第八十二話 やっぱりこいつは(8/8)
******視点:山口恵人******
「それでは解散!」
紅白戦後の全体ミーティングが終了。
おれなりにそこそこ結果を出せたと思うけど、とりあえず現状維持で二軍キャンプのまま。またチャンスがあると思いたいけど……
「お疲れ様っす、山口先輩!」
「ん、お疲れ」
組ごとに分かれて座ってて、隣には宇井。
「……すみません。最終回、足引っ張っちゃって……」
「気にしなくていいよ。7回は逆に良いプレーしてたじゃん」
「いや、まぁあれはたまたま……打つ方もダメダメだったからあれくらいは……」
「それでも助かったよ。ありがと」
「え、えへへ……あの、先輩」
「ん?」
「今日の自分のバッティング、ピッチャーから見てどう思いました?」
「うーん……結構落ち着いてて攻めづらそうな感じだったけど、始動が……」
「ふむふむ……」
おれだって最初の方はダメダメだったし。でも宇井はおれと違って、最初から自分がまだまだだって自覚して、ちゃんと周りに頼れてるんだよね。バカだと思ってたけど、こうやって結構気が回るみたいだし。
……去年まで周りはみんな年上しかいなかったけど、これから先はそうでもなくなるし、おれも伊達さんみたいに後輩をフォローしていかないとね。
「……こんな感じかな?」
「ありがとうございます!めっちゃ参考になりました!……あの、今日はもう上がりっすか?」
「うん。そこそこ投げたし」
少し話してる間にもうほとんどの人が退室済。おれもミーティングルームを出る準備をしながらドリンクを一口。
「じゃあこれから一緒にお風呂入りませんか?」
「ぶっ!!!」
「いやぁ……ホテルの個室にもお風呂ありますけど、ユニットバスだし大浴場も行ってみたくて。どうっすか先輩?お背中流しますよ?」
「…………」
変なこと想像してしまった表情を見られたくなくて、思わず顔を逸らす。
「……?どうしたんすか?」
「いや、そういうのはちょっと悪いというか……」
「遠慮は要らないっすよ!女同士なんすから!」
え……?そういうこと……?
「あのさ……おれ、男なんだけど?」
「え?」
「いや、名前知ってるでしょ?"恵人"だよ"恵人"」
「………………あ」
しばらくフリーズして考え込んだ後、急に顔を赤くする宇井。
「す、すみません!早合点でした!!」
「何でそんなのまで間違えるんだよ!?今までずっと勘違いしてたの!!?」
「すみません!すみません!すみません!」
顔を真っ赤にしながらひたすら頭を下げまくってるけど、おれの顔も熱い。
やっぱりこいつはバカだ。間違いない。
「……山口さん」
「な、何ですか?」
急に声をかけてきたのは、同じように残って振旗コーチと話してた月出里さん。
っていうか妙に近い。すごい甘ったるい匂い。
「宇井さんとお風呂入るとこ、考えちゃいました?」
「ぶっ!!!」
宇井に聞こえないようにか、耳元で囁いてきた。さっき想像してしまったことをそっくりそのまま。
「なななな何言ってるんだよ……!?」
「?お2人とも、どうしたんすか?」
「何でもない!何でもない!」
「……はっ!?もしかして自分、いわゆる"お邪魔虫"ってやつっすか!!?」
「お前……!またとんでもない勘違いしてるだろ!?」
「だったらどうする、宇井さん?」
「乗らないでください!っていうか離れてください!」
「え、えっと……自分はそういうのはまだ早いというか……」
「お前もそのまま突っ走るな!」
おれの両肩に手を乗せて、身体を寄せてる月出里さん。背中にちょっと柔らかい感触。だから近いってば……!
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******視点:月出里逢******
「お疲れ」
「ありがと」
ホテルの部屋に戻る道中は優輝が荷物を運んでくれる。まぁ球場に持ち込む物なんてそんな嵩張るほどのものじゃないけど、試合の後の疲れた身体には地味にありがたい。
「いきなりの猛打賞だったね」
「うん。優輝のおかげ。そっちもありがと」
「これがおれの仕事だから」
また今年も風刃くんを捉えきれなかったけど、全体的に満足のいく内容。3番ショートなんて大役、多分中学か……下手したら小学生の頃以来。負けたとはいえ立場に恥じない働きをしたし、好みの男の栄養も補給できたし。
山口さんってそっち方面の知識が無さすぎて攻めあぐねてたんだけど、お風呂とかああいう切り口なら弄れるんだね。今後の参考になったよ、宇井さん。ケケケケケ……
「とうちゃーく」
「よっと……」
部屋の扉を抑えて、荷物を持った優輝を先に中に通す。これで今日も何の違和感もなく優輝を誘い込めた。
「この辺で良い?」
「うん、ありがと」
荷物をその辺に置いてる優輝の背中に身体を寄せる。
「優輝、頑張ったご褒美は?」
わざとらしく、囁くように。あんまり大きさには自信がないけど、胸を背中に擦り付けるように。これで堕ちない男はいないに決まってる。
「その前に、ちょっと話があるんだけど」
「え……?」
いつもの『うぇっ!?』って反応じゃなく、淡々した口調で、でも妙に貼り付けたような笑顔で振り返る。
「ミーティングルームでさ、さっきみたいな感じで恵人くんにもベタベタしてたよね……?」
「!?……見てたの?」
「うん、バッチリ。あれは一体どういうことなのかな?」
貼り付けたような笑顔のまま、それでも隠しきれない怒気を孕ませながら、あたしに顔を近づける。
「いや、えっと……別にそういうのじゃないよ?美しさは罪というか、可愛く生まれた女の性というか……優輝はメインディッシュで、山口さんはおやつみたいなもので……」
「それって『どっちも食べたい』ってことじゃないの?逢、昨日『浮気は許さない主義』って言ってなかったっけ?」
軽く頬をペチペチと叩かれながら詰問されて、自分でもわかるくらいに目が泳ぐ。
「い、いやぁ、優輝って意外と嫉妬深いねぇ〜……モテる女は辛いというか……」
「おれのことはいいから。っていうか『モテる女』とかじゃなく自分から迫ってたでしょ?それに、去年おれとすみちゃんの仲を疑って1ヶ月くらいずっとイライラしてたの、どこの誰だっけ?ん?」
返す言葉もない。
「ごめんなさい。可愛く生まれてきてごめんなさい……」
「そういうことじゃないから」
「ふぇっ!?」
軽く両頬をつねられて、痛くないギリギリくらいまで引っ張られる。『あたしの柔肌に何しやがるんだテメェ』とはとても言えない。この状況で優輝相手じゃ。
「ほへんなはい、冗談れふ。ダブふタでほへんなはい……」
「そういうこと」
ようやく手を離してくれた。
「プロで初めてのクリーンナップ、すごくかっこよかったよ。選手の人達みんな頑張ってたけど、逢が一番輝いてた」
「……ありがと」
あたしと違って引きずることなく、すぐにいつもの優輝に戻ってくれた。あたしを軽く責めてた手で抱き寄せて、頭を撫でて。山口さんの体温も良かったけど、やっぱり優輝のは格別。このままとろけちゃいそう。
言い訳になっちゃうけど、本当に浮気のつもりじゃないんだよ。本当に好きなのは優輝だけだし。せっかく可愛く生まれてきたのにそのせいで嫌なことばっかりだったから、せめてこの世の全ての好みの男を弄びたいんだよ。ちくしょう。




