が良かったんちゃうか?」
(伊達さんも言ってた通り。普段は容赦なくあの打ちにくいストレートを入れてくる細平さんだけど、良い感じに慎重になってくれた)
火織ちゃんはたまに調子に乗ってやらかすけど、普段は走攻守全部ハイレベルでああいう駆け引きもできる。悔しいけど、もう1・2番としてはあの子に敵わないかもしれないわね。
(向こうならどうにか前に持っていって確実に勝ちに繋げてただろう。だけど、あいにくとウチは弱いんでね。『リスク承知でまとまった点を取れなきゃ、おちおち安心なんてできやしない』とでも思ってくれれば良いさ。それに……)
「3番指名打者、オクスプリング。背番号54」
(ランナーを帰すのは2番じゃなくクリーンナップの役目だよね?)
伊達さんが火織ちゃんに出るのを優先させたのは、多分アウトを避けるの優先の精神よりも、クリーンナップの打棒を信頼したから。
「ワンナウト一三塁、一打勝ち越しの場面でクリーンナップ登場!オクスプリングが右打席に入ります!」
(……まぁ、裏を返せば併殺で切り抜けられる可能性が生じたわけだ。コイツは右ならシュアなバッティングをする傾向があるのだから尚更な)
イギリス人ちゃんは守備ではおバカを晒すけど、打撃走塁は賢い子。冬島くんみたいにどちらかと言えば考えて読んで打つタイプ。多分しっかり引きつけてライトの前に落とす形を狙ってきそうだけど……
「「!!?」」
「レフト大きい!!!」
「「「「「ほわあああああああ!!!!!」」」」」
「入りましたホームラン!!!第二号、勝ち越しスリーラン!オクスプリング、値千金の一発!!4-1!!!」
佳子ちゃんの時と似たような感じ。外にミットを置いてたのに、内に入ったまっすぐを迷わず振り抜いて、スタンドイン。
「リリィさん!」
「リリィちゃん、ナイバッチ!」
「どんなもんや!!!」
一足先にホームを踏んだ逢ちゃんと火織ちゃんがイギリス人ちゃんの生還を待って、3人でハイタッチを交わしてからベンチへ戻っていく。当然、ベンチメンバーは総出で出迎え。
「「「ナイバッチ!!!!!」」」
「リリィさん、すごかったです!」
「おう、秋崎。お前のおかげや」
「わたしの……?」
確かに状況的には佳子ちゃんの時と似てたけど……
「珍しく右でもかっ飛ばしたな」
冬島くんが声をかける。
「打席の右左を切り替えるだけやない。必要に応じて打ち方も考え方も切り替えられてこその"スイッチヒッター"ってやつや」
……なるほど、そういうこと。
イギリス人ちゃんは確かに左右でスタイルが少し違う。左の時は引っ張って飛ばすの重視。自分のスイングに専念するために、狙い球はある程度絞っててもあえて駆け引きをしてない感じもする。右の時はどの方向にも堅実に打ち返すの重視。相手の組み立てにも柔軟に対応しようという姿勢がアリアリ。つまり、それだけの選択肢が元からあるって事。
それで今回は秋崎ちゃんの『右打席で本能で引っ張る』のをあやかったってことね。たまにくる逆球まっすぐを想定して。ほんと、打撃屋のイメージに反して賢い子だわ。
(くそ、まさかこんなことになるとは……!)
「これで4-1!バニーズ、この回で逆転!1点ビハインドから一転、3点リードにひっくり返しました!」
「ナイバッチ!」
「どんなもんじゃい!」
「一発攻勢はお前らだけの専売特許やないで!」
向こうはこっちのお株を奪うような機動力構成。こっちは向こうのお株を奪うような一発攻勢。そしてその結果、普段バニーズ銀行から融資を受けてる細平さんが一気に4点を失ってしまった。今日は何もかもがあべこべ。
……こういうのもまた、『野球は筋書きのないドラマ』と言われる所以なのかもしれないわね。
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