表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
533/1164

第八十三話 それぞれの宿命(7/7)

******視点:鹿籠葵(こごもりあおい)******


「バニーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、山口(やまぐち)に代わりまして……」


「お疲れさん。よく投げ切ったな。ゆっくり休め」

「ひゃい!あ、ありがとうございます……ウェヒヒヒ……」


 5回2失点……あのズボン上げすぎてる人のツーラン以外では点を取られなかったけど、二巡目から明らかにストレートを狙い打たれてた。ちょっと巡り合わせが違ってたら、結果も大きく変わってたかもしれない。

 今日みたいにちょっとストレートの制球が甘いのなら、それを補える別の何かが必要。それはもちろんわかってる。今投げてる変化球も全部、流王(りゅうおう)さんに憧れて色んな変化球を一通り試した結果身に付けたもの。でもどれもストレートと比べたら……

 スライダーは比較的マシだけどストレートとリリースの向きが逆だからあんまり投げてるとストレート投げる時の感覚が鈍っちゃうし、ツーシームも縫い目の感触が違うからストレートみたいな感じでリリースできない。カーブは単純に制球が難しいし、フォークも『ストレートと同じ感覚で』って言うけど握り方が違うからこれまた制球が難しいし感触も気持ち悪い。

 ……高校の時も、何か他に良い変化球が投げれてたら、ピッチャーとして指名してもらえたのかな?


「お疲れ様っす鹿籠さん!」

「ひゃいっ!?」


 一応出場選手扱いでベンチ入りしてるけど、実際は見学の大神(おおがみ)くん。無遠慮にわたしの隣に……


「いやー話に聞いてたけどマジすげぇっすねぇ、『全くシュートしないストレート』!オレもストレートにはこだわりがあるんすけど、流石にあれは投げれねぇっすよ。どうやって投げてるんすか?」

「いや、あの……」


 わたしよりも背が高いのに、まるで初対面の人にじゃれつく小型犬みたい。


「えええっと……大神くん。お喋り、より……試合観た方がい、良いよ……ウェヒッ……」

「鹿籠の言う通りだ。遊びでベンチに入れてるんじゃないぞ?」

「はーい……」


 投手コーチのフォローもあって離れてくれた。


「鹿籠がはっきり注意するなんて珍しいな……」

「あの"コミュ障陰キャ"が……」

「結構可愛いのに勿体ないよなぁ」


 先輩選手達の言う通り。可愛いかはともかく、"コミュ障陰キャ"なのは自覚してる。だからわたしを悪く言うヒソヒソ話は特によく聞こえる。

 ……大神くんのことが嫌いなわけじゃないけど、仲良くする気はないからね。『誰よりも速く、誰よりもまっすぐなストレート』をいつか投げてみたいけど、大神くんには速さで10km/h以上負けてて……そして何より、わたしと違って最初から誰しもからピッチャーとして期待されてるんだから。大神くんだってバッティングでも話題になってたのに。わたしと同じまっすぐが武器のピッチャーなのに、『163km/h』なんていう誰にでもわかる凄さを(ひっさ)げてるばかりに……

 表立って宣戦布告する度胸もない情けないわたしだけど、それでもこの子には絶対に負けたくない。


(何かオレ、見られてる……?すごい怯えた目で……うーんしかし可愛い。恵人(けいと)ほどじゃないけど)




******視点:月出里逢(すだちあい)******


「サード、月出里(すだち)に代わりまして、服部(はっとり)が守備に入ります。3番サード、服部(はっとり)。背番号38。6回の表、アルバトロスの攻撃……」


 鹿籠さんは降板。結局、今日も勝ち逃げされちゃった。二巡目からあたし以外はまっすぐに合わせ始めてたから、もしかしたら5回にあたしにもう1回回ってくるかなって期待してたんだけど、ギリギリ回ってこなくて、予定通り山口さんと一緒にお役御免。

 ……『打率3割』とかそういうのは『誰しもから3割打てる』って意味じゃないってのはわかってる。どんなにすごい打者でもある程度の相性があって、どうしても苦手な相手がいるのはしょうがないことだと思う。投手は投手で、神楽(かぐら)ちゃんみたいに特定の打者に勝つことに絞ってる人だっているんだし。そういう相性が生まれるのも投手の努力だってのは理解してる。

 それでも鹿籠さんにだけは絶対に負けっぱなしじゃいられない。プロに入って投手になったのは自分から望んだことなのか、周りから望まれたことなのかはわからないけど、それでも結果としては『片手間であたし以上のスラッガーをやってた』ってのと、『あたしが欲しくてたまらなかった立場をあっさり捨てて投手になった』って事実には変わりない。あたしよりずっと大きい身体に恵まれて、スラッガーとして過去のあたしに勝ち逃げして、しかも投手になってもあたしに勝ちっぱなし。そんなことされて黙ってられるわけねぇだろうが。

 でこっぱち腫らしても泣きの1回やらせてもらって損したなんて思わない。その1回を次に活かしてみせる。三振が五打席連続から百に伸びようが、あの『不条理ストレート』、いつか絶対に打ってやる。覚悟しとけよデカ女?


(ウェヒッ!?な、何かすごい視線を感じる……)




******視点:伊達郁雄(だていくお)******


 月出里くん、珍しいね。いつもはベンチにいる時、大体自分の準備とかケアとか、それか相手の観察……特にマウンドの方を穴が開くほど注目してるのに、身を乗り出して相手のベンチをずっと睨みつけてる……鹿籠くんに負けたのがよっぽど悔しかったのかな?

 そう言えば試合前に恵人くんも向こうの大神くんと絡んでたね。同年代の投手同士、プロ入り前から何らかの縁があったのか……

 まぁ何にしても悪いことじゃない。プロ野球選手が最も目指すべきは『チームの勝利』だけど、その明確な方法なんて存在しない。練習して上手くなるのが一般的な方法だけど、行き過ぎても故障して戦略に影響を与えたり、個人成績に走り過ぎて手段と目的が入れ替わってしまうってこともあり得る。ただ、野球って競技自体は『投手と打者の勝負』という個人間の勝負の積み重ねって面もあるから、個人的な対抗意識だって目的を見失わなければ立派な手段になり得る。

 チームを構成する単位が、各々の生涯を歩む個人なのだから、視点も内心も事情も人それぞれ。それぞれの宿命の中で大きく育ってくれて、その力の向きを少し考えてくれればそれで良い。

 僕だって現役の頃はキャッチャーのくせにバッティングにばかり注力してたところがあるし、そういうところでとやかく言うつもりはない。(やなぎ)監督みたいにやれればそれに越したことはない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ