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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
523/1169

第八十二話 やっぱりこいつは(5/8)

******視点:雨田司記(あまたしき)******


「9回の裏、白組の攻撃。1番セカンド、徳田(とくだ)。背番号36」


「逆転逆転!」

「そろそろメガネ攻略や!」

「かっとばせーかおりん!」


 スコアが動かないまま最終局面。半分自演とは言え、ピンチをことごとく好守備で乗り切った直後。流れという意味では油断できない。


「ストライーク!」


「やっぱはええ……」

「150軽く超えてくるな……」


 3回くらいなら球威を維持するのはわけない。これでも去年、二軍とは言えローテを守ってきたんだ。最後も切り抜ける……!


(スライダー!)


 ッ!?


「抜けた!」


 足元に転がる強いゴロ。グローブを差し出しても捕れず、そのままセンターの前へ。


「よっしゃ!出た出た!」

「ナイバッチかおりん!」

「何やかんやで出塁3つか……」


 低めの縦スラ、ああも簡単に捉えてくるとはね……


(軌道的にはフォークみたいなもんだからね。あっくん以外の右のフォークPには負けないよ)

「2番ライト、相模(さがみ)。背番号69」


「続け続け!」

「2点取らんと負けやぞ!」


 三振とかでアウトの質にこだわることもない。ここでの理想は併殺……!


(ッ……!またこれか!!)

「ショート!」

「セカン!」

「アウト!」

「ファースト!」

「うおおおおおっ!!!」

「セーフ!」


「あぶねぇ……」

「ランナー溜めていきたいんやけどなぁ」

「まぁしゃーない。アヘ単プリンスやし」


 想定通り縦カットを引っ掛けさせたけど、さすがチーム1の俊足。


「3番ショート、月出里(すだち)。背番号25」


「リベンジやぞちょうちょ!」

「流れ乗ってけ!」

(あい)ちゃーん!」


(まぁ併殺を狙うならこっちの方がええわな)


 さっきは困った時の全力ストレートでどうにか押し込めたが、同じ手が何度も通用するとは思えない。そういう意味でも……


「ボール!」


 外への縦カット、少し外れたか。


((かま)へん(かま)へん。追い込むまではこれを続けるで)


 冬島(ふゆしま)さんも続ける方針。もう一丁、今度は入れる……!


(……きた!)


 何……!?


「「「「「おおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」


「ライト!!!」


 捉えられた……もう!?


(届かない……!)

有川(ありかわ)さん!」

「ストップストップ!」

「セーフ!」


 月出里の打球の鋭さ、そして松村(まつむら)さんのクッション処理の速さと球場の狭さが幸いしたのか、相模さんは三塁ストップで月出里も二塁止まり。


(サンジョーフィールドなら三塁突っ込めたのに……まぁ良いや。イメージ通り、あのカットボール攻略できたし)


「流石やちょうちょ!」

「これで文句なしの猛打賞や!」

「ショート守れて盗塁王で打てるとかもう(弱点)ないじゃん……」


 全く恐れ入る。今年、一軍の先発ローテ入りを目指して身に付けたとっておきだってのに。キミほどの打者を併殺要員として勘定に入れた罰かな……?


「4番レフト、十握(とつか)。背番号34」


「十握!十握!」

「最高の場面で主砲や!」

「逆転サヨナラ弾でもええぞ十握!」


 まずいな。まだ首の皮1枚残ってはいるけど、ここで十握さん……


「タイム!」


 冬島さんがタイムをかけてマウンドに来る。


「どないする?大っぴらに敬遠はできんけど……」

「今日はシーズン中じゃないんですから、喜んで勝負しますよ」

「大丈夫か?」

「やりますよ。むしろやらせてください」

「……そうか。とりあえずスライダー中心で行くで。勝ちたいんならそれでどうにかカウント稼いでくれ」

「ええ。それでいきましょう」


「プレイ!」


 まだワンナウト。後続の打者だって油断ならない。十握さんからでもアウトを稼ぐ気概がなきゃローテで生き残れやしない。


「ストライーク!」

(ランナー三塁で初球から落ちる球……)


 冬島さんのブロックもあるし、最悪1人までなら帰っても支障はない。そのくらい割り切っていかないとね。


「ボール!」

「ファール!」

(仕留め損ねた……!)


 縦スラ2つ続けた後でもストレートにタイミングを合わせてきたか……月出里とは少々スタイルが異なるが厄介度は負けず劣らず。


「……ボール!」


「かーっ!惜しい!!」


 低めへのチェンジアップ……やはり今日の球審はやや低めに厳しい。

 ……それでも!


(低い……いや、振るべきか!?)

「……ストライク!バッターアウト!!」

「ッ!!!」


「「「おおおおおッッッ!!!」」」

「アウトローいっぱい153km/h……」

「ありゃ打てんわ……」


 見逃したことを悔いるように天を仰ぐ十握さん。


 一昨年に旋頭(せどう)コーチも言ってたように、地球上で人間が投げる球なんてのは最終的に全部落ちる。『浮き上がる』という表現も、他の投手が投げるそれと比べてって話。フォーシームのバックスピンによりマグヌス効果で上向きの力が働いても、人間の筋力で生み出せるのは地球の重力に少し抵抗する程度のもの。

 だけどそれはあくまで客観的な事実。打者や球審にとって本当に浮き上がってるように見えるのなら、それもまた主観的な事実。かつてツーシームが支配的だったメジャーも近頃はフラレボの関係で高めフォーシームへの原点回帰がなされてるって話だけど、低めフォーシームも打者にスイングを躊躇(ちゅうちょ)させる、高低のバックドアのようなものも期待できる。右投手のリリースポイントから左打者へのアウトコースだから、左右の面でも入り込むような軌道。

 ボクのまっすぐはそれができる。『磨き抜いたまっすぐよりも汎用性に秀でた球はない』。そう信じて今までやってきたんだ。

 ……まぁ低めのコマンドにはあんまり自信がないから、今のをもう1回投げろって言われたらちょっと厳しいけどね。


「5番指名打者、チョッパー。背番号42」


「あと1人やぞ!」

「しまってけ紅組!」

「白組も諦めるな!」


 二三塁の状況でワンナウトとツーアウトの差は大いにある。前者なら凡打でも点が入って次の打者にも繋がるんだからね。ここで決め……!?


「Oh!!!」


 しまった……!


「ヒット・バイ・ピッチ!」


「げっ、当たったんか……」

「袖の辺り、かすったな」

「こりゃ痛いな……メガネの方が」


 外スラのつもりが、すっぽ抜けて曲がらずにインコースに……申し訳ない。


(ノープロブレム)


 『気にするな』と言わんばかりに、淡々と防具を外して一塁に向かうチョッパー。

 ……二三塁と満塁の差は大いにある。後者ならどんな形でも出塁さえ出来れば確実に点が入るんだからね。


「6番ファースト、金剛(こんごう)。背番号55」


「「「金剛!金剛!金剛!金剛!」」」

「主砲の座を取り戻せ!」

「逆転サヨナラ満塁弾や!」


 この状況で百々さんから一発を打ってる金剛さん。さっき三振させた相手でもあるのに、一昨年の今頃に鼻っ柱を折られた時のことを思い出してしまうね……

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