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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
567/1153

第八十九話 王者であれ(5/9)

 投手戦がしばらく続くと思ってたけど、2回の表にさっそくゲームが動き始めた。


「三塁ランナースタート!」

「くそッ……!」

(間に合うわけねぇだろ!)

「セーフ!!!」

「ホームイン!1-0!ヴァルチャーズ、早くも先制!」


「げっ……マジかよ……」

「やべぇよ……やべぇよ……」


「ナイスラン!」

「どんなもんじゃい!」

「走るのは貴様(きさん)らだけの専売特許やなか!」


 シングルからの盗塁、そしてシングル、そこからの犠牲フライ。小気味好い機動力野球。お株を奪われた感があるわね。


(投手戦、大いに結構。ロースコアを制することができるのが強いチームというものだ)


 ヴァルチャーズはウチと違って一発を狙える打者なんていくらでも揃ってるけど、向こうの監督は基本的にああいう戦い方を好んでる。地力と勝負慣れを誇示するかのような、ロースコアを前提とした試合運び。

 ペナントでは打線の爆発力に押し切られたりとかでそういうのが裏目に出ることも意外と多いけど、普段からああいう勝ち方を目指してるからこそ、CSとか帝国シリーズみたいな短期決戦ではキッチリ結果を出してくる。


(大丈夫や、雨田(あまた)くん。ランナーは帰してもうたけどアウトは2つ稼いだ。序盤の1点ならそんなに(おも)ない)

(わかってますよ……!)


「ストライク!バッターアウト!!」

久保(くぼ)三振でスリーアウトチェンジ!」


 球自体は走ってる。後続はしっかり絶って、ここまでは及第点の内容。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「ライト線……」

「フェア!」

「打ったバッター一気に二塁へ!」

「セーフ!」


「「「ぎゃあああああ!!!」」」


 こっちはまだ点が取れないまま3回の表。先頭がいきなりのツーベース。


(スライダーが甘く入ってしまったか……)

(抜けスラは案外魔球になることもあるけど、単純に真ん中に入り込むだけやとな……)

「2番ショート、睦門(むつかど)。背番号6」


爽也(そうや)くーん!」

「大きいのお願ーい!!」

「ホームランホームラン爽也!」


 火織(かおり)ちゃんのチームメイトだったっていう睦門(カッペ)くん。個々の実力に差はないと思うけど、所属する球団が違うだけでこうも明暗が分かれるものなのね。

 あの子は守備に定評のあるショートながら、2桁打てるパンチ力もある。けど……


「おっと、ここはバントの構えです」

(プロは指示通り動くのが仕事だべ。次の打者にゃ全てを託せるだけの信頼もある。文句はねぇ)


 1点リード。それに得点確率なんかを考えればノーアウトランナー二塁のバントは統計的にも決して間違った選択じゃない。堅実に勝利に近づく算段と言える。


「ピッチャー捕って……」

「ファーストや!」

「サードには投げません!」

「アウト!」

「一塁はアウト!送りバント成功!」


 手慣れたもので、難なく決めてみせた。

 ただ、次の打者は……


「3番センター、友枝(ともえだ)。背番号9」


弓弦(ゆづる)!トドメ刺したれや!」

「前ん飛ばしゃ十分ぞ!」

「魅せたれ"最強打者"!」


 友枝くん……去年は故障であまり試合に出れなかったけど、"球界最強打者"としての実力に(かげ)りはなし。

 えげつないスイングをする反面、高打率で言うほど三振が多いわけでもない。どんな形でも外野にさえ持っていければ自慢の飛距離でランナーも帰せるはず。確かに直前の打者のバントは正しく見える。


(!!ヤッベ……)

「ファースト捕って……」

「ホーム!」

「……アウトオオオオオ!!!」

「ホームタッチアウト!三塁ランナー生還ならず!」


「「「っしゃあああああ!!!」」」

「ナイスや松村(まつむら)!」

「本職外野やのにええ動きしとるわ……」


(『月出里(すだち)さんの送球をカバーする』だけがファーストの仕事じゃありませんからね)


 桐生(ちょんまげ)くんの捕ってからの素早い送球で、ゴロゴーでの生還を阻止。バッティングで期待されてた子だけど、十握(ハイウエスト)くんや金剛(こんごう)くんとの競争の兼ね合いか、ここ最近はファーストの守備をえらく練習してるわね。

 友枝くんはその自慢のパワーでとんでもない飛距離を生み出すけど、実はホームランの本数は言うほど多くなくて、特に引っ張った時はあんまり打球が上がらない。その分強烈なゴロやライナーが多いから、率はかなり稼げるんだけどね。今のが間に合ったのは、打球速度が裏目った部分もある。


「申し訳ないっす……」

「気にするな。打率3割で上等な競技なんだ。お膳立てまでは上手くいっても結果に結びつかないこともある。次の打席、期待してるぞ」

「ウッス、任せて下さい」


 こっちのベンチからじゃ細かい話の内容までは分からないけど、向こうのベンチは余裕そうね。この失敗も経験値稼ぎの一環と言わんばかりに。


(最悪、歩かせても良い場面やったからな)

(逆に際どいところを狙って投げやすくて助かったよ。冬島(ふゆしま)さんなら多少乱暴なところに投げても止めてくれるしね)


 バントを絡めたのは、バッテリーにとっても却って有り難かったでしょうね。


「4番指名打者、ホワイト。背番号4」


 それに、後続の打者を考えてもね。


「ストライク!バッターアウト!」


「三振!最後は落ちるスライダー!!」

「正気かホワイトどん!?」

浪花(なにわ)の細腕の撫でるような球で腰が砕けっとは!」

「おいホワイトどん!」

「おはん寝ぼけちょるんか!?」


(一応ボク、福岡(そっち)出身の人間なんだけどね……)


 かつてはペンギンズでシーズン本塁打数の帝国記録を塗り替えたホワイトだけど、正直、最強打者の直後に置くには歳を重ねすぎたわね。直前に一塁の空くバントやらせて後続がこれなら、歩かせ覚悟の配球もしやすい。向こうが勝手にアウトを増やしてくれるしね。


「スリーアウトチェンジ!」


「よっしゃよっしゃ、ノーアウト二塁から凌いだで!」

「けど細平(ほそひら)が投げとるからなぁ……」

「メガネも割と打たれとるし、ここだけ凌いでもなぁ……」


「お疲れ!よく凌いだよ!」

「ありがとうございます!」


 本来なら盛り上がって流れが良くなるところ。実際ベンチは活気付いてるけど、客席の熱気は言うほどでもなく。まぁ長年積み重ねてきた成果とも言えるけど……


「3回の裏、バニーズの攻撃。8番キャッチャー、冬島(ふゆしま)。背番号8」


「頼むで正捕手!」

「先発助けたってーや!」


 冬島(じぞう)くんはガッチリした身体のイメージに反してバッティングは堅実寄りで、ヒットも四球も球数もそこそこ稼いでくる。脚こそだいぶ遅いものの、先頭打者としての適性は決して低くない。


(多分、細平さん対策を考えての下位打線3人を右固め……そしてチームの首位打者の月出里(すだち)ちゃんに繋ぐ算段。その辺の期待には応えたいところやけど……)


「ストライク!バッターアウト!」


「うーんこの」

「ウッドペッカーズ相手やと勘違いしてくれたらええんやけどなぁ」


(よりによって逆球……!)

(読んで打つタイプだと却ってこういう時にありがたいな)


 でもここでは中途半端なスイング。読みが外れたのかしらね?


「9番センター、秋崎(あきざき)。背番号45」


佳子(よしこ)ママ!でっかく打てや!」

「そのぶら下げてるもんみたいにな(ゲス顔)」

「何でもええからそろそろ点取れや!」


 佳子(おっぱい)ちゃんの打席はいつも良くも悪くも賑やかね。あの見た目はやっぱり男の人には我慢ならないみたいで。


(とりあえずコイツは当たらなければどうということはありません。落ち着いていきましょう)

(おう!)


「ストライーク!」


(うぅ、いきなり変化球……チェンジアップかな?)


 まっすぐに強いって部分は光るものを感じるけど、やっぱり抜かれると脆いわねぇ。あたしみたいなタイプだと、『せっかく脚が速いんだからもっと当てるのを念頭に置いた方が良いのに』なんて考えちゃうわね。


「ボール!」

「ストライーク!」

「高めまっすぐ空振り!追い込みました!」


(やっちゃった……ボール球……)

(よしよし、良い形で追い込めた)


 翻弄されてるわね。次はせっかくの(ちょうちょ)ちゃん。ツーアウトランナーなしとワンナウトランナー1人じゃ大いに違うわよ?


(……!何の……!)


「ファール!」

「ここは一塁線切れました!」


(ほう、当ててきたか。だがもうまっすぐは要らない。このまま釣りまくる……!)


「バットは……」

「……ボール!」

「スイング止まりました!」


(危ない危ない……)

(思ったより粘るな……だがここで無意味に冒険するのもな……)


「ファール!」


 割と何でも振っちゃうタイプの割に珍しく頑張ってるわね。


((あい)ちゃんはすごいと思うけど、わたしだって負けてられない……!)

(マサ。意図はわかるが俺のまっすぐをあんまり見くびるなよ?)

(そのつもりはないですけど、大丈夫ですか……?)

(ああ、心配ない)


 思った以上の粘りからか、サイン交換に結構時間がかかった向こうのバッテリー。何やかんやで1点差、慎重になるのは当然と言えば当然。


「……ッ!!?」

(!!!これなら……!)


「!!?これは、レフト下がって……」


「「「「「……え?」」」」」






「は、入りましたホームラン!秋崎、今シーズンの第一号は価値ある同点の一発!!1-1、バニーズ、追いつきました!!!」


「「「「「うっひょおおおおお!!!!!」」」」」

「「「おっぱいミサイルの時間だあああああ!!!!!」」」

「"おっぱいプルプルヒッター"最高や!」

「同点!同点!」

「勝てる……勝てるんだ!」


 まさかまさかの交通事故。ミットを外高めに置いてたのに内寄り真ん中めに入ってしまって、それを素直に引っ張り込んだ結果がこれ。


(やった……!)

(……悪いな、マサ)

(いえ、最後に『これで良い』って決めた俺の責任です……)


 歓声で笑顔を隠し切れずダイヤモンドを回る佳子(おっぱい)ちゃんの陰で渋い顔をする向こうのバッテリー。さぞや悔いの残る結果でしょうね。

 細平さんは決してノーコンではない。むしろ四球が少なくて、ストライクを取るのには苦労しないタイプ。だけど、意外と逆球は少なくない。おまけにホップするまっすぐが武器のピッチャーってのは大抵、打球が上がりやすい。

 冬島(じぞう)くんみたいに"読んで打つタイプ"……つまり想定通りに事が進むことを前提にした打者なら誤魔化しがきくどころかむしろ良い方に転がることもあるけど、ああいう"本能で打つタイプ"にアレをやっちゃうとね……


「すごいじゃないか秋崎くん!助かったよ!」

「えへへ……ありがとうございます!」

「良いスイングだったぜ!」

「ナイバッチ!」

「このまま同点だったら勝ち越しも頼むぞ!」


 伊達(だて)さんを始め、ベンチメンバーが戻ってきた佳子(おっぱい)ちゃんを祝福。


(秋崎がボクのために……!)

「ありがとう秋崎!最高だったよ!!」

「う、うん……雨田(あまた)くんも残りのイニング頑張ってね!」


 雨田(メガネ)くんは浮かれすぎだけど、良い流れね。単純に好守備の直後に同点に追いついたってだけでも十分すぎる恩恵だけど……


「1番サード、月出里(すだち)。背番号25」


 あの子の性格的にも、良い刺激になったんじゃないかしら?

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