第八十五話 罪なき卑怯者(7/9)
******視点:冬島幸貴******
「本日のヒーローは決勝タイムリー含む2安打と好守備で勝利に貢献した、乾選手です!」
「「「「「キャアアアアア!!!」」」」」
「今年1試合目から両刃くんのお立ち台とか幸先良いわね」
「わざわざ関西の不人気な方にまで出向いた甲斐があったわ」
今日のウッドペッカーズはビジターやから、慣例の通りヒーローは1人だけ。やけど皮肉にもそれが両刃の功績を際立たせてる。クソッタレ。
「冬島くん」
「はい……」
「……いや、何でも無い。今日はお疲れ様」
「お疲れっす……」
ベンチから出る前、伊達さんに呼び止められたから色々言われるかと思ったけど、結局労いだけ。お人よしやな。まぁオレとしちゃ助かるけど。
……今日は巡り合わせが悪かっただけや。打つ方は両刃の前で結果を出せた。心配せんでも、オレを正捕手にしてくれたんやからバニーズは勝たせたる。オレのためにも。
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「……あ!」
「あ、どうも……」
ロッカーでサッと着替えを済ませて関係者用の通路を歩いてると、始球式で投げてたアイドルちゃんと遭遇。黒髪童顔の……名前が思い出せん。
「……もしかして、試合観ててくれたんですか?」
「はい!ゲスト解説の仕事もありましたし、最後まで観てましたよ!冬島さん……でしたよね?ナイスバッティングでした!チームでたった1人点を挙げて、めっちゃカッコ良かったです!」
「ど、どうも……」
仕事柄かもしれんけど、えらく人当たりの良い。試合で正直凹んでたから、こういうのはありがたいと思ったり。
「すんません。せっかく最後まで観てくれはったのに、こんな結果で……」
「いえいえ、とっても見応えがありましたよ!久々の野球観戦、めっちゃ楽しめました!っていうかうちの方こそ、始球式はとんでもない大暴投で……」
「そんなことないっすよ。未経験の女子があれだけ投げれたら上出来っすよ」
「ウフフ、ありがとうございます♪……あ、そうだ」
おもむろにスマホを取り出す。ってことは……
「もし良かったら、CODE交換しませんか?」
Oh……
「え……ええんですか?」
「はい♪せっかくの機会ですから、プロ野球選手の人ともお付き合いできればって……あ!えっと、『お付き合い』ってそういう意味じゃなくて、えっと……」
目線を逸らして頬を赤らめる。あざとい。けど、正直好みやから……
「お……オレで良かったら……」
「ありがとうございます!」
オレもスマホを取り出して、CODEを立ち上げてQRコードを読み取る。現役のアイドルの連絡先を手に入れてもうた。TV絡みの仕事やからいつかはこういう機会もあるやろうなとは思ってたけど。
「また応援に来ますね!お仕事以外でも!」
「あざっす……」
何度もこっちを振り返っては笑って手を振ってくれて、オレも応えた。
CODEで名前を確認……したけど、登録はニックネーム。しゃーないからブラウザで検索。今日のバニーズの始球式の子……UMD33(ウメダサーティースリー)の曽根崎初音。
UMD33はグループ名は聞いたことがあった。全国区のアイドルやしな。ただ楽曲とかメンバーの名前なんかは全くわからん。帰りのバスの中でスマホをいじるのはいつものことやけど、今日の帰り道はUMD33を調べるのに全部費やした。
メンバーはグループ名の通り33人。その中でも人気TOP3のメンバーが中心になってるとか。
人気No.1はセンターを務める北野巡流。老若男女問わず幅広い層から支持されてる模範的アイドル。
No.2がさっきの曽根崎初音。読モ出身の抜群の容姿とファン対応の良さから男性ファンの間で一番人気。
No.3は清水鏡。専業歌手並の高い歌唱力にダンススキルも兼ね揃える職人肌の努力家。
……『男性ファンの間で一番人気』、か。
「アリやな……」
最終目標は月出里ちゃんのままとしても、当面の目標としてなら必要十分。帝国中の多くの男が求める上等な女。両刃はまだ遥と切れてないって話やしな。
『今日はお仕事お疲れ様でした。アイドルの仕事って今日みたいなこともやるんすね』
早速CODEでメッセージ。ウザがられず、かつ返信しやすい内容。散々痛い目に遭うた経験を生かして、最初は当たり障りのない切り出し方。
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******視点:乾両刃******
『両刃くん、お疲れ様。今日は最高やったで!』
球場近くのホテルに戻って、メッセージを確認。当然、遥からも一報。
『この調子でどうにかやってくわ』
『うん、頑張ってな!日曜日も楽しみにしてるで』
プロ野球選手……特にリプの選手やと、シーズン中はずっと日本のあちこちに出張するのが当たり前。
遥はそういう事情で、いったんは実家住みのまま大阪の方で就職。いずれ実家近くに住むか、大阪の方に住むか、それとも遥を宮城の方に呼ぶかは身を固めると決めてから。
そのためにも今年こそは打つ方でも結果出さへんとな。流石にドラフト上位の外野が2割そこそこやと見栄えが悪すぎるし、"守備の人"とはもう呼ばれたないし。
『……ところで、幸貴はどうやった?』
『いつも通り無視された』
『そっか……』
幸貴ともええかげんに、とは思ってるんやけどな……
『プロになりたい』ってのも、純粋に野球が好きでその延長ってのも大きな理由やったけど、本当はそれ以前に『大人になってもずっと幸貴とプレーしたい』ってのが先やった。そもそも野球を始めたのやって、幸貴のホームランに憧れてやし。
やのに何でこんなことになってもうたんか……いや、理由は何となくわかっとる。わかっとるんやけど、やっぱり知らないふりして『何で』と嘆きたくなる。現実を直視するのが怖くて。




