第八十六話 黙って見てろ(1/3)
******視点:風刃鋭利******
4月6日、大阪市此花区。二軍球場。
今日は一軍は明日からのアルバトロス戦のため、千葉への移動日。表のローテが投げ切って、次のカードは裏ローテ。その状況で、先発ローテを争ってたおれが留守番。つまり答えはそういうこと。
「風刃」
「あ、お疲れ様っす」
二軍の方でも今日はオフ。さっきまでブルペンの方で練習を見てた旋頭コーチがグラウンドの方まで足を運んでくれた。
「その練習、まだやってるのね」
「はい。『これでやり抜く』って決めましたから」
「『槍』だけに?」
「ぷっ……コーチ、そういうこと言うんすね」
「私は冗談は嫌いじゃないわ」
「さすが関西人」
「……それ、ちょっと見せてもらって良いかしら?」
「はい。どうぞ」
オフから使い始めたジャベリックスロー用のターボジャブ。羽根の付いた短い槍……というかでかいダーツみたいなもの。予備で置いてたやつを旋頭コーチに渡す。
ジャベリックスローってのは簡単に言えば『子供向けのやり投げ』。やり投げ用の槍は子供にとっては重くて身体への負担が大きいってことで、それよりも軽くて短い物を投げてやり投げの経験を積めるようにしようって感じで考案された競技。
「思ったより重たいのね」
「そうですね。規格では300gあります」
槍より軽いと言っても、野球用のボールよりは確実に重い。ちょうど倍くらいの重さ。しかもそもそも形状からして明らかに違うし、そのせいで投げ方の勝手も野球のピッチングとは全然違う。
「ちょっと投げてみても良いかしら?」
「良いですよ。投げ方わかります?」
「とりあえず見よう見まねでやってみるわ」
おれがさっき投げてたのをそのまま真似るように投擲。やっぱり元トッププレーヤー、競技は違えど持ち前の運動神経の良さで、パッと見良い感じに投げてみせる。
けど……
「……思ったより難しいわね」
「そうなんすよ。投げ方がちょっとダメだとこうなっちゃうんすよ」
上手く投げられないと、ターボジャブの羽根が無駄な抵抗を生んで思ったよりも飛ばない。フォームをしっかり身に付けるという上では、やり投げの導入としては合理的。やり投げなら、な。
「これをピッチングにどう繋げるのかしら?」
「肩肘への負担を極力減らしたいんですよ。さっき投げてみてなんとなく感覚があったと思うんですけど、これって下半身と胸で投げるイメージなんすよ」
「下半身と胸……」
「ピッチングって、こう、トップの位置から引っ張って投げるイメージじゃないすか?で、腕を強く振って引っ張ろうとすると肩とか肘とかに負担が集中するじゃないですか?それよりも股関節とか胸郭とかの方が丈夫ですし、身体の中心に近いから引っ張るパワーだって出しやすいと思うんですよ。ジャベリックスローのそういう感覚をピッチングに生かしたいなぁって」
「……なるほど」
「ま……投げる物が違いすぎるから『どうせできっこない』って言われるかもしれないっすけど」
コーチにだって、な。
この球団に入ってすぐ『好きにやれば良い』って言ってくれて、今年のキャンプでも同じようにターボジャブ投げてても黙って見ててくれたけど、ローテ争いに負けてってなると、流石に意図は聞かれるよな。少なくとも一軍じゃまだ目立った実績もないおれなんだから、できる勝手にも限度があるってね。
「……それで良い」
「え……?」
「それで良いわ。『どうせできっこない』って言われたとしても、『このチームを勝たせてやるから黙って見てろ』って言い返し続けなさい」
「……良いんすか?」
「私のプロでの2人目の監督に同じことを何度も言ってやったわ。おかげで日本から追い出されたけど、後悔は微塵もない。貴方もきっと、他人に言われたことをやって後悔するのが一番嫌なクチでしょう?」
「ご明察」
よくわかってる。『他人事』ほど軽いものなんてないんだしな。
「バッティングはピッチングありきなところがあるけど、ピッチングはまず自分との勝負。自分を一番理解できるのはいつだって自分なんだから、振り回されることはない。万人に通用するやり方なんてなぞる必要はない。貴方は貴方を納得させられる理屈を持ってるんだから、その正解に忠実であれば良い」
「…………」
「それに、さっきの話は私も納得できた。それだけ具体的に何がしたいのかが口に出せるのなら何も言うことはないわ。貴方は貴方を貫きなさい」
「……あざっす」
おれだって正直、自分が今やってることが正しいのか不安になる時もある。前例のないやり方だっていうのは間違いないんだし。そういう時に一番欲しいのは、旋頭コーチのこういう言葉なんだよな。




