第八十三話 それぞれの宿命(5/7)
******視点:月出里逢******
「はぁ……」
ベンチに戻って、すぐにヘルメットとバットと防具を片付けてグローブに持ち替える。
鹿籠さんの『全くシュートしないまっすぐ』。すみちゃんから話を聞いてたのに、また手も足も出なかった。
ほんとに鹿籠さんの投げるまっすぐは不条理極まりない。あの変態……妃房さんの時と全く逆。投げ始めから視える投球のイメージが実際と全然違う。あの変態の時は怖いくらいにイメージが実際と一致するおかげで打てるんだけど……
打席で見ると浮き上がるカットボールみたいな感覚だって頭ではわかってるのに、思わずイメージの方に釣られちゃって当てることすらできない。
「2回の表、アルバトロスの攻撃。4番指名打者、芦谷。背番号44」
「ゲームは2回の表の攻撃に入ります。この回の先頭打者は主砲・芦谷、右打席に入ります。過去2シーズン連続で20本塁打、貴重な和製大砲として打線を支えております」
……次は絶対打つ!
「サード痛烈!」
!!?
「「「「「うげっ!!?」」」」」
「痛ッ……!」
……何の!
「サード、ボールを拾って一塁へ!」
「アウト!」
「間に合いました!ワンナウト!」
間に合った……のは良いけど、おでこが痛い……
「タイム!」
「おい!大丈夫か!」
「「「月出里さん!」」」
「■■コーチとトレーナーが三塁へ向かいます!内野陣も集まって……この間に先程のプレーをもう一度流します」
「サードの手前でワンバンして、グラブに一度入ってるんですが……今額のところに手を当ててるからおそらく勢いで額にぶつかったんでしょうね。それで一度こぼしてしまったと」
「しかしすぐさま拾い直して一塁へ……」
「まぁ月出里の肩と芦谷の脚ですからねぇ」
「ここで治療のため、一旦ベンチへ下がります」
情けない。普段ならあれくらい軽く捌けたのに……反応が鈍って顔の近くに来るまでグローブが出せなかった。どうにか頭をちょっと動かして、おでこで済ませられたけど……
「とりあえず冷やすぞ!」
「月出里くん!大丈夫かい!?」
「はい、何とか……」
「回はまだ浅い。前倒しで服部くんと代えようか?」
伊達さんのことだから暗にレギュラーの座がどうこうって煽ってるんじゃなく、単純に心配してるんだってのはわかる。でも……
「……ッ!大丈夫です!やらせてください!」
「おいおい月出里、まだ本番じゃないんだぞ……」
「ちょっと打っただけです。何ともないです」
「……■■くん、どうなんだい?」
「まぁ少し腫れてはいますが……」
退けない。レギュラー奪られるとかそんなの以前に、負けっぱなしで退けるわけねぇだろ。
「……わかった。無理はしないようにね?」
「ありがとうございます」
このくらい、中学の頃に喧嘩で頭突きかました時とそんなに変わらねぇよ。
「あっと、ここで月出里がサードへ戻ります!」
「ええぞちょうちょ!」
「根性入っとるわ!」
「さすがワイのちょうちょや!」
「顔は大丈夫やんな……?」
「それでもワイはちょうちょを愛せる(キリッ」
それは大丈夫。野球やってたし喧嘩もしまくってたけど、お母さんの平手打ち以外で顔を守れなかったことは今まで一度もないから。
でもまぁ褒められることじゃないよね。こういう根性を出したのも。
「なーんやつまらん……」
「鼻とかぶつけてたら良かったのに」
「チョーシこいた罰やろ?ざまぁwww」
「えぇ……(困惑)」
「バネキ怖いなぁ……とづまりすとこ」
……まぁこういうのも慣れっこだから別に良いよ。あたしがクッソ可愛いのが悪い。
3番って打順って、こういう危険もあるんだね。初回に三凡だと切り替えるための時間が短くなっちゃうし、責任が重いから切り替えるの自体も難しい。
でも1番とかそういう立場よりも望んだところなんだから文句は言えない。おでこの痛みも嫌でも反省を促してくる。
(すまん……大丈夫か?)
向こうのベンチの芦谷さんも心配そうにこっちを見てるけど、こんなのは単なる事故。腑抜けてたあたしが悪い。手をかざして気にしないように促す。
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******視点:山口恵人******
「4回の表、アルバトロスの攻撃。2番レフト、亀甲。背番号3」
「そろそろ先制頼むぞ!」
「かっとばせ"変態打者"!」
相手は亀甲さん。ここ何年か成績が落ちてるけど、それでも首位打者を2回も獲ったことのある巧打者。左だけど二巡目も抑えきれるか……
「ボール!」
「ボール!」
やっぱり良い目をしてる。けど……!
「ファール!」
「3球目ストレート!レフト線切れます!」
「中盤ですがまだまだ球が走ってますね」
「ストライーク!」
「外!入りましたストライク!」
「去年くらいからこのカーブが良いんですよねぇ。まっすぐと球速が40、50も離れたこの球。こういう投球をするピッチャーって今時めっきり少なくなってしまいましたからねぇ」
うーん、決め球に使いたいところに決まってしまった。
(なら最後はここです。入れる必要はありません)
キャッチャーの竹本さんの要求はインハイまっすぐ、ボールゾーン。
同意見。去年磨き上げた左へのインコース攻めの使い所。
(へっ、狙い目……!)
え……!?
「センターの前……落ちました!」
「「「おおおおお!!!」」」
「流石は"変態打者"!」
「こういうのでいいんだよこういうので」
「クソボールやないか!」
「(ストライクゾーンを)勘違いしたらあかんよ勘違いしたら!」
インハイ……から少し外に寄っちゃったけど、明らかな釣り球の高さ。まさかあんなのを弾き返すなんて……
(山口は一軍経験不足、竹本は去年リコから来た奴だから知らなかったみたいだな。あれくらい首で打ちゃ楽勝よ楽勝)
……しょうがない。本番ではあそこに投げなきゃ良いだけの話。




