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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
532/1158

第八十三話 それぞれの宿命(6/7)

「3番ライト、ダーコン。背番号79」


「4回の表、アルバトロス、先頭打者出塁で先制のチャンス。ノーアウトランナー一塁で左打席にはダーコン。昨シーズンは途中加入ながら二桁本塁打でチームに貢献」


 こうなったものはしょうがない。むしろこういう時に後の処理がきちんとできるかどうかもアピールの内。


「ボール!」

「ストライーク!」


「入りましたカーブ!97km/hスローカーブ!!」


「…………」


 よし、クイックだけど制球はそこまでブレてない。


(ヤハリソウミタイダナ……)

「!!!」


「ストレート打って……」


 タイミングドンピシャ!?いや、でもこれならショートが……


「ッ……!」

「抜けましたレフト前!」


 ……!?


「あっちゃ〜、抜かれたか……」

「まぁゲッツーシフトやし三遊間広かったからな」


 確かにそうなんだけど、一軍の試合だと相沢(あいざわ)さんとか月出里(すだち)さんに慣れちゃってて……


(うーん、正直1歩目が遅いかなーって)

(すみません、先輩……!)


 ……まぁルーキーの宇井(うい)にそこまで求めるのは酷だよね。


「4番指名打者、芦谷(あしや)。背番号44」


 ここはいったん初球サークルチェンジで……!!?まずい!


「う……ッ!?」

「GO!GO!」


「キャッチャー後逸!」

「セーフ!」

「記録はワイルドピッチ!ランナーそれぞれ進塁でノーアウト二三塁!!」


(すみません……!)


 いや、今のはおれの投げミス……


「ドンマイドンマイ!」

「ここから恵人きゅんの奪三振ショーや!」

「1点2点はしゃーない!切り替えてけ!!」


 落ち着け落ち着け。確かに想定外続きだけど、二軍の試合でもこういうグダグダした展開はいくらでもあった。あの時と違っておれは自分の力で切り抜けられるようになった。おれならできる。


(恵人(けいと)……)


 小次郎(こじろう)に情けない姿を見せるわけにもいかないしね。


「プレイ!」


 ストレートでも変化球でも、黙って思いっきり腕を振るまで……!


(やっぱりそうだな。確かにワインドアップを封印してフォームを一新してるが、ストレートとカーブの投げ方の違いはあんまり変わってねぇ。最新機器様サマ……!)


 くっ……!


「引っ張った!」

「おおおりゃあっ!!!」


「「「おおっ!!!」」」


「ショート捕った!」


 あの打球速度のショートバウンドを……やるじゃん宇井!


(さっきの分を取り返す!自分の自慢の肩で……!!)

「ホーム!」


 ……!バカ!!


「セーフ!」


 しかもちょっと逸らしてるし……!竹本(たけもと)さんは何とか捕ってくれたけど……


「ファースト!」

「うおおおおおっ!」

「セーフ!」


「セーフ!一塁セーフ!!」

(あああああっ!!!)

「二塁ランナーと三塁ランナーはそのまま、一塁もセーフ!記録はフィルダースチョイス!」

「今のは二塁ランナーと三塁ランナーに釘を刺してから一塁送球ですねぇ。打球の勢いから言っても落ち着いて処理していれば1つアウト取れたんですが、もったいないですねぇ」


「おいィ!?何やっとんねんルーキー!」

「捕るまでは良かったんやけどなぁ」

「肩もええのにあれじゃ宝の持ち腐れやで……」


(すみません!判断が逸ってしまいました……!)


 ……くそッ!


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「……アウト!スリーアウトチェンジ!」


「お、終わったぁ……」

「まぁシーズン中やなかっただけ良かったやろ(白目)」


 4失点でどうにか切り抜けて、ベンチで一息。

 あの後に押し出しの四球と味方のミスもあったけど、向こうの打線は二巡目から明らかに緩急を苦にしてなかった。去年からアルバトロス打線は待ち球志向になってるのに、浅いカウントからでも迷わず振って、それでいて大体タイミングが合ってた。

 ……今にして思えば、だけど。投げてる間はそこまで頭が回らなかったからこそ、ここまで手こずった。スライダー主体とかやりようはあったのに。


「先輩……あの……」

「良いよ。気にしなくて」

「はい……」


 今だって、いつもの『すみません』を聞いてやる余裕すらない。




******視点:岡正昇(おかまさのぼる)******


 山口ちゃぁんの欠点、どうやらデータ通りだったみたいねぇ。元々プロに入る前まではまっすぐとチェンジアップのみで、プロに入ってから投球を拡張していったんだから、その過程でバグが生じるのは致し方ないこと。

 大昔は高校を中退して入団した選手が早々に球界で無双なんてこともあったけど、現代プロ野球はそう甘くない。機械とかの『モノ』だけじゃなく、何をどうすれば上手くいくのか、上手くいかないのかっていう『ノウハウ』も確実に昔より今の方が恵まれてるんだからねぇ。


 ……ま、未熟なのは向こうばかりじゃないんだけど。


「4回の裏、バニーズの攻撃。1番センター、秋崎(あきざき)。背番号45」

「バニーズも打順が二巡目に入ります。ここまで先発の鹿籠は3回無失点2奪三振で被安打も0」


「良いぞ良いぞ(あおい)ちゃん!」

「このまま開幕投手も獲ったれ!」

「マジカルストレートで無双じゃ!」


「ウェヒヒヒ……」


 結果が伴ってるからか、いつも自己評価がストップ安の葵ちゃぁんも思わず頬を緩めてる。

 ここまでの展開は予想通り。そしてここから先も……


(……!ストレート!)

「ウェヒッ!?」

「……!?レフト!」


「「「「「おおおっ!!!」」」」」


「初球打ち上げた!レフト下がって……」

「アウト!」

「捕りました!ワンナウト!」


「惜ッしい……!」

「おっぱいミサイル未遂か……」

「まぁ4点差やから欲張らずに出るべきなんやけどな」


 若干バットの上っ面だった分、飛距離が足りなかったわね。だけど躊躇(ためら)いなく引っ張り込んできた。


(……ちょっと甘かったから、かな?)

「2番ライト、松村(まつむら)。背番号4」


 次の松村ちゃぁんも同じく早打ちタイプではあるけど……


(ここ……!)

「セカンドジャンプ!……捕れませんライトの前!」


「よっしゃ!パーフェクト回避や!」

「ナイバッチ松村!」


(想定通りの軌道でしたね)

(ま、またストレート打たれた……)


「3番サード、月出里。背番号25」


「いけるでちょうちょ!」

「でっかく打ったれ!」


 まぁここは大丈夫だと思うけど……






「ストライク!バッターアウト!!」


「三振!二打席連続!!」


「ま、まぁゲッツーよりはマシやから(震え声)」

「何でちょうちょ、あのまっすぐだけは全然打てんのや……?」

「3番で打順調整はちょっと洒落にならんっしょ……」


 またしてもストレートを当てることすらできず、俯きながらベンチへ戻る月出里ちゃぁん。


(大丈夫、大丈夫……だよね?)


 ここはね。


「4番レフト、十握(とつか)。背番号34」


「でかいの頼むで十握!」

「ホームランホームラン三四郎(さんしろう)!」


 2年目にして主砲候補。よっぽど期待されてるみたいねぇ。羨ましいわ。


「ボール!」

(変化球、入れたかったんですけどね……もう1球お願いします)

(これなら……!)


「「「おおっ!!?」」」


「ファール!」

「ライト線、切れましたファール!」


「ああ、あとちょっと……!」


(危なかった……)


 やっぱり期待されてるだけあって、あのくらいの変化球じゃものともしないわね。


(やっぱりストレートで勝負するしか……!)

(右投手の内に入ってくる軌道……大好物!)

「ウェヒッ!?」


「「「「「げっ!!?」」」」」


「ライト大きい!」






「入りましたホームラン!!!」


「「「「「よっしゃあああっ!!!」」」」」

「ホンマに打ちよった……」

「やっぱ打つ方じゃ別格やな」


(そ、そんな……)


 『ストレートの品質が非常に高く安定している』というのは葵ちゃぁんにとっての最大の強みではあるけど、弱みでもある。

 いわゆる"荒れ球投手"みたいに制球にバラツキがあるのってのが一種の強みになるのと同じで、同じ球種でも球質にバラツキがあれば投手にとってはコマンドにブレが生じたりするものの、打者にとっても的を絞りづらく、『慣れる』のにも時間を要する。つまり裏を返せば、打者にとって非常に打ちにくい球質であっても、球質にバラツキが少なければそれだけ『慣れる』のも早くなる。

 それに、葵ちゃぁんは特別コマンドに優れてるわけじゃないけど、リリースのタイミングが安定してるということは投球のコースにもある程度の偏りが生じる。『制球の面でも再現性が高い』とも言えるけど、この点でも『慣れ』が生まれやすくなってる。

 正直、変化球に関してはストレートに並ぶほど強力なものもないしねぇ。二軍では誤魔化しが効いてたけど、一軍の上澄み相手だと打ち頃の凡庸な球。

 故に、打ちづらいけど慣れやすいという点でも、他の投手との差別化が容易であるという点でも、現状の葵ちゃぁんはどちらかと言えばリリーフ向き。


 とはいえ、入団してからしっかり身体を作ってきたおかげで平均球速は上がったし、去年は二軍で規定投球回にも余裕で届いてスタミナも十分。ベースになる部分は先発としてやっていけるくらい磨いてこれた。ストレートが他にはない強力な武器であることに変わりないんだから、後はそれを活かせる球種が1つでもあれば二巡目三巡目だって乗り越えられるようになるはず。


 ……アタシは元々捕手陣の中でクビ候補筆頭。去年のドラフトで二乃(にの)ちゃんが2位指名されたことでついに肩を叩かれる時が来てしまった。一軍での実績は片手で数えられる程度の試合出場数のみだけど、真面目にやってきたおかげで、こうやって雑用として再雇用してもらえた。

 そんなアタシにとって、葵ちゃぁんの存在はプロ野球選手としてのアタシの存在意義そのもの。裏方としての立身のための打算もないわけじゃないけど、それ以上に、アタシがプロ野球選手だった意味を今からでも生み出したい。ずっと憧れてたプロ野球選手になった意味が、再雇用のための経歴作り程度になんてしたくない。

 そのためにも、アタシは葵ちゃぁんを日本一のエースにしてみせる。二流以下のアタシでも、超一流を支えることはできるんだって証明したいから。


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