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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第八十四話 遺伝子の叛逆者(3/9)

「セーフ!」

「ホームイン!ウッドペッカーズ、2020年最初の打点は仁田(にた)の犠牲フライ!」

「あらら……」


 まぁこれはしゃーない。先頭がツーベースで出てもうたんやからな。実質犠牲フライの2連発、下位打線やから欲張らなかった結果やな。伸びるまっすぐが武器の百々(どど)さんやと打ち上げるまでならそこまで苦ではない。

 でも逆にこれでツーアウトランナーなし。序盤の1点ならそこまで痛手やない。

 ……ま、本音を言えばどうにかランナーを進めずにアウトにして、次の奴に『チャンスで凡退』の憂き目に遭わせてやりたかったんやけどな。


「9番センター、(いぬい)。背番号8」


「「「キャアアアアア!!!」」」

両刃(もろは)くぅぅぅん!!!」

「あんれまぁ、綺麗な男の人だべなぁ……」


 打順の一番ケツのくせに、コール1つで黄色い歓声。昔からそうやな、お前は。


「2回の表、ツーアウトランナーなしで(いぬい)が左打席に入ります。2017年ドラフト2位、松生館(まつおかん)大学出身のプロ3年目。走攻守三拍子揃ったスイッチヒッターとして注目され、ルーキーイヤーから堅守の外野手としてチームに貢献」

「ここぞという時のパンチ力もありますからね。ランナーなしでも油断できませんよ」


「……よう」

「…………」


 打席に入る前に、オレに向かって一声。せやけどオレは何も答えず、視線さえ送らず。

 顔立ちの良さと毛穴一つ目立たない白い肌のせいで、ワカメみたいなモジャモジャとした癖っ毛が逆にその清潔感を引き立たせてる。昔から変わらず憎ったらしいくらいのイケメン野郎。

 乾両刃(いぬいもろは)。小・中の頃の同級生で、リトルとリトルシニアのチームメイトだった奴。


「ストライーク!」

「空振り!144km/h速球!」

「チッ……」


 いきなり豪快な一振り。状況的には間違っとらんな。


「良い振りしてるわよー!」

「かっとばせー両刃!」

「「「ホームランホームラン乾!」」」


 日本人のスイッチヒッターってのは俊足を生かすための左打ちへの転向のついでとか、小技が苦手なのを補うためとか、総じてあんまりパンチ力のない巧打者タイプが多い傾向にある。リリィみたいな外国人やとスラッガータイプも珍しくないんやけどな。

 このワカメ野郎もどちらかと言うと飛ばすの重視。上背も体格もプロの標準くらいやけど、身体能力(フィジカル)は抜群。こういうとこも変わってへんな……


(……!落ちた!)

「打ちました!しかし当てただけ!三遊間……」


 一応俊足でもあるから、左打席ならそういう当て逃げもできんことはない。せやけど……


「ファースト!」

「アウト!」

「アウト!ショート相沢(あいざわ)、落ち着いて捌きました!」

「ほんとに動きに無駄がないですねぇ。決して簡単な打球ではなかったのですが、そう思わせないのが相沢の魅力ですね」


 さすが職人。まず一歩目が早いから飛びつくことが滅多にないし、無駄なステップも入れない。どんな体勢からでもすぐに送球動作に入れるし、送球にもブレがない。最大値では月出里(すだち)ちゃんの方が上かもしれんけど、バッテリーからしたらこういう期待値の高い方が計算しやすいわ。

 ざまぁみろ、ワカメ野郎。


「これでスリーアウト!しかし2回の表、仁田の犠牲フライでウッドペッカーズ先制!1-0、ウッドペッカーズのリードです!」


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「レフト線……」

「フェア!」

「セカンド!」

「セーフ!」

「二塁セーフ!新戦力サンディ・チョッパー、いきなり結果を出しました!」


「ナイバッチ!」

「助っ人が助っ人してる……(感涙)」

「やっぱ機動力より長打だよなぁ」


 こっちも先頭がいきなり長打。まずは同点頼むで……っていつもなら言ってるとこやけど。


「6番キャッチャー、冬島(ふゆしま)。背番号8」


「ノーアウト二塁で打席には今日6番の冬島!冬島はこれまで8番か9番がほとんどでしたが、この開幕戦では6番を任されております!」

伊達(だて)新監督、いきなり思い切ったことしましたねぇ」

(……そうでもないんだけどね)


「いつもの"キツツキキラー"頼むで!」

「伊達みたいに3割狙ってもええんやぞ!」


(くそっ、調子に乗るなよ……!)


 まぁいくらウッドペッカーズ戦では比較的打てるからって油断はできん。結局そんなもんは過去の実績やし、さらに相手が相手やからな。開幕戦やから当然、相手の先発も相応の大物。

 赤坂晶(あかさかあきら)。向こうさんのエース。去年は手術を挟んだからタイトルを逃したけど、5年連続奪三振王の実績を誇る、球界を代表するパワーピッチャー。


「ボール!」


 この平均球速150に迫るまっすぐももちろん厄介やけど……


「ストライーク!」

「空振り!スライダー決まってワンボールワンストライク!」


 これや。得意のスライダー。球種は他にも色々あるけど、とりわけ厄介なのがこれ。


「ファール!」

「スライダー続けました!」


 ただでさえ単体でも球界トップクラスの球質。その上投げるたびに微妙に握りを変えて変化を変えてくる。この『的の絞りづらさ』で、これまで奪三振をひたすら稼ぎまくってきたってわけやな。


「よっしゃ!追い込んだぞ!」

「調子こいてるデブに目にもの言わせたれ!」


 ただ、それは逆に言えば……


「ファール!」

「またスライダー!しかし何とか当てます!」


 よくいる奪三振型の投手の例に漏れず、『コマンドがアバウトである』ということやな。与四球は決して多いわけやないけど、意外と被安打は多め。つまり、ストライクはそこそこ取れるけど、狙ったところにキッチリ決めるのはそこまで得意やないってことや。


「ボール!」


 故に、多少のブレは生じるものの、配球の読みさえ当たれば前に飛ばせる。際どいとこにあんまり来ないから、見極めもできんことはない。


「良いぞ冬島!しっかり絞ってけ!」

「空振りしても構わん!思いっきり振るんや!」

「「「幸貴(こうき)くん!打って打って!」」」


 オレにも少しばかりの黄色い歓声。

 1年目からそこそこやれたし、何より最初は人気者の篤斗(あつと)とのセット売りみたいな形やったからな。バニーズは他の球団と比べても『ファンの異性選手への応援が露骨』とも言われてるし、今日みたいに篤斗がおらんでも応援してくれる物好きな女はおらんこともない。


 ……まぁオレなんかはこういう女を見てると、『バネキだけど顔で選手を応援するライト層とは違いますよ』アピールの出汁(ダシ)にされてるんちゃうかと勘繰ってまうんやけどな。

 ほんま、我ながら捻くれもんやで……


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