第八十五話 罪なき卑怯者(5/9)
「よう、お疲れ」
「お疲れ」
9回の表の守備が終わった火織を出迎える。
スコアは依然9-1のままやけど……いや、やからか。空席がどんどん増えていく。
「開幕戦やのに寂しいもんやな」
「これでもマシになったくらいだと思うよ?ちょっと前までは二軍にいたあっくんを無理やり一軍に呼んでお客さん集めてたこともあったし」
「ん、そういや前に愚痴ってたな」
「それにアタシが入団する前なんか、バニーズ戦のチケットが500円くらいのキャベツ焼きのおまけにされてたって聞くし」
「マジで?」
「マジだよ」
ウチも長く大阪に住んどるけど、まぁ例に漏れずウチも周りも揃ってパンサーズ応援しとったからな……そこまで悲惨やったとは……ん?
「まぁでも最後にちょうちょの打席だけでも観とくか」
「ワイもかおりん応援せんとアカンからな」
「自分リリィ良いっすか?」
「推しが増えただけでも何年か前までよりはマシやな」
「馬鹿野郎お前バニーズは勝つぞお前!」
「……ああいう人達もいるんだし、最後まで足掻いてみようよ」
「せやな」
プロ野球で客を呼べるのは勝ち負けばかりやない。もちろん、だからと言って勝ち負けを軽視して別の方法ばかりに頼ればかつてのバニーズみたいになるだけやけど。
ウチらがこの球団を変えてる……ってのはまだまだ思い上がりも甚だしいのかもしれんけど、せめて一矢報いて、こういう物好きをちょっとでも増やしていかんとな。
「9回の裏、バニーズの攻撃。1番ショート、月出里。背番号25」
病気の関係でどうしてもフルで出続けるには厳しい相沢さんに代わって、9回から月出里が代わりにショート、その穴埋めで服部がサード。
打つだけってのはほんまに歯痒いもんや。
(コイツはパワーはあっても一発はない。そもそも8点差。遠慮なくゾーンに入れてけ)
(はい!)
「ちょうちょ!何でもええから出るんや!」
「この回10点とれ!」
「9点で足りるぞ(■松)」
8点差。満塁ホームラン2本でようやく同点というとんでもない状況。せやけど向こうやって1イニングで8点稼いだ。
……プロ野球には降格とかそういうのはない。親会社が球団を手放しても別の買い手がつくのがほとんどやし、プロ野球人気が確立された現代で球団が完全になくなるなんてことは滅多に起こらん。プロ野球チームがプロ野球チームであり続けるだけならそこまで難しいことやない。
でも、やからってプロがプロを安くしてええわけがない。同じプロを名乗る以上、勝てなくてもせめて向こうと同じことをやり返してやろうってとこくらいは見せんとアカン。
「ボール!」
「よっしゃ!ナイセンナイセン!!」
「ねばねば」
「それでええ!とりあえず出るんや!!」
「ファール!」
かまぼこをひっくり返したような目をして淡々とカットし続ける月出里。やけど決してやる気がないわけやないのはわかる。確かに向こうはこの点差だけあって特別実績のある投手やないけど、それでも少なくとも故意のボール球はここまで一切投げてへんはず。甘い球もあんまり放ってへんし。
その中で月出里は嫌がらせに徹しとる。あれでええ。
(この場面、どんな形でもアウトにさえならなければ良いんだし、向こうに消耗を強いれるなら尚良し。変に接戦で一打を求められるよりはよっぽど気が楽)
「ボール!フォアボール!」
「出ました!9球目外れてノーアウト一塁!!」
「ナイス散歩!」
「何かちょうちょってプロに入って以来、公式戦で三振が四球を上回った瞬間が一瞬たりとも無いらしいな」
「ファッ!?」
ほんまにええ目してるわ。それにあのコンタクト。ウチも割と自信あるんやけど、あれはちょっと真似できんわ。
「2番セカンド、徳田。背番号36」
「続け続け!」
「かおりんも目ええからな」
「とりあえずアウトやなかったら何でもええわ!」
バニーズは長打力不足ではあるけど、俊足巧打タイプはしっかり揃っとる。赤猫さんではなく火織を2番に据えたのはおそらく……
「ライト方向……」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
「……切れましたファール!」
「くっそぉ……!」
「惜しいなぁ……」
シャークスの受け売り……ってとこやな。
(徳田くんは逆方向へのバッティングも身に付けて一軍に定着したけど、本来のツボは内角球を引っ張ること。だから意識してなくても打球が右方向へ集中しやすいし、俊足の左打者だから併殺リスクも少ない。機動力野球ならバントを絡めるのが定石と思われがちだけど、得点力を上げるためにもアウトは積極的に減らしていきたい)
「相変わらず状況読めないわねぇ、あのブス」
「目立ちたいだけじゃないの?あの"いけすかないバタフライ野郎"も」
「次の氷室くんの登板日までに二軍落ちしないかしらね?」
「バネキ怖いなぁ……とづまりすとこ」
「何でわざわざまだ球場に残ってるんですかね……?(困惑)」
いや、あれはあれで間違ってへん。
(そりゃアタシも目には自信があるけど、向こうだって無駄にランナー溜めたくないんだからストライクに投げてくるもの。消極的になりすぎても却って状況を悪くするだけだよ)
無抵抗では相手を楽にさせるだけ。後続の打者を出やすくさせる意味でも、『打って出た』って事実を1つでも作って、バッテリーに余裕をなくすことも駆け引きの内。それもまた繋ぎ役の務めと言えるやろうな。
(……やべ!!!)
(もらった!!!)
いける……!
「引っ張っ……いや、セカンド捕った!」
「「「「「ああっ!!?」」」」」
(この展開で大逆転はお断りだぜ!)
「アウト!」
「二塁フォースアウト!」
「アウトおおお!!!」
「一塁もアウト!ゲッツー!!」
(裏目った……!)
火織の脚でも、打球の勢いが良すぎて一塁に間に合わず……
「琴張、ファインプレー!これでツーアウトランナーなし!!」
「4番としても猛打賞、守備も軽快。本当に頼もしいですよ」
「安心と信頼のビリオンズ産野手」
「こんなWAR芸人みたいな選手、ウチじゃなかなか一から育てられんな」
「今年も頼むぞ英吉ー!」
向こうの最強野手、琴張英吉。3割30本打てる打棒だけじゃなく、二遊間を任されるほどの守備力。紛れもない億プレーヤー。悔しいけど今のウチじゃ逆立しても勝てんな。
「もうダメだ、おしまいだぁ……」
「点差なけりゃちょうちょの盗塁なり打てる手はあったんやけどなぁ」
「あーあ、調子乗るから」
「3番指名打者、オクスプリング。背番号54」
せやけど、最後まで足掻き切る……!




