第八十九話 王者であれ(2/9)
「1番ショート、月出里。背番号25」
「バニーズも2回で打者二巡目。打席には再び月出里。第一打席はフォアボール、しかし盗塁は失敗」
「盗塁は去年以上に積極的に仕掛けてる印象ですね。今年はずっと1番固定で、守備でもチームの事情に合わせてショートとサードを掛け持ち。すっかりチームの中心になって、ベンチからの期待も高まってますね」
せっかく初回に逆転したのに、2回の表で再逆転を許してしまった。何とも目まぐるしいゲーム展開。2回裏のワンナウトランナーなしで1点ビハインド。まぁ一応仕事しがいのある状況。
「ファール!」
「初球から振ってきました!157km/h!!」
あたしは基本的に『できればホームランを打ちたいけど、最悪アウトにならなかったら良いや』ってスタンス。ケチで貧乏性ってのもあるけど、ホームラン狙いを悪く言われたくないからね。アウトにならないんだったら文句ないだろってね。そしてそもそもまだホームランを1本も打ててないのだから尚更その辺で迷惑はかけられない。
だから四球も立派な打者の勝ちだと思ってる。『四球は相手本位』って言ったって、ヒット狙いだって相手の投球と守備次第なんだから、その辺はどっこいどっこいだと思う。っていうかあたし、下手に打ちにいくとゲッツーになるかもだし……
「ボール!」
「フォーク!バット止まりました!!」
(チッ、追い込まれるまでは割と振ってくれるはずなんだがな……)
(この辺も駆け引きだよねぇ〜……)
ただ、少なくとも『ある程度打てなきゃ四球なんて稼げない』ってのは事実。打者にとっちゃ何狙いでもボール先行してくれる方が絶対にありがたいものだけど、さっきみたいに『初球からでも狙っていく』ってとこをちょっとは見せなきゃ、相手はボール球なんて好き好んで投げちゃくれない。
目さえ良ければ四球を稼げるわけじゃない。それは高校の頃とプロに入りたての頃に身を以て嫌というほど知った。何せストライクゾーンに放っておけばいつか勝手に自滅するような奴だったからね、あたし。
「ボール!」
「身体の近く!見送ってボール!」
……ヴァルチャーズとはシーズンだと今日が今年最初になるけど、案の定、去年みたいにシフトを敷いてるっぽい。すっぽ抜けた逆球っぽかったけど、返球の間に内野が三塁寄りから定位置に戻っていってる。
(バッティングカウント……この状況での出塁は少々面倒だし、指示のあったやつを試してみるか)
また内角……なら!
「打ちました!一二塁間……」
よし、イメージ通りの方向……
「セカンド捕って……」
はわっ!?
「アウト!」
「ファースト送球!捌いてツーアウト!」
「うーん、詰まったなぁ……」
「流石にあの球速やとなぁ」
「それでも当てるには当てるのがちょうちょクオリティ」
まさかエペタムズと同じ、裏の裏のじゃんけん……?
(まさか本当に上手くいくとはな……去年みたいにとりあえずでシフトやってたら今のはライト前に抜けてたな)
(ウチ達だけじゃなく、月出里さんも育ってるってことだよねぇ〜)
「ドンマイドンマイ!」
「切り替えていこうぜ!」
「次頼むで!」
序盤の1点ビハインドだから、ベンチもピリつくことなくあたしを迎え入れてくれた。けど、あたしとしてはちょっと違和感。
去年、例のシフトを最初に仕掛けてきたのはエペタムズ。ショックだったからよく覚えてる。でも確か、あのカードの直後はヴァルチャーズ戦。そこでも同じようにシフトにしてやられた。
そして今年も同じ。エペタムズがじゃんけんを仕掛けてきたカードの直後に、同じことをヴァルチャーズもやってきた。
……エペタムズは元々こういう研究が得意だって聞いてたし、ヴァルチャーズもIT企業を親会社に持つところ。偶然なのかな……?
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「5回の裏、バニーズの攻撃。1番ショート、月出里。背番号25」
「あ、うん頑張れや……」
「まぁ個人成績期待できる奴がそれなりにおるだけ何年か前までよりはマシやんな……」
「逆にそういう奴らいても勝てんってのはなぁ……」
お互いに先発の立ち上がりが良くなかったけど、向こうの真木さんがきちんと立て直した一方で、こっちはズルズルと炎上。6-2。まだ絶望的ってほどでもないけど、多分長年の負け慣れと今年も4割を切る勝率、さらにヴァルチャーズ相手ってことで、もう客席の熱も冷めかけてる。
(さて、4点差……今のお菊なら心配ないだろう。新たな月出里対策、じゃんけんなのが不安だが、この状況なら冒険する必要はないな。安直に『裏の裏の裏』を取る見込みが大きいし、こちらとしてもより打球が強い方である『裏』に張るのが安牌だな)
プロ入ってすぐの紅白戦。あの時は最終回のビハインドで天野さんがソロムランで流れを変えてたね。あたしもあんな感じにやれたら良いんだけど……
……それでも、一矢は報いる……!
「右中間!」
「な……!?」
「「「「「おおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」
内角に入り込んできた、多分ツーシーム。普段なら引っ張り込んで左中間ってとこだけど、あえて引きつけて右中間。
予想通り、向こうは『裏の裏の裏』読みだったっぽい。
「打った月出里は一塁を蹴って二塁へ!」
外野が1歩目を見誤ったおかげで、まだ打球に追いつけてない。
「さらに二塁蹴った!」
「「「はえぇ!!!」」」
「走れ!走れ!」
「3ついけるで!」
「サード!!!」
「セーフ!!!!!」
「三塁セーフ!スリーベースヒット!!月出里、これで開幕から13試合連続ヒット!!!」
「「「っしゃあ!!!」」」
「ノルマ達成」
「これだけでも観に来た価値あるわ」
「いやぁ、でもスリーベースって華あるなぁ」
「脚速ないとなかなか打てんしな。基本ホームランより少なくなるもんやし」
今のあたしには、『ホームランに一番近いヒット』が精一杯。『持ち味を活かす』、なんて負け惜しみ。まっすぐスタンドまで打てる方が楽で良いんだけどね。普通程度には広い屋外球場だからこういうことも十分狙える。
(ゲーム展開的にはそこまで痛手……ではないが、駆け引きで負けたのはどうにも悔いが残るな……)
いくら試合がこんなふうなお粗末な展開でも、あたし個人くらいはきちんとやれなきゃ、すみちゃんにも、ついでに観客にも申し訳が立たないよね。
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