第八十四話 遺伝子の叛逆者(4/9)
人間、過去を振り返ってみると、いわゆる『モテ期』ってやつはどんな奴にも意外とあるもの。何せオレにさえあったくらいやからな。
「幸貴くん♪」
初恋の相手……阿倍遥も、最初は向こうから来た。
「は、遥ちゃん……」
「今日ジャングルジム空いてるで!」
「なーなー幸貴くん、セーラー■ーンごっこせぇへん?」
「幸貴くん、今度うちん家来ーへん?」
ただ、オレのそれは幼稚園児の頃。オレみたいな奴の場合は大抵ものっすごい幼い頃になりがち。
このくらいの年頃ってのは何かしらの病気でもない限りは放っといても肌も髪質も綺麗で、何より他の何かと細かく比べられるほどの賢さはないし、そもそも『比べるための他』ってやつをほとんど知らへん。子供の世界は大人から見れば深いけど狭い。身近にいてちょっと気が合えば、こんな可愛い子と手を繋ぐくらいはあっさりとできてしまう。
「いや、ええわ……」
「え?」
「ええから!」
「う、うん……」
ただまぁ悲しいことに、男ってやつはこのくらいになると女子と一緒にいることに気恥ずかしさを覚え始める。多分母親離れの延長。オレは妹もおるから尚更やった。家で妹と遊び慣れてて女の子の遊びにもついていけてたからってのもモテてた要因やったんかもしれんけど。
「幸貴ー!ケイドロやるで!」
「おう!」
自分や他人というものがよくわかってない年頃やったから、あの頃は運動音痴の自覚も鈍く、同じくらいの年頃の男子と一緒に遊ぶことを純粋に楽しめてた。
「幸貴、何か習い事せぇへん?」
「うーん……」
「剣道とかどうや?お母も昔やっとったんやけど」
「いや、野球やろ」
「野球かぁ……」
ぽっちゃりやったんを暗に心配されたのか、小学校入学前にお母にスポーツ系の習い事を勧められたけど、オレが住んでたところは田舎やったから選択肢が少なくて、野球かサッカーか剣道くらいしかなかった。
折りしもオレが幼稚園児くらいの頃と言えば、パンサーズが長い暗黒時代を脱出しかけてた頃。関西は意外とジェネラルズファンも多いけど、まぁ人間現金なもので、勝ち始めれば熱も取り戻すもの。友達も大体がパンサーズファンで、親父も日暮咲が投げてた頃からの筋金入りのパンサーズファン。
まだあの頃は野球のルールもようわからんかったけど、毎日親父がパンサーズ戦のためにテレビを占領してて、観たい番組が観れなかったりしたから少なくとも印象はあんまり良くなかった。パンサーズ負けてたら親父がうるさかったし。
「幸貴!おれ野球やるわ!」
「おれも!パンサーズのエースになるで!」
「お、おう……」
でも結局周りに流される形で、オレは小学校に上がってから野球をやることにした。
「よーし、とりあえず順番に走ってみよか」
「「「はい!」」」
「最初はキミと、キミと……」
入ったのは近所の少年野球チーム。もちろん最初からボールを触ったり打ったりすることはしなくて、本当に基礎的な部分から。
「ハハハ!幸貴、おっせーな!」
「ハァ……ハァ……うっさい!」
自分の鈍足をはっきり自覚したのは多分この時が初めて。もちろん幼稚園でも徒競走とかしたり走りを競う時は今までいくらでもあったけど、いつもの遊びの延長みたいな感覚やったからな。こういう習い事っていう今までにない環境の中で意識というものがどんどん変わっていった。そういう意味では、ガキん頃の習い事ってのは悪いもんやないと思う。
「ヘイ!パスパス!」
「おい!オフサイドやろ今の!」
「…………」
運動音痴を自覚すると、体育のサッカーもディフェンダー……というかゴール近くに突っ立ってゴールキーパーのファンネルくらいしかやる気が起こらなくなった。
「外野外野!回せ回せ!」
「うぉっ!」
「よっしゃ!よう避けた!」
「ぷっw何やねんその動きwww」
「幸貴、面白いけど何とか捕れへんか!?」
ただ、ビビりやからかドッジボールで球を避けるのだけは妙に得意やった。
「幸貴、何点やった?」
「えっと……」
「うわっ!?100点やん!」
あと、勉強も一応できた。
「ううっ……!」
「おい幸貴!イージーゴロやぞ!」
ただもちろん、内外野のノックはなかなか上手くやれず。
「うーん……冬島、キャッチャーやらへんか?」
「え……?」
「今の時代、こういうのは憚られるんやけど……」
遠慮がちに監督が勧めてきたのはキャッチャー。オレは元々ぽっちゃりしてたけど、逆にだからと言って安直にキャッチャーをやらせたら親に文句を言われると思って他のポジションを模索してくれてたらしい。
「うわっ!?」
「冬島!最初は綺麗にミットで捕れんでも良い!最低でも身体で止めて前にこぼすんや!」
「身体で止める……」
ドッジボールと逆。わざとぶつかりにいく。最初はそもそも鈍すぎてそんなのできんと思ってたけど……
「おおっ!」
「ええで冬島!その調子や!」
案外すぐにできてしまった。避けるのとぶつかるのだけは反射的にできる。もちろん、最初はボールへの怖さもあったし、当たれば当然痛かった。でも運動は何もかもダメやと思ってたオレにとっては、これが大きな自信になった。
「ナイキャッチ!」
「ええやん幸貴!やりゃできるやん!」
最低限のことができれば、次に進む勇気も生まれる。ミットでのキャッチングができるようになるのにもそんなに時間はかからんかった。
「よーし、それじゃそろそろバッティングもやっていこか!最初はみんなバンバン打っていってええで!」
「「「はい!」」」
「は、はい……」
「よっしゃー!ホームランかっ飛ばすで!」
「オレピッチャーやるで!」
素振りとかティーとかばっかりやったけど、ようやくフリーバッティング解禁。やっぱり普通のガキにゃ打って投げるのが一番楽しいと思うもの。ただオレは自分の運動音痴を自覚してたから、どうせ上手くやれるわけないって、そう思ってた。他の奴等と比べて自分をまた卑下するしかないと、そう思ってた。
「うぇっ!?」
「「「…………」」」
「……え?」
やぶれかぶれのスイング。レフト線を切れたけどフェン直の痛烈な打球。見た目ぽっちゃりなだけでチビやったし、特別腕力があるわけでもなかったから、打ったオレ自身にとっても驚き。
どうやらオレは筋金入りの運動音痴のくせに、バッティングとキャッチャーだけは何故か不思議とできるらしい。




