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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第八十四話 遺伝子の叛逆者(8/9)

「…………」

「な、なぁ幸貴(こうき)。今日のレバニラ、味付け変えてみたんやけどどうやろ?」

「……うん」

「どないしたんや、幸貴?」

「別に……」


 『急病』ってことであのまま学校に戻らず、晩はいつもの食卓。毎日茶碗2杯は喰う米も、胃に半分も入らんかった。

 オレは(はるか)に未練を残した時点であかんかったんやろうか……?


「ん?どないしたんミヨちゃん?」

「えっと、下駄箱の中にこんなんが……」

「うわ、ラブレターやん!」

「いや、"ブヨ島"からなんやけど……」

「ぶっwwwwwマジで?wwwwww」

「マジ……ほらここ、名前……」

「"ブヨ島"レベルでミヨちゃんにとかマジウケるwwwww資源の無駄やんwwwww」


 そう思って次の日、去年同じクラスで気になってた子に初めて書いたラブレターは、道端の雑巾のようにつままれてしまった。


「!?幸貴!大丈夫か!!?」

冬島(ふゆしま)ァ!何やその腑抜けた動きは!?」

「脚に当たったんか!?今冷やすからな!」


 当然、練習にも身が入らず。よりによって両刃の手当を受けるなんて情けない。怪我したのは両刃の球受け損ねたからやけど……まぁどうせ辞めるんやからええか。


「……『辞める』?」

「?幸貴、どないしたんや?」


 野球辞めてどないするんやっけ?そうや、塾行って私立の中学受験して……いや、でも遥のことあるし……いや、そもそももし受験合格してたら遥と離れ離れになってたかもしれんし、どのみち……


「……冬島。もうええから今日は帰れ」

「はい……」


 オレの選択って、どれもこれも元から破綻してたんやな。どこから破綻してたのかわからんくらいに。


「どないすんねん……」


 今日も寝室に直行したけど、もう泣き叫ぶ気力も湧いて()ぉへん。

 まぁ全部ひっくるめて考えれば、最初から上手くいくはずのなかった話やったってわけや。せやけど、『最初』って何や?幼稚園の頃に遥に好かれた時点?いや、もっと前?……となると、生まれた時点か?

 流石にその頃のオレは遺伝子がどうとかなんてことは知らなかったけど、人間の顔は生まれつき決まってるものだってことくらいは知ってた。だからグルグルと考え続けた。考え続けるしかなかった。

 つまりオレみたいに生まれてきた時点で、両刃や遥みたいな生まれながらの勝ち組連中の引き立て役になるしかないってことか?適当に学歴を重ねて適当に就職して、自分と相応くらいの女捕まえて結婚して、子供育てて定年まで税金を納め続ければええってことなんか?……ってな。今の言葉で言うところの"親ガチャ"ってやつの存在を、オレはこの時点で気付くことができた。ニュートンが万有引力を見つけ出す前から万有引力が存在してたのと同じ。それを示す言葉がなくても、概念とかそういうのは何となく捉えることはできる。

 そういう感じで、とにかくグルグルグルグルと連想ゲームみたいに色んなことを考えた。このまま野球を辞めて私立中学にもし合格した場合、逆にできなかった場合。お子様レベルの知識と経験なりにも精一杯、頭の中にできる限り多くの世界を作り出して、色んな冬島幸貴(オレ)に時間を与えて行動させてみた。もう二度と、誤った選択に溺れたりしないように、頭の中の冬島幸貴(オレ)をひたすら犠牲にし続けた。

 あんな悪夢のような現実を()の当たりにしたことで、最悪の事態はいくらでも想像できるようになった。他人のドス黒い本音をいくらでも勘繰れるようになった。おかげで今ではすっかり(ひね)くれてもうたけどな。


「お(にい)!お(にい)!」

「……!和代(かずよ)……?」


 考えまくってたら、いつの間にか寝てた。


「もう朝やで、お(にい)

「あ、そうなんや」

「昨日晩御飯食べてへんやろ?お(かん)残してくれてるで。『チンして食べとき』って」

「出かけてるんか?」

「うん。まぁとりあえず起きたら?」

「……せやな」


 ガキん頃は基本的に毎朝目覚めが良かった気がするけど、あの日は今でもよく覚えてるくらい頭が冴え渡ってた。それ以上にひたすら腹が減ってたけど。

 あんまり他人に言っても信じてもらえん話かもしれんけど、オレはあの一晩で"大人"になった。思春期とか色んな段階をすっ飛ばして。知識だけは歳相応やったけど、それでも自信を持ってそう言える。


「ただいまー……ん?幸貴、どないしたんや?」


 まずは腹ごしらえして、出かけてたお(かん)を玄関で正座して出迎えた。


「お(かん)……頼む!やっぱり野球続けさせてくれ!」

「……え?」


 途中で投げ出すの大嫌いなお(かん)には当然みっちり説教されたけど、それでも野球は続けられることになった……今までと同じチームで。


「ナイスボール!」

「お、おう……」


 そう、両刃と同じチームで。

 パターンはいくらでも考えた。野球を続けるにしてもチームを変えるのかとか、そもそも野球を続けるのかとかも込みで。

 まず野球は続ける。両刃が言ってた通り、プロ野球選手を目指す。もちろん、運動音痴のオレにとっちゃかなり厳しい選択だってのはわかってた。せやけど両刃も目指してる以上、それしかない。プロ野球選手以上に稼げる仕事なんて相当限られてるし、何より『比較』が難しくなる。両刃と『比較』して誰にでもわかるくらい明確に勝たんと意味がない。周りに比べられて(おとし)められた以上はな。

 そしてチームを変えるかやけど、これはナシ。田舎やからチームの数自体限られてるし、何よりもプロになるための過程が手に入るかもわからへん。プロに入るためにはその前にレベルの高いとこに入るべき。そのためには実績が必要。実績はほぼイコール勝利。素人野球の勝利には何より投手が必要。そのためにも、両刃をあえて利用する。

 オレもキャッチャーやれるのの延長なのか、肩は良い方。だからピッチャーに転向することも考えたし、監督からも試してみるよう言われたことはある。でもキャッチャーとピッチャーじゃ投げ方が全然ちゃうからな。どうしても身体が開いてまうし、制球もままならん。長く練習すりゃマシになるかもしれんけど、リスクがな……保守的ではあるけど、やっぱり唯一まとも以上にできるポジションを手放すわけにはいかへん。


 オレにはやっぱりキャッチャーしかあらへん。まさに最低の『祝福』にして最高の『呪い』。


(いぬい)くんすごーい!!!」

「あんなカッコいいのに、勉強でも体育でも何やらせても一番やね、乾くん」

「野球チームでもエースで4番なんやろ?マジ完璧やわ」

「あーあ、遥ちゃん羨ましいわぁ……ウチも乾くんと付き合いたいわぁ……」

「あ……付き合う言うたらさ、この前ウチの下駄箱に"ブヨ島"のラブレター入ってたんやけど……」

「うわっ、キモ!どないしたんそれ!?」

「そんなんソッコー捨てたに決まってるやんwww変な菌移ったらどないすんねんwwwww」

「まぁ"ブヨ島"も勉強だけはできるけど、ないわなー」

「妹ちゃんはあんなに可愛いのにねー」


 こういう陰口がいつかコイツらにとって、オレの遥への後悔みたいになるんやと思えば、むしろ心が躍った。


「うわっ、脚遅ッ!」

「おいおい、妹に負けんなや冬島……」

「まぁまぁ。漬物石でも(いぬい)の球は捕れるんやし、普通にキャッチャーやらせときゃええやん」

「あのツラ、マスクで隠せてちょうどええしなwwwww」


 中学に上がってから部活が必須になって、妹も野球部に入った。

 どういうわけかオレと違って運動神経が良くて顔立ちも割と整ってる妹がさらに比較対象に加わったけど、軟式でやる中学の野球部はサブでメインはリトルシニアやったから、そこまで実害はなかった。


「冬島くん、ナイスバッティングでした!試合を振り返ってみていかがでしたか?」

「いやぁ、たまたま読みが当たってちょうどええとこに飛んだだけですよ。今日の試合も乾がおらんかったら負けてましたよ。勝てたのはアイツのピッチングのおかげです」


 時期が来るまではプライドを捨てて、とにかく"太鼓持ち"に徹した。プロになった今はあの頃と比べたら、キャッチャーというポジションもオレ自身の実力もきちんと評価される環境にいるんやから、1年目の"篤斗の引き立て役"なんて余裕でこなせたわ。


「なぁ幸貴。スライダーも投げよう思ってるんやけど、どうやろか?」

「あんまり球種増やしても制球できんかったら意味ないで?それよりもチェンジアップの握りを変えて……」

「うーん、さすがは黄金バッテリー」

「アイツらおるから地区大会くらいは余裕やわ」

「よーし解散!」

「こ、幸貴……あのさ、久々にウチ()ーへんか?この前バト■ボ()うてもろたんやけど……」

「…………」

「来年な!……受験、あるやん?もし同じ学校からスカウト来たらな、一緒に受けてみぃひん?」

「…………」

「やっぱパンサーズ入る前にも嚆矢園(こうしえん)でプレーしときたいし……な、なんてな?あははは……」

「…………」


 野球の間だけは前まで通りでいてやった。野球の間だけは。


「お(とん)、お(かん)。あのさ、この前■■高のスカウト来たんやけど、受けてええかな?」

「ホンマかいな!?嚆矢園常連校やん!」

「両刃くんも一緒なん?」

「いや、アイツは別んとこ……」


 おかげで狙い通り、いくつかの強豪校から誘われた。正直、嚆矢園に出れる見込みがあるところで両刃と違うとこならどこでも良かった。もう十分利用させてもろたしな。

 あの頃は確かに『両刃のおこぼれを頂戴してた』ってのが事実かもしれんけど、プロになった今になって巻き返すことができれば、『両刃を利用してやった』って事実にひっくり返すことだってできる。


「遥ちゃん、どこ受験するん?」

「えっと、▲▲高……」

「あー、やっぱり両刃くん追っかけるんやねー」

「うん……」

「お熱いねぇ、いつまで経っても」


 遥とも高校からは別。まぁよろしくやってたらええわ。


「ん?」

『あの、突然メールすみません!A組の■■です!実は私、野球部で頑張ってる冬島くんが気になってます……もし良かったらこのままメールさせてもらってもらえませんか?(>_<;)』


 まぁ当然、オレも人間やから決心がブレることもあった。

 中学までと違って、『その高校の野球部にいる』って事実だけでもある程度実力の証明になったから、ほんの少しずつ女子に言い寄られることも増えてきた。


「プッwほんまに来よったwww」

「え、先輩……?■■さんは……?」

「騙されてやんのーwwwあんなん俺らのなりすましに決まってるやんwww」

「わざわざあんなカッコつけた自撮りまで送ってきてクッソウケたわwww」

「1年でレギュラー獲れたからって勘違い乙wwwww」

「モテない童貞くんはこれだからwwwww」


 最初はこういう『騙し』もあったけどな。

 でもある意味助かった。『オレが安易に調子に乗るとロクなことにならない』っていうのをそのたびに思い出せたからな。最初の気持ちを忘れずに済んだ。『そこいらの同学年の女程度でマジになってどないすんねん』、ってな。


「よ、よう……」

「…………」


 両刃と高校が別でも、同じ兵庫の強豪校ってことで、再会はすぐやった。でも両刃は高校に上がってすぐ外野に転向してた。投手と打者として対戦できんのは確かに悔やまれるとこやけど、『中学までに利用できるだけ利用して使い潰してやった』という実感が湧いたのは儲けもの。


「セカンド!」

「アウト!」

「ファースト!」

「アウト!」

「ああーっ……」

「なーにやってんだよ冬島……」


 そして当然、何もかもうまくいったわけじゃない。高校上がってすぐレギュラーになったのは良いけど、バッティングが一時期スランプに。


「どうっすか?割といけると思うんすけど……」

「うーん、確かに捕るのと肩は良いけど、この脚とバッティングじゃなぁ……普通に進学させてやった方が良いんじゃないか?」

「嚆矢園出てないんだから、実力か見た目とかのタレント性がないと、プロでは売り物にならんだろ?」


 キャッチャーの需要のおかげで最低限ベンチにはずっと()れたけど、プロにスカウトされるほどの成績には到底届かなかった。

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