第十一話 今のあたしもまた、あの人のシナリオ通りであってほしい(2/8)
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 氷室篤斗[右右]
[控え]
雨田司記[右右]
山口恵人[左左]
夏樹神楽[左左]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7三 ■■■■[右右]
8二 ■■■■[右左]
9捕 真壁哲三[右右]
投 三波水面[右右]
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「ねぇねぇけーくぅん。逢ちゃんは女の子だからアレだけどさぁ、男の子はプレイ中にそんな簡単にバットが折れちゃいけないんだよぉ?」
「え、何の話ですか?おれ、リプのピッチャーだから打席なんて滅多に立つことないけど……」
「……火織さん。山口さんに変なこと吹き込まないで下さい」
「そそそそうですよぉ!でゅふっ、恵人くんにはまだ早いですよぉ……!」
「んー?神楽ちゃーん、理世ちゃーん、顔真っ赤にしちゃって何考えてるのー?アタシはただ、経験豊富な先輩として打席での心得を教えただけなのにねー?」
「ケケケケ……お前ら実は結構むっつりなんかー?」
「やかましいわ、なんちゃってイギリス人が!そこになおりやがれ、このふしだら共!」
「お、落ち着いて神楽ちゃん……」
「理世ちゃんもやっぱり、もう真守くんとそういうこと済ませちゃってるのかなー?んー?」
「い、いえ……そんな……そういうのはまだ……」
「だーっ!テメェ等タイム中やからって遊んでんちゃうぞ!火織、お前はネクストに帰れ!」
冬島くんの一喝で緩んだ雰囲気が引き締まった。
「良いんすか、旋頭さんの方からは注意しなくて?」
「構わないわ。私としては元よりあからさまな喧嘩とか外聞が明らかに悪くなるようなこと以外は諌めるつもりないし、何より今日の試合では私に指揮権なんてない。だからこの子達が何をしてどんな結果をもたらそうともこの子達の責任。貴方だってそう思うでしょう?」
「そりゃあねぇ。柳監督もきっとそうでしょうし」
「よーしリリィちゃん。神楽ちゃんと幸貴くんに怒られちゃった分、しっかり逢ちゃんを応援していこう!」
「おうよ!月出里がんばえー!」
「ねぇ有川さん夏樹さん、さっきのはどういう「「はーい、もうすぐ試合再開ですよー!」」
「プレイ!」
ここまで見てる限り、三波がどうにか空振りを奪れそうだったのはスライダーだけ。でもそのスライダーがあんなんだと、続けるのは厳しいだろうね。
(となるとやはり、打たせてやるしかないか……)
(そうですね。そっちの方がむしろ安全だと思います。流石にあんまり球数を稼がれたくないですし)
そこでチョイスしたのは、やはりとっておきのスクリュー。
(ふぅん……)
相変わらず涼しげな顔で、初見のスクリューに合わせてみせる。しかし……
(……ひッ!?)
「ショート!」
「ファースト!」
「アウト!」
結局は何でもない、ショート正面へのゴロ。右打者ながらかなり脚が速いけど、スイングの鋭さの割に打球の勢いは平凡だから、バックの守備も特に危なげなし。
……というのは表面上の話。そんな結果にも関わらず、マウンド上の三波の様子がおかしい。打球が飛んだ瞬間、およそ投手が関わらなさそうな打球方向だったのに身体の近くにグローブを差し出してたし、今もまるでこの結果に納得がいってないような、そんな感じ。
「月出里ちゃんの打席って、いつもこんなんなの?」
「そうですねぇ。でゅふっ、ワタクシメ、僭越ながらここ一週間、我が白組の投手陣と打線の対戦から色々とデータを取ってたのですが、逢ちゃんの打率はおよそ1割ほど。それも、ヒットの内訳は内野安打がほとんどで、長打は1本もなし……ですが、ボールゾーンのスイング率は10%未満、空振り率は1%未満という、すごい数値を叩き出してますねぇ」
「普通はどれくらいですごいんですか?」
「一軍のトップクラスでも、ボールゾーンのスイング率は20%くらい、空振り率に関しては打撃成績やシーズンごとの傾向、それに全体的な見逃し率との兼ね合いもあるので単純な比較はしづらいのですが、それでも5%でも十分トップクラスに入れるはずですねぇ。でゅふっ。まぁ逢ちゃんはツーストライクまではわざとかと思うくらいスイングの頻度が少ないですし、分母の少なさと、対戦したのが白組投手陣のみなのであくまで参考記録程度のものですが、それを考慮しても非常に優れた選球眼とコンタクト能力の持ち主と言えますねぇ」
(……雨田司記のストレート相手に70球中1球しか空振りしてないだけでも十分な根拠だと思うけどね)
「そうなってくると、逆に何でそこまで打てないのかが謎だねぇ……」
「投手側のおれ達にとってもその辺、よくわかんないんですよ。ずっと投手やってると、リリース直後から相手打者がスイングするまでの間に『どの辺りに打たれた』とか『打ち取れた』ってのは何となくわかるんですけど、月出里さん相手だとそういうのが全然合わないんですよね」
「あ、山口さんもっすか?あっしもそうなんですよ。『これ絶対長打じゃん!』って思ったらただのポップフライとか、『今度こそ空振り奪った!』と思ったら内野の正面へのライナーとか、逢に投げてるとそんなんばっかなんすよね」
俺も投手経験者だから、感覚云々の話は理解できる。確かに多少細かい部分の不一致は出ても、大まかな結果予測はそこまで外れるものではない。『経験からくる脳の補完』、これは打者が投球を打つ際などにも発揮されるものだ。
"計算できない打者"、"来た球を打てる天才"……大昔のプロ野球にも、数多くの名投手・名捕手からそう評された人がいるけど、まさかね。
「すんげぇスイングしてるから大物ルーキー登場かと思ったけど、結果はしょっぱかったな」
「というか何やあのフォーム?ガッタガタやんけ」
「無表情でバット折るだけの機械かな?」
「スイング速いだけで結局戦力外になった奴なんてこれまでごまんといるし、やっぱ"顔だけ枠"になるんやろうなぁ」
そう。もう一つの違和感はフォーム。確かに理想とは程遠いし、動作の連動がまるでなってないガタガタのフォーム。あの通り、素人目にも違和感を覚えるレベルだ。
だが不思議と『下手』だとは思えない。その証拠に、スイングスピードは一流と呼べるレベルだし、ミートもできてる。素の身体能力とか動体視力とかで補ってる部分はあるんだろうけど、それが全てだとは思えない。お手本通りではないにせよ、動作に何らかの整合性があるからこそ、あのスイングスピードを生み出せてるはず。
参ったな……こんな訳のわからない打者、見たことがないな……
「気になる?」
「振旗さん……」
「残念ながら教えてあげないけどね」
(樹神のことだから、もう少し他の打席も見て、あの菫子と勝負した時の映像を観れば多分気付くとは思うけど、あの子の秘密はまだまだあの子自身にも教えるわけにはいかないからね)