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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第八十七話 月を掴むような話(3/4)

******視点:振旗八縞(ふりはたやしま)******


 何やかんやあってゲームはもうすっかり7回の裏。ずっと二軍にいて、一軍の試合をこうやってベンチから生で見るのは久しぶりだけど、やっぱりレベルが段違いね。下位打線でも二軍の大部分とは比べ物にならないわ。


「打ち上げて右中間……落ちました!」


「「「おおっ!!!」」」


「センター捕って、二塁ランナーはこの間に一気にホームへ……」

「セーフ!」

「セカンドがカットに入って打った月出里(すだち)は一塁ストップ!これで1点追加、4-0!月出里、これで開幕から10試合連続安打となりました!」

「先頭出塁からの送りでキッチリタイムリー……点差がそこそこ開いてる状況ですが、こういう攻撃を普段からできるのは大事ですよ」


「ええぞええぞちょうちょ!」

「4度目の正直」

(あい)ちゃーん、ナイバッチ!」


 4打席目にしてようやくの1本。あの子のことだから多分その手の記録にはあんまりこだわってないと思うけど、とりあえず安心はしたでしょうね。

 あの子は去年、素直に打ち返すことしかできなかったから、あの例のシフトは強力な対策になってたけど、今年は『素直に打ち返す』か『あえて逆らう』かのどっちかを選べる。つまりこれは一種のじゃんけん。


(そうなのよねェ……向こうにも選択肢がある以上、完全な対策にはなり得ないのよねェ……)


 もちろん、相手投手の得意不得意とかランナーの有無とか、その時の状況との兼ね合いもあるから完全なじゃんけんってわけじゃないけど、答えはほとんどランダム。去年ほどの脅威にはなり得ない。

 だけど……


「2番セカンド、徳田(とくだ)。背番号36」

「続くバッターは今日2安打の徳田。ここはバントの構えはありません」

(今日当たってるし、何より打線のコンセプト的にもね。点差もあるんだし、自由にやると良い)


 左のプルヒッターで脚の速い徳田。シャークス打線なんかと同じね。バントを重視しない、打球の傾向を生かしたタイプの2番打者。


「かおりーん!繋げ繋げー!」


(アタシだってたまには……!)

「ライト大きい!」


 インコース、得意の引っ張り。角度もある。


「「「おおおおお!!!」」」

「いける!いける!」

「入れ!入れ!」






「……アウト!」

「ライト、フェンス際で捕りましたツーアウト!」


(くっそぉ……今のでもダメなの……!?)


「ああ、入らんかったか……」

「ちょうちょもやけど、かおりんも大概入らんよな……」

「非力な繋ぎ役のくせに調子に乗るからよ」


 徳田はああ見えてスイングが速い。引っ張った時の打球の速さはクリーンナップと比べても遜色ないレベル。

 あのスイングスピードは純粋に筋力が意外とあるってのもあるんだけど、一番の要因は柔軟な身体。内角の難しい球でも窮屈になることなく打ち返せるし、身体中をムチのようにしならせてヘッドスピードを加速させられる。

 ただ、逆にそこが仇になってる部分がある。確かに引っ張った時の打球は速いけど、ライナーの時とそれ以外での差が他の打者より大きい。


 そもそも打球というのはライナーとフライとゴロの3通りあるけど、それらはバットのどこに当たるかで大体決まる。ライナーはバットの真芯、フライは横向けたバットの真芯の上、ゴロは横向けたバットの真芯の下。スイングの仕方で左右される部分もあるけど、大体はそうなる。

 徳田は真芯で食った時ならスイングの加速の方向に沿って強い打球を返せる。でも少しでも芯から外れてしまうと、手首のルーズさが仇になってヘッドにほんの少しブレが生じてしまう……みたいね。だからあんな感じで、角度が必要以上に付いて、その分のパワーロスが生じてしまい、フライがどうしても一伸び足りなくなる。前々からそう推測してたけど、はっきりそうだと確定したのは、ウチのスタッフがトラッキングシステムとやらで分析してから。


 おまけに徳田は最近の日本人打者でよくいる右利きの左打者。こういう打者はヘッドスピードの初速が速い反面、インパクトの瞬間の押しが弱いことが多いから、引っ張った時に強めのライナー、流した時に弱めのフライになる傾向が強い。

 "球界現役最強打者"と名高いヴァルチャーズの友枝(ともえだ)も実はこのパターン。アイツはむしろ逆方向の方がホームランの本数は多いから『広角打法』と言われることがあるけど、実際は引っ張った時の方が打撃結果の期待値が高い。野球ゲームで例えるなら、パワーが他の打者より飛び抜けて高くて、『広角打法』っていう特殊能力が付いてるわけじゃなく、引っ張った時と流した時で弾道が違うってこと。


 その辺があるから、徳田はどうしてもガッチガチのスラッガーにはなり得ないのよねぇ。守備走塁を犠牲にして体重を増やしまくれば話は変わってくるかもだけど、まぁリスキーよね。


「3番ライト、十握(とつか)。背番号34」

「これでツーアウト一塁!打席には今日3安打の十握!」


 ……徳田がもし仮に体重を付けたら、十握に近くなるかもね。


「打ち上げてこれはライトとセンター下がって……入りましたホームラン!」


「「「「「いよっしゃああああッッッ!!!!!」」」」」

三四郎(さんしろう)!三四郎!」

「やっぱりウチの最強打者じゃないか(ご満悦)」


「十握、今シーズンの第一号はダメ押しとなるツーラン!6-0、大きく突き放します!」

「これで4安打ですか……ここまで上手いバッティングで右に左にシングルを3つ打ち分けてましたが、こういうバッティングもできるのは頼もしいですね。打線に厚みを与えてくれますよ」


 あんな感じでね。

 今年は腰への負担を考えてか、フォロースルーでトップハンドを離すようになって、フォーム全体で見ても無駄がさらに減ってコンパクトになった印象。ここまで一発がなかったから、コンパクトになった分のパワーロスも懸念されてたけど、去年と遜色のない打球。大したもんだわ。リリィなんかもなかなかのものだけど、十握の打撃のセンスは頭一つ抜けてるわね。


(ウチなんか打つだけやのに、立場ないわ……)

(一発、出ちゃったか……やっぱりまだまだ敵わないなぁ)

「ナイバッチ!」

「ありがとうございます、コーチ」


 ……月出里を除けば、ね。


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