第八十七話 月を掴むような話(2/4)
******視点:月出里逢******
4月14日。先週は2カード続けて遠征だったけど、今週は逆に2カードともホームゲーム。エペタムズとヴァルチャーズが相手になる。
「逢、今日もいつもの感じで良いかな?」
「うん、お願い」
試合前の打撃練習。久しぶりに優輝に投げてもらう。いつも通り、相手チームの投手の投げ方に近づけてもらって、毎試合、試合中でも目まぐるしく変わる相手投手にできるだけすぐに合わせられるように。
ただ、優輝は今年から大阪にある平日夜間の専門学校に通ってもらうから、シーズン中は基本的にホームゲームの日だけ練習に付き合ってもらう形。毎試合付き合ってもらった方が確実に効果があると思うけど、『好みの男に毎日愛b……マッサージしてもらう』という素敵ドリームを叶えるためなら仕方ない……いや、身体を資本にする仕事なんだから、できるだけ信頼できる相手に頼むためにも先行投資として仕方ない、ってね。
どのみち優輝の負担を考えたら毎日投げるのは流石にキツいはずだし、ノースローの日を適度に挟むのなら良い口実。
「月出里、そろそろ良いか?」
「あ、すみません。優輝、上がりにしよっか」
「うん、お疲れ」
「あ、あの打撃投手の人また来てるやん!」
「え?打撃投手?」
「ほらあっこ!」
「うわ、めっちゃイケメン」
「あー、そう言やこの前ダベッターで画像見たかも?」
「何かいっつもちょうちょ相手に投げてへん?」
「ほんま"いけすかないバタフライ野郎"やわ」
フリーバッティングを切り上げて一息ついてると、スタンドの前の方まで来てこっちにスマホを向ける女性ファンの集団。
優輝は前まではヴォーパルくんとしてよく表に出てたけど、打撃投手として表に出始めたのは去年の途中から。それも試合前の練習くらいでしか顔を出さないし、当然テレビに映る機会もそうない。
それでもこのくらいの時間帯から球場入りしてるファンもいるから、存在が認識され始めてるっぽい。SNSで情報共有し放題の今の世の中なら、不人気球団の裏方が話題になってもおかしくはないからね。
正直、自分の男のことで他の女の人に妬まれるのは気分が良かったりもするけど、野球に支障をきたすのは嫌だなぁ。今度からグラウンドに出る時は覆面でも被ってもらおうかな……?なんて、元格闘家の娘並の発想。
「うらやましいですね」
「はわっ!?……あ、十握さん」
「お疲れ様です。すみません、驚かせちゃって」
「いえ……お疲れ様です」
いつも通り無表情で急に話しかけてくる十握さん。
「逢、それじゃ行ってくるよ」
「うん、気をつけてね」
優輝はそこまでスケジュールがカツカツなわけじゃないけど、このまま球場にいても特にやることがあるわけでもないからそのまま学校の方へ。
「彼、良い打撃投手ですね。ただでさえフォームや球種の引き出しが多いのに、左右両方で投げられる」
あ、『うらやましい』ってそっちの意味か。っていうか当然だよね。十握さん、男の人だし。
「あげませんよ?」
「それは残念。オフも彼と?」
「はい。おかげで今年は良い感じに打ててます。十握さんも今年振れてますね。去年ほど豪快な振り方はしてませんけど、スイングの鋭さは変わってないというか……」
「ええ。去年腰を痛めて2回も抜けてしまいましたからね。フォームもトレーニングの内容も専門の人と相談して見直しました。今年はちょうどペナント短縮ですし、とりあえず全試合出るのが目標です」
個人的にはこのチームで一番バッティングが良いと思う十握さん。今年は今のところ打率ではあたしの方が勝ってるし、十握さんもまだ一発は出てないけど、実績が実績だからね。去年は半分も試合に出れなかったのに、ホームラン二桁打って打率も3割近く。打つ方じゃまだまだ敵いそうもない。
……あたしもそろそろ一発打ちたいなぁ。
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******視点:鈴鹿智子[函館菊杯エペタムズ監督]******
今日から今年最初の対バニーズのカード。
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番サード、月出里。背番号25」
「今日もバニーズの先頭打者は月出里。ここまで9試合連続安打、三振0も継続中。昨年は史上最年少盗塁王として走る方で魅せてくれましたが、今年は打撃で成長を見せています」
「ちょうちょ!今日も1本頼むで!」
「まずはキリよく10試合連続や!」
「全試合打ってもええんやで!」
去年マークしてた月出里逢。対策が功を奏してシーズン後半は大人しくさせられたけど、今年は春先からシーズンに入ったここまでずっと好調。スコアラーに集めてもらった映像データやスタッツを見る限りでも、打球の偏りはかなり克服してる感じねェ。
……となると。
「ボール!」
「外ストレート!外れました!」
(去年、例の対策をしてきたのってエペタムズが最初だったよね?今年も同じように、投げた後に内野が一塁寄りから元の守備位置に戻っていってる。となると……)
「外打った!」
(よし、思った通り……)
かかったわねェ。
「ショート捕った!」
「はわっ!?」
「アウト!」
「ファースト捕ってワンナウト!」
「平凡平凡アンド平凡」
「そら(外の球無理に引っ張ったら)そう(引っかける)よ」
「まぁ一打席目や。切り替えていけ」
一塁を駆け抜けてすぐ、バックスクリーンのリプレー映像で守備位置を確認する月出里逢。
(動いてない……)
そう、お察しの通り裏の裏。去年と同じように投球のコースに応じてシフトを敷いてると見せかけて、通常の守備位置のままで打球処理。
おそらく元々のあの子の打撃のツボは『コースに逆らわずに打つこと』。『逆方向にも鋭い打球を飛ばせる』、右投右打の打者にはよくある傾向だけどねェ。だからああいう自然体を崩した打ち方であれば、打球の速さも普段ほどじゃないわァ。
……とは言え、去年の打球の偏り、こんなに簡単に克服してくるのは想定外だったわァ。周囲からの指導やサポートが良かったのか本人の努力によるものか、細かいところはわからないけど、それでもあの子には『環境や状況に適応する力』が十二分に備わってるのは確か。やはり油断ならない子ねェ。
それに、この対策にしても……
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