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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第八十四話 遺伝子の叛逆者(5/9)

「4番キャッチャー、冬島(ふゆしま)くん。背番号31」


幸貴(こうき)!逆転や逆転!」


 初めての試合……と言っても、低学年やからトスベースボール。つまり、ピッチャーはナシで監督が都度トスする形。まぁそのせいでスコアがバスケやラグビーみたいになってたんやけど……


「「「おおっ、入った!!!」」」

「ええで幸貴!ナイバッチ!!」

「あの子すごいなぁ。まだ2年生やろ?」

「あの子だけ飛距離が全然違うな」


 大人が見守る中で、主砲としての活躍。体育では常に人数合わせ程度にしかならんオレにとっちゃ、正直めちゃくちゃ誇らしかった。


「……ん?」


 ギャラリーは大人だらけで、子供はおっても幼児ばっかりやのに、1人だけオレ等と同じくらいの年頃に見える男子がおった。何かオレのことをやたら見てたけど……

 その答えがわかったのは、次の練習日。


「えー、今日からウチのチームに参加することになった(いぬい)や。自己紹介できるか?」

「はい!乾両刃(いぬいもろは)です!屏風岩(びょうぶいわ)小学校の2年B組です!よろしくお願いします!」

「うわっ、めっちゃ可愛いやん!」

「ああ、両刃(もろは)か」

「何や両刃、結局野球やるんか」


 主に学年上の女子が大いに盛り上がる。背はオレと同じくらいで、ワカメみたいなモジャモジャ頭やけど、色白で顔立ちは目がパッチリで人形みたいな奴。

 というかオレと同じ小学校で学年も同じ。それにコイツはこの前……


「なぁお前、この前試合来てへんかったか?」

「うん!キミのホームランも見たで!すげぇ飛ばしてたやん!」

「お、おう……」

「実はサッカーと迷ってたんやけど、キミのホームラン見て俺も野球やろう思ってん!」

「そうなんや……へへへ」


 これが両刃との出会い。正直、この時はああ言われたのが嬉しくてたまらんかった。自分の成し遂げられたことをより一層実感できたというか……

 だから当然、悪感情も何一つなかった。


「両刃って言ったっけ?お前、どこ住んでるん?」

「あの■ーソンの近くやで」

「え?めっちゃ近所やん?」

「そうなん?キミ、えっと……」

幸貴(こうき)冬島幸貴(ふゆしまこうき)や」

「幸貴もなん?」

「おう。あの橋渡ったとこ。集団登校はギリ別やな」

「……あ、幸貴ってもしかして小学校のとこの幼稚園通ってた?」

「せやで」

「あー、やからやな。俺、クリスチャンの方通ってたから」

「あー、なるほどな」


 オレが住んでた地域は小学校は公立のところがポツポツとしかなかったけど、幼稚園は私立のところもあったから、近所に住んでても幼稚園は別で小学校から一緒ってのが珍しくなかった。しかもクラスもたまたま別が続いてたから、この時まで本当に関わる機会がなかった。

 でも近所の男子で同じチームになったからには、仲良うなるまでにそう時間はかからんかった。


「幸貴!今日帰ったらウチ()ーへん?ポケ■ン対戦やろうや!」

「あー、オレケーブルないんやけど……」

「俺持ってるで!」

「マジか!?行く行く!」


 登校は常に集団登校やけど、下校は何人かであれば基本そういう縛りはナシ。あの日から下校は毎日両刃と一緒になった。田んぼだらけでロクに娯楽のない田舎やったけど、帰り道は退屈しなかった。


「ファースト!」

「おおっ!ええ動きしてるな!」

「サッカーチームにスカウトされてたくらいやからなぁ」

「もう今からでもショートとかやれるんちゃう?」

「両刃くーん!」


 野球は技術の専門性が強いスポーツやけど、そういうのが顕著になるのはプロとか高いレベルになってから。ガキの内はやっぱり運動神経の良い奴が自然と上澄みになる。野球以外のスポーツも万能な両刃は入団してすぐに頭角を現し始めた。

 もちろんその実力を讃えられて、同じチームの女子にもすぐチヤホヤされ始めたけど、その頃は特に何も思うところはなかった。むしろ友達がそうであることを誇らしくさえ思ってた。

 それに……


「幸貴!またアレやろうや!」

「おう、ええで」


 いわゆるちょっとしたホームラン競争のようなもの。


「っしゃ!」

「ああ、やっぱやるなぁ幸貴……」


 両刃相手でも、遠くに飛ばすのだけは負けなかった。自分にしかできないことがはっきりわかってて、それを周りも認めていれば傷付くプライドもない。


「なぁ幸貴。何で幸貴の背番号って『31』なん?」

「ああ、これ。ウチの父ちゃんがな、『幸貴(オレ)が4番やるならこれがええ』って言っててな……何か昔のパンサーズの4番打者が背負ってたとか……」

「ああ、もしかして振旗八縞(ふりはたやしま)?」

「あーそうそう、そんな感じの名前。両刃もパンサーズファンなん?」

「うん。ウチの父ちゃんも母ちゃんも応援してて、最近プロ野球観るようになった」

「オレはプロはあんま観んなぁ。今年は調子ええからまだマシやけど、ウチの父ちゃん、パンサーズ負けてるとうるさいねん」

「あはははwwwところでさ、幸貴。振旗の番号やったら左で打たんの?」

「振旗って左なん?」

「うん」

「左かぁ……でも左って脚速い奴がやるもんやろ?」

「別にそういう決まりはないんちゃう?」

「うーん、でもなぁ……」


 正直言うと、ちょっと考えたことはあるけど、野球というか運動においてバッティングとキャッチャー以外に取り柄がないオレには、左にする勇気がなかった。どうしても目の前の成功を手放せなかった。

 両刃に負けるのが……というか、あの頃は両刃に並び立てなくなることをどこかで恐れてたんかもな。


「じゃあ俺が左で打とかな?」

「え?逆に?」

「うん。どうせ右やと幸貴には飛ばすので勝てへんし」

「まぁええと思うで。両刃、脚速いんやし」

「まぁそれはついでやな」


 これが両刃がスイッチになった最初のきっかけ。脚速いくせに、よくある左への転向とは真逆の理由。プロになった今でも俊足の割に率よりもパンチ力が売りなのもこれが理由。


「それとさ、幸貴。幸貴ってキャッチャーやんな?」

「せやで」

「じゃあ俺ピッチャーやりたいわ」

「あーピッチャーか。でも多分4年になるまで試合じゃ投げられへんで?」

「ええねんええねん。それまでは他のポジションやるし、どうせ試合やるなら幸貴と組んで勝つ感じでやってみたいわ」

「…………」


 多分あれが一番最初の引っ掛かり。キャッチャーしか上手くできんオレへの当てつけみたいで。

 でも、あの頃はそれよりも『両刃と力を合わせて』っていうのが嬉しかった。


「ええんちゃう?」

「よっしゃ!んじゃ、早速投げよか!」

「いや、まず監督に聞かんと……」


 そう。オレはなりゆきとはいえ自分から選んでしまったんや。オレが"(ひね)くれ(もん)"に成り下がる最悪の選択肢を。

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