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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第八十四話 遺伝子の叛逆者(9/9)

「お(かん)

「ん?」

「両刃ってどこの大学行くか聞いとる?」

「あ、うん。両刃くんのお母さんが松生館(まつおかん)やって言ってたわ。両刃くんもドラフトの届出すみたいやけど」


 まぁ流石に高卒すぐでプロ入りが絶対にできるとまでは思ってなかったから、保険で勉強もきちんとやってたし、つつがなく大学に進学した。両刃の進学先より少しばかり偏差値の高い大学に。


「え、エクスキューズミー……」

「は?何やそれ?」

「え?日本語?」

「ワターシ、ニホンゴシカワッカリーマセーン」

「えぇ……」

「お前が上大(かみだい)の冬島か。今日はよろしくな」

「お、おう……」


 リリィとは大学野球からよく絡むようになった。同じ球団に指名されるとは思わんかったけど。


「冬島くん♪今度難波の方行かへん?」

「せやな」


 ない運動神経を筋力で補うため、高校大学とハードな練習を重ねた。おかげで脂肪もある程度筋肉に変わって、大学に入ってからは何人かの女と付き合えた。でも程よく距離を取って。まぁオレも男やし、やることはやったけど。

 あくまで目的は『小4の時みたいな失敗をしないため』。いざ本当に目当ての女を手に入れようって時にドジを踏まないように経験を積むため。

 そしてなるべく『前の女より良い女』を選ぶように。そうし続ければ、努力も苦にならんからな。


「第二巡選択希望選手、天王寺三条(てんのうじさんじょう)バニーズ……冬島幸貴(ふゆしまこうき)。捕手。上方(かみかた)大学」


 高校時代と比べて打つ方でもそこそこ結果を出せたおかげで、念願の上位指名。それもドラ1直後の一番手。


「しかし、バニーズか……」


 キャッチャーってポジションは個々での評価が難しい分、チームの順位に依存するところがあるから、正直そこはちょっと悩んだ。社会人に進むことももちろん視野に入れてたしな。それにバニーズは『見た目だけは一流』とか言われてるとこやし……

 ただ、打算的な話になるけど……当時は長年正捕手を務めてた伊達(だて)さんが年齢と故障でいつ引退でもおかしくない状況。その年一番マスクを被ってたのも、シャークスで一度戦力外になった真壁(まかべ)さん。そもそも大卒・社会人の捕手の上位指名はそれだけ即戦力を欲してる証明。まず正捕手になれるかって部分では他の球団よりも分がある。

 球団も最近親会社が代わったし、シャークスみたいに暗黒時代を脱却できる可能性はある。


「第二巡選択希望選手、仙台(せんだい)オプティウッドペッカーズ……乾両刃(いぬいもろは)。外野手。松生館(まつおかん)大学」


 両刃もドラ2……やけど選ばれたのはオレの方が先。オレの方がプロに必要とされた。初めてオレがアイツに明確に勝ったところがテレビに流された。何よりそれが嬉しくて、オレは結局バニーズへの入団を決意した。


「次のニュースです。先日、ドラフト2位指名を受けた松生館の乾外野手がウッドペッカーズとの契約に合意、入団が決定いたしました」

「数ある有望選手の中から自分のことを選んで頂いたことは本当に光栄ですし、一桁台の背番号に恥じない活躍をして、期待に応えていきたいと思ってます」


 同じ大卒ドラ2、同じ背番号。むしろ好都合。ネットの連中がオレとアイツを『比較』してくれる確率がそれだけ上がる。


『冬島くん、プロ入りおめでとうございます。覚えてますか?屏風岩小で同じクラスだったミヨです。今度地元に戻ったら……』

「……ハッ」


 突然のメール。大体の内容を察して、全部読むことも、ましてや返信することもせず、鼻で笑ってそのままスルー。昔は胸の発育が早い割にスリムやったけど、この前の成人式ではえらい肥えてて、見る影もあらへんかったな。最後には(はるか)以上の女を手に入れるつもりやのに、今付き()うとる女の足元にも及ばへんのじゃ話にならん。

 子供じみた仕返しやけど、少しは溜飲が下がったわ。『お前レベルでオレとかマジウケるwwwww通信費の無駄やんwwwww』って返さんだけマシやと思えや。


「一塁ランナースタート!」

「ストライーク!」

「判定は……」

「アウトォォォ!!!」

「盗塁失敗!」


「よっしゃ!ええぞ冬島!!」

「ポロポロしなくて盗塁も刺してくれるとか、もう(真壁の居場所)ないじゃん……」

「冬島くん!ナイスよ!!」

徳田(とくだ)のクソブスと違って氷室(ひむろ)くんの足を引っ張らへんし助かるわ〜」

「まぁ()れる三振が減っちゃうけど点を取られるよりはマシね」


 プロに入ってもいきなり"イケメンくんの引き立て役"にされたけど、それで(かま)へん。最終的には成績や金額といった数字がオレのことを嫌でも周りに認めさせてくれるんやから。


 オレはここまで来れた。体育では常に笑い者やったオレが、バリバリの体育会系の職場でここまで来れたんや。世の中の基準じゃ"生まれつきの負け犬"に分類されてたようなオレがここまで来れたんや。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「サインが決まりません。また首を横に振ります……」

(クソ、またストレート外れたのが痛いな……)

(コイツ自身はもちろん、二塁ランナーもそこまで脚は速くないはず……が、ノーアウトのランナーを下手に増やすのは危険すぎる。外スラで堂々と勝負していこう)


 今の世の中は便利になりすぎて、どんな人間でもインターネットやSNSとかで世の中を浅くとも広く知れるようになってしまった。それだけ、何かと何かを比べたり、他人の過去の成功と失敗を知ったりするのが簡単になってしまった。それが完全に悪いことやとは思わんけど、ここ30年ほどは帝国経済が低迷してる冬の時代。そのせいでその便利さは『何かを諦めるための口実作り』とか、『この国の未来を知ったかぶることで"ちょっとマシな負け犬"になる』とか、そういう方向にばかり活用されてしもうとる。

 ……何が"親ガチャ"や。何が"負け組"や。何が"弱者男性"や。人間の価値が生まれた瞬間に決まってたまるか。いくら恵まれて生まれたからって、『時代や環境に恵まれなかった奴等や、自分の価値を高めようと努力して負けた奴等を(わら)う権利』なんて生じてたまるか。

 恐竜の時代の人間はちっぽけなネズミみたいな姿やったけど、それでも諦めずに生きてきたから今があるんや。割り切ることに賢さがあっても諦めることに賢さなんてあるはずあらへん。


 そして、人間って生き物は"遺伝子の叛逆者"にもなれるんや。孔雀みたいに広げた羽根だけで勝ち負けを決める必要なんてないんや。出来レースやないから、人間は変革に変革を重ねて、文明を進めてこれたんや。

 オレやって生まれ持った野球の才能に頼ってる部分はあるし、それを羽根代わりにして"より価値のある女"を手に入れようとしてる。でもそれの何が悪いんや?薄っぺらいルッキズムとか血統主義とかだけで他人を値踏みすることより、生まれてすぐには見えない長所を活かして成功を掴む方が罪深いなんてあり得へんやろ?


 どんなに優れた人間も100年ほどしか生きられへん。生まれ持った才能もその時点で終わり。(しゅ)を残すことで記憶を引き換えに擬似的に若返るので精一杯。

 生まれた瞬間に得られた期限付きのアドバンテージでちょっとした富や名誉を得るよりも、より優れた異性を介して(しゅ)を残しつつ進化する方が生物の本懐に沿ってるに決まっとる。生まれの差なんて結局、それのしやすさの差でしかあらへん。


 ……オレは別に"世の中の弱者の救済者"になるつもりなんかあらへん。結果論になってまうけど、プロになれた時点でオレが世の中の定義するところの"弱者"で居続けるのは無理があるし、そんな高尚な人間になれるほどオレが善良な存在やなんて微塵も思えへんし。

 オレは単に(ひね)くれてるだけや。世の中のバカみたいな部分を全身全霊でバカにしたいだけや。"遺伝子に沿って調子こいてるだけのアホども"を最大限に侮辱したいだけや……!


(!!……踏み込まれ……)


「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」


「これは大きい!センターバック!」

「ッ……!」

「フェンス直撃!」

「セーフ!」

「二塁ランナー、悠々とホームイン!1-1同点!!」


 よし、あとはオレも……!


「打ったランナーも二塁へ……」

(させへんで!)

「セカンド!!!」


 ッ……!!!






「アウトオオオオオオオ!!!!!」

「アウト!刺されました……」

「いやぁ、センター良い送球でしたねぇ。ドンピシャですよ」

(いぬい)は中学まで投手で、遠投では120m以上を記録してるそうですね」


「「「おっそwwwww」」」

「いくらキャッチャーでもサンジョーフィールドで壁ドンシングルはちょっと……」

「他は言うことなしなんやけどなぁ」


「「「両刃(もろは)くぅぅぅん!!!!!」」」

「今年こそ両刃くんがセンターレギュラーだわ!」

「何が『顔だけ一流』よ!ウチにだって両刃くんがいるのよ!!」


 ……くそッ!


「ナイバッチ冬島!」

「ドンマイドンマイ!」

赤坂(あかさか)相手に同点打なら十分十分!」


 鈍足での無様な憤死。それでもベンチに戻れば暖かく迎え入れられる。オレやって逆の立場ならそうしてる。


「…………」


「おい、冬島……?」

「走塁の判断ミスの反省やろ?打ったからって調子に乗らずにようやっとるわ。偉いで」

「うんうん、流石だね」


 ただそれでも、『球界屈指のエースから打った』喜びよりも、『またあのクソワカメの噛ませになってしまった』悔しさの方が勝ってしもうて。

 オレやって鈍足を完全にほっぽらかしてきたわけやない。大学の頃に動画サイト観て走り方を見直してみたりくらいはやっとる。実際それで多少タイムは縮んだ。

 それでもこれがオレ……やけど、それでも(かま)へん。


 オレはオレのままで"日本一のキャッチャー"になったる。『学歴』も、プロとしての『地位』も、『実績』も、『生涯収入』も、そして『種を残すための異性(おんな)』も、何もかもで両刃(アイツ)より上に立ってやる。"人間"であることでのバカでかいハンデをものともせず、"生物"としてより上等な存在であることを証明してやる。それこそがオレにとっての『遺伝子への叛逆』。

 オレという成功例を作り出して、アホどもにいつかこう言ってやりたいわ。『"ブサイク"だの何だのと安っぽいレッテル貼りで潰しにかかるのは、いつか負けて自分達の優位が覆されるのが怖いだけやろ?器の小さいヘタレどもめ』ってな。

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