第八十五話 罪なき卑怯者(4/9)
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、百々(どど)に代わりまして、早乙女。ピッチャー、早乙女。背番号17」
「あー、もう降りるんか」
「100球超えとるしな。まぁええんちゃう?」
「にしてもギャル子ってあんなにぽっちゃりしてたっけ……?」
早乙女さんは190を超える長身やからそこまで目立たんけど、確かに輪郭なんか見てると明らかに去年より肉付きが良うなっとる。
(去年、夏場にガリガリになって力が入らなかったからね。そのために最初から蓄えといて……っていうのは建前。オフについ調子に乗って飲み食いしすぎちゃったんだよね。これでもキャンプである程度絞ったんだケド……)
まぁオープン戦でも点は取られてへんかったし、そこまで心配はしてへんけど……
「8回の表、ウッドペッカーズの攻撃。7番ファースト、金山。背番号33」
(ショートとサード、頼んまっせ)
(はい!)
(おう!)
金山さんは典型的な右投げ左打ちのアベレージヒッター。どのコースでも逆方向に持っていけるタイプ。幸貴がショートとサードにサインを送って、相沢さんと月出里が応える。
「ボール!」
「初球ストレート!外れました!」
……150。一応、スピードはいつも通りくらいやな。
(だが思ったよりは来てないか……?)
(金山さんは長打はあんまりないし、何より早乙女さんの投球はストレートが入るの前提やからな。続けて頼んます)
プロに入って以来、多くの試合を指名打者で出てきたから、味方のキャッチャーの配球を観察する機会も必然的に多い。ましてや幸貴は大学の頃も同じリーグやったからな。
多分ここはまっすぐを続ける。
「ストレート打った!」
(ッ……!何だかんだスピードはあるなやっぱ……!!)
得意の逆方向……ではあるが、サードへのどん詰まり。ただ、打球が弱すぎる。
(このくらい……!)
「ファースト!」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
流石やな月出里。逆方向に来る可能性が高いのは織り込み済みやったやろうけど、すぐさまチャージして、ベアハンドで掬ってそのまま送球。あんな体勢からようあんな力感のあるスローイングができるもんや。
「ッ……!」
「ああっ!ファーストこぼした!!」
!!?
「「「「「うげっ!!?」」」」」
「セーフ!」
「一塁セーフ!記録はファーストのエラーです!!」
(すまん……)
(いや、今のは……)
(うう……)
苦虫を噛み潰したような金剛さんの表情。やけど相沢さんが顔を向けてるのは月出里の方。
ウチが守備のこと語っても説得力あらへんけど、月出里は若干スローイングが荒い。あの飛び抜けた身体能力で時々信じられんようなスーパープレーを魅せるけど、その反面ああいう安定感のなさがある。悪く言えば、"できるだけ広い範囲で素早く捕って強く投げられれば良い"と言わんばかりのスタイル。
それでも、守備範囲も肩もポテンシャルは間違いなく相沢さん以上やから去年のUZRとかの指標は良かったみたいやけど、そういう数字を残せたのは多分、ファーストに天野さんがおったから。あの人は元ショートなだけあって自分で打球を捌くのはもちろん、味方のスローイングを掬うのも上手いからな。
金剛さんも特別下手なわけやないけど、アレと比べると流石にな……
(『天野さんがいないから』……は言い訳にならないよね)
(出したもんはしゃーない。幸いこの回は下位打線スタート。ホーム踏ませんかったらええ)
(今の外へのストレート、空振ることなくゴロか……ちょっと雲行きが怪しいかもね)
ヒゲの剃り残しを確かめるような仕草で、難しい表情を浮かべながらグラウンドを見つめる伊達さん。
確かにちょっと怖いかもな……
・
・
・
・
・
・
続く8番の仁田さんはバントで、金山さんは二塁へ進んだ。そして……
(もらった……!)
「センター方向……」
(……無理!)
「落ちましたヒット!」
「「「「「ぎゃあああああ!!!!!」」」」」
「セーフ!」
「二塁ランナー金山ホームイン!2-1!ウッドペッカーズ勝ち越し!待望の1点を勝ち取ったのは乾!」
「右打席でもしっかり結果を出しましたね」
「「「キャアアアアアアア!!!」」」
「両刃くん最高!」
「「「ワカメ!ワカメ!」」」
一塁ベース上で右腕を掲げて誇る乾。いつもは女子ファンの歓声ばかりやけど、こればっかりは男ファンも盛り上がる。
(……くそッ!くそッ!くそッ!くそッ!よりによって両刃に……!)
「……!た、タイム!」
明らかに動揺しとる幸貴を見かねてか、早乙女さんがタイムをかけた。普通は逆なんやけどな……
「悪りぃね、また甘く入っちゃってさ……」
「……いえ、オレの責任です。素直に行きすぎました」
こりゃヤバいかもな……
・
・
・
・
・
・
「……アウト!スリーアウトチェンジ!!」
「オワタ」
「はーつっかえ(憤怒)」
「じゃあ俺、ギャラもらって帰るから」
まさかまさかの展開で、この回が始まる前と比べて明らかに観客の数が減ってる。
あの後も攻撃は途切れず、早乙女さんは4失点で降板、後続の投手も4失点。開幕戦らしいエース同士のロースコアゲームやったのに、一転して9-1。
「…………」
「お前のせいじゃねぇよ」
俯きながらベンチに戻る月出里に、声をかける相沢さん。
実際、きっかけにはなったのかもしれんけど、この流れは月出里だけの責任やないはず。
「なぁ、幸貴……」
「あ?何や?」
「あ、いや……」
いつになく怒気を滲ませる幸貴に、それ以上は言えんかった。
特に両刃が打たれた後、ウチの配球の読みがことごとく当たってた。別に自慢でも何でもない。それだけいつもの幸貴らしくなく、リードが単調になってしまってたってこと。
守備で直接プレーに関与できんだけやなく、満足に言葉さえ送れへん。全く、指名打者ってやつはほんまに歯痒いもんやな。
指名打者全部がそうってわけやないけど、ウチなんかははっきりと守備が下手やからこういう立場におる。せやからベンチに居れるだけ観客よりはマシって程度で、ウチなんかが守備のことで口出しするのはどうしても憚られる。できることは代打の延長みたいなことだけ。
せめて幸貴が抱えてる何かをちょっとくらい持ってやれたらええんやけどな……
・
・
・
・
・
・




