第八十四話 遺伝子の叛逆者(2/9)
「いらっしゃいませー」
ホテルからの帰り。寮近くへのバスに乗る前に、近場のスーパーへ。下宿して大学通ってた頃から、こういうところは割引シールが貼られるくらいから行くのが性分。もうそんじょそこらの上場企業勤めよりも稼いでるんやけどな。
「レバニラでも作るか」
ふと目に入った棚に、2割引シールが貼られた鶏レバー。手に取ってカゴに入れて、野菜コーナーに戻る。
……『人権』ってやつは国によって定義は様々やし、同じ国でも人それぞれ解釈が違たりもするけど、少なくとも人間は生まれた瞬間に『人間としてカテゴライズされる権利』は生じる。
人間はほんの何百円か支払えば、こうやって他の動物の肉が買える。ほんの何百円かで他の命を奪って食品として処理する手間を省いた上でタンパク源を得られる。治験バイトみたいに、人間も他の動物と同じように実験に使われることもあるけど、そういうのも他の動物での実験をいくつも重ねた上での最終段階。たとえ他の仕事がロクにできないくらいに学歴やスキルがなくても、ある程度健康であれば、『人間である』というだけで価値が生まれるということ。そういうのが人間にカテゴライズされることでの恩恵。そこまではある程度文明的な国であれば共通してる部分。
でも残念ながら、平等なのはせいぜいその程度。命のスタートラインは常に不平等。
「回転焼き喰いたいな」
ニラとモヤシとニンニクをカゴに入れてから、冷凍食品のコーナーへ。
5個入りの冷凍の回転焼き。全国展開してるもんやからか商品名は『今川焼き』やけど。目当てのもんはすぐに見つけたけど、冷凍庫のガラス扉を開ける前に他のもんもついでに物色。
「あ……」
冷凍庫のガラス扉の間にある狭い金属部分。よく磨かれてて鏡のように顔を映してたから、思わず目を逸らす。
……ずるいよなぁ、オレのドラフト同期の奴等。月出里ちゃんと秋崎ちゃんばっかり綺麗綺麗言われとるけど、他の奴等も大概……というかウチの球団全体がそんな感じやし、当てつけのようにオーナーもやし。篤斗も火織も……
まぁおかげで最初の気分を忘れずに済んでるってのはある。大卒3年目にして正捕手ほぼ確定の立場。控えめに言っても我ながらようやっとると思う。そんな立場でも『まだや』って気持ちを忘れずにいられるんやから、そういう意味ではバニーズに入れて良かったって思えるわ。
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「えー、今年度は帝都にて56年ぶりにオリンピックが開催されますが、我が大阪府につきましても……」
4月3日、開幕戦当日。今年はプロ3年目にして初めてのホームでの開幕戦。
記念すべき日ということで、プレイボールの前にセレモニー。地元高校の吹奏楽部の国歌演奏やら知事のお話やら。まぁプロ野球の仕事は基本的に地域密着。よろしゅうやってく意味でもこういうのを挟むのは必要なこと。
「本日の始球式で投げていただくのは、大阪を中心に全国で活躍中の大人気アイドルグループ・UMD33(ウメダサーティースリー)の曽根崎初音さんです!」
……こういうのもな。
「お初ー!」
「ノーパ……ノーバン投球頼むでー!」
「それでは曽根崎さん、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いしまーす♪」
(若いって羨ましいわ……)
球審からボールを受け取って、投げる前にそのボールを掲げて周囲へ笑顔を振り撒く。テレビの仕事は基本断らんけど観はせんから知らんけど、まぁアイドルなだけあって確かになかなかの別嬪さん。オタクウケを狙ったような黒髪童顔のナチュラルメイク。正直オレにとっても結構好み。バニーズのレプリカユニを羽織りつつ、下はバッチリアイドル衣装で、細い脚も丸出しの短パン。
それでも昨日のことがあるから、キャーキャー言ってる観客席の連中にその笑顔の裏で何考えてんだかって疑ってまうけど、左打席に立つ繁竹さんは空気を読んで笑顔を見せてる。マウンドを降りて見守ってる百々(どど)さんは何か複雑そうな表情やけど。
(やっぱりそこいらのアイドルよりあたしの方が可愛いよね)
ふとサードの方を見ると、ある意味いつも通りの月出里ちゃん。かまぼこをひっくり返したような半目で尻をかきながらマウンドを見つめてる。というかセレモニーの間ずっとあんな感じ。そういやさっきあくびもしてたな。全く図太いやっちゃ……
「うーんこのKYバタフライ」
「まぁちょうちょは"世界一可愛いゴリラ"くらいに思っとかんと……」
ああいうキャラで通ってるのはある意味強いな。『野球以外はどうでも良いからカメラで抜かれようが』って言わんばかりの態度。あの見た目で去年あれだけ活躍したのに、オフのテレビの仕事全部断ったって話も聞くし。
……まぁ今の時代のカメラって高性能やからな。マスク越しでも抜かれんように、オレは空気を読む。
「わわっ!?」
投げた球は大きく放物線を描く。確かにノーバンかワンバンで届きそうではあるけど、コースが逸れて繁竹さんの方へ。でもここでも空気を読んで、ちょっと前の野球ゲームみたいに打席を外す形で避けつつ軽くスイングして空振り。オレも逸らさないように身体でブロック。
「ナーイスピッチ!曽根崎さん、ありがとうございました!!」
「良かったでーお初!」
「ホームまでよう届いたわ!」
「フォーム綺麗やったし、練習したんやろうなぁ」
「お疲れ様」
「ありがとうございます♪」
アイドルちゃんに代わってマウンドに立つ百々さん。篤斗と開幕投手の座を争ってたけど、過去の実績に加えてキャンプからオープン戦までの数字で勝るってことで百々さんが勝ち取る形になった。篤斗は裏のエースとして、次のカードでの1戦目で先発予定。
「プレイ!」
「1回の表、ウッドペッカーズの攻撃。1番ショート、繁竹。背番号5」
「2020年、プロ野球もついに開幕です。ウッドペッカーズの開幕1番を勝ち取ったのは、プロ5年目の繁竹。ルーキーイヤーから毎年100試合以上に出場して、走攻守でチームを支えております。また、今シーズンからはキャプテンも務めます」
一昨年はヴァルチャーズ、去年はエペタムズときて、今年の開幕戦の相手は仙台オプティウッドペッカーズ。
今ある12球団の中で最も新しい球団で、創設したのはわずか15年前。つまりその分歴史は短いし戦績も良いとは言えんけど、一応優勝も帝国一も経験済。その点で言えば20年以上優勝してないバニーズよりよっぽどようやっとる。
親会社のオプティグループはメインのECサイトだけじゃなくネット界隈で手広く商売してて、同じIT系のCODEほどではないにせよそれなりにカネも持ってる。今日のスタメンにもここ2年の間にFAで獲った選手が2人おるくらいやしな。
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「セカンド!」
「徳田、追いついて一塁へ……」
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「ふぅ……」
「お疲れさんです、百々さん」
「ごめんね、いきなりバタバタしちゃって」
ベンチに戻る道中で百々さんと会話。初回はツーアウトからシングルと四球を出したもののどうにか0で切り抜けた。百々さんにしてはやや落ち着きのない立ち上がり。
「大丈夫っすよ。どんな形でも抑えてくれればオレが打つんで」
「ふふふ、今日も期待してるわよ?"キツツキキラー"さん」
オレは伊達さんほどバッティングが得意なわけやないけど、ウッドペッカーズとは相性が良い。自分でもびっくりするくらいよく打てる。
兵庫生まれの兵庫育ちのオレにとって、宮城の球団であるウッドペッカーズそのものとははっきり言って縁もゆかりもないんやけどな。親父の影響で地元のパンサーズファンやったから、リーグすら違うウッドペッカーズには尚更感慨も怨恨もないし。
でもあいにくと、縁もゆかりも怨恨も全部兼ね揃えた奴がそこにおるんでな。しかもそいつをわざわざ開幕スタメンに抜擢してきたんやから、尚更今日は容赦せんからな?
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