第八十三話 それぞれの宿命(2/7)
******視点:山口恵人******
3月3日。春季キャンプも終わって、開幕まであとちょうど1ヶ月。今日と明日はここ、本拠地サンジョーフィールドでアルバトロスと2連戦。
ここまでバニーズは3連敗中。オープン戦だから勝ち負けはあんまり関係ないけど、先発候補があんまり振るわないのは痛い。おれが一軍で生き残りやすくなっても、伊達さんを勝たせられなきゃ意味がない。
一番良いのは先発ローテが充実した上でおれもその一角を勝ち取れること。そのためにも、今日はしっかり結果を残さなくちゃね。
「ふぅーっ……」
向こうでトスバッティングしてるのは月出里さん。練習熱心なのは知ってるけど、それ抜きにしても鬼気迫る感じというか……
「ういっす!お疲れっす山口先輩!」
「あ、宇井。今日、宇井も出るんだっけ?」
「はい!しかもショートっす!月出里さんを押しのけてっていうのは気が引けますけど……」
「その辺は気にしなくて良いんじゃない?伊達さんの方針なんだし」
去年と同じで、相沢さんが出るか出ないかでポジションを変えるつもりなんだろうね。宇井の見定めももちろんあるんだろうけど。
「あ、山口さんに宇井さん。お疲れ様です」
「お疲れっす!」
「月出里さん、どうしたんです?いつもより気合が入ってるような気が……」
「あ、はい……ちょっと今日はどうしても打たなきゃなので……」
「「……?」」
月出里さんは守備走塁は言うまでもなく、打つ方も紅白戦でもオープン戦でも当たってる。開幕一軍どころかスタメンと上位打線も固いはずなのに……
「けーいと!久しぶり!」
「うえっ!?」
急に背中に重み。誰かに後ろから抱き付かれてるっぽい。
「……ああっ!?」
「え、何でこの人が……?」
「……!小次郎!?」
見上げると見慣れた顔。ちょっと吊り目気味の整った顔立ちで、暗めの髪色。
大神小次郎……去年のドラフト4球団競合1位でアルバトロスに入団した163km/h右腕。
「いやぁ、中学の時から全然変わらないなぁ」
「うるさい。お前がでかくなりすぎなんだよ。っていうか離せ」
中学の時でもおれより10cm以上でかかったのに、そこからさらに伸びて今では190cm超え。何でコイツばっかり。
「フヒッ、フヒヒヒ……お2人はどういうご関係で……?」
「佳子さん!?」
秋崎さん……さっきまで少し離れたところで素振りしてたのに、いつの間に……
「小次郎とは中学の時に投げ合ったり日本代表に選ばれたりしただけですよ」
「それだけじゃないだろ恵人?一緒に飯喰って風呂も入った仲だろ?」
「そりゃ宿舎一緒ならそれくらいは……」
「うーん、恵人はほんと可愛いなぁ」
「やめろ!キモい!暑苦しい!」
肩の上に回してる腕をさらに絞めて身体を寄せてくる。ほんとコイツのスキンシップは鬱陶しい……!
「ほう……!ほほう……!!」
「佳子ちゃん、何……?フクロウの真似か何か?」
「……はっ!?山口先輩、もしかして本当はやっぱり女の子なんすか……!!?」
「バカ!何でそういう解釈になるんだよ!?」
「だったら良かったんだけどなぁ」
「お前も何言ってんだよ!?」
「キミ、確か去年のU-18の代表候補にいたよね?浅井さんからツーベース打ってたっけ?確か宇井さん……」
「はい、宇井朱美っす!」
「よろしくね」
「よろしくっす!」
いつも優しく微笑んでる秋崎さんが何かキモい表情で親指立てて、月出里さんはおれ達の方見て何か引いてるし、バカ2人は何か意気投合してるし。何なんだよこれ。
「……で、今日ここにいるってことは小次郎も投げるの?」
「うーん、オレも恵人と投げ合いたいんだけどなぁ。残念だけどしばらくはノースローで一軍の試合を見学ってことになってるんだよなぁ」
「また怪我でもしたの?」
「いや、大事をとって。去年と同じ」
「そっか。なら良かった」
「ありがとな。また今度投げ合おうぜ」
「ん」
バカでキモいけど、投げる球は本当にすごいからね。そんな奴がお父さんみたいに終わってほしくない。コイツとはそんな不戦勝みたいな形じゃなく、堂々と投げ合って勝ちたい。
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