第八十話 新しいあたしを見せ続ける(5/5)
「ハァ……ハァ……」
「だ、大丈夫……?」
「うん……ごめんね、ずっと付き合わせて」
「大丈夫だよ、このくらい。こっちはかなり軽く投げてるんだし」
振旗コーチに言われてた通り、オフの練習は優輝と一緒にとにかく数をこなしてた。打てるパターンというのをひたすら増やすために。
でも、最初のうちは……
「……やっぱり、釣られちゃうんだよね」
「『あたしの中のあたし』ってやつ?」
「うん。視えるイメージをどうしてもなぞっちゃって……でも一から打ち方を考えると、前みたいに変な打ち方になっちゃって……」
「……何か合唱みたいだね」
「え?」
「学校の音楽の授業でやったやつ」
「いや、それはわかるんだけど……」
「クラスで歌が上手い人がいたらさ、その人が別のパートでも、思わず釣られちゃわない?」
「……あー、確かに。そういうのあったかも……あ、そういうこと?」
「うん。そういう時、逢はどうしてた?」
「うーん……パート毎の練習の時に流してた、そのパートのとこだけのCDあるじゃん?あれを頭の中で流してたかな?」
あんまり行かないけど、カラオケで歌う時もそんな感じ。原曲を頭の中に流してなぞる感じ。でも根本的に音程取るの苦手なんだよね……リコーダーと違って指とかで調節できるもんじゃないし。
「それみたいにやってみたらどうかな?」
「……!」
「今まで視えてきたイメージって全部逢にとってはやろうと思えばできる打ち方なんだよね?だったら、どうせ釣られちゃって、一から打ち方をイメージするのが難しいのなら……」
「過去の別のイメージをなぞる……」
「逢もそういう打ち方を身につけて1年以上やってきたんでしょ?だったら今まで色んなイメージが視えてきたんじゃない?」
「でも、過去のも結局全部慣れ親しんだ『普通のヒットの打ち方』だからね……」
「それでも、工夫するならその場で視えたイメージよりは簡単じゃない?」
「……そっか。過去の打ち方を思い出して、そこにタイミングをずらしたりとか工夫を加えて覚えておけば……」
「いけそう?」
「うーん……でも思い出すのがちょっと難しいかも……」
「ん……あ。逢、ちょっとタブレット貸してくれる?」
「?うん、良いけど……」
何かを思いついたようにあたしのタブレットを操作して画面を見せてくる。
「あ……」
表示されてるのは動画サイトのアプリ。検索結果で出てきたのは、あたしの2019年シーズンのヒットを全部まとめた動画。
「これなら思い出せそう?」
「……うん、いけるかも」
動画を再生して、隣り合って視聴開始。
「こんなの作られるなんて、すっかり人気者だね」
「そりゃ、あたし可愛いからね」
「ま、まぁその通りだけど……」
昔、何かの動画でとあるプロ野球選手が『スラッガーは打ったホームランのことを1本1本正確に覚えてる』って言ってて、実際にその人は細かい日付も込みで過去に打ったホームランのことを話してたけど、同じプロになってそういうのが実感できた。
流石にヒット1本1本となると思い出すのが大変だけど、動画を観返してみると『この打席じゃこんなこと考えてたっけ』みたいなことが思い出せる。あたしに視えるイメージってやつもなぜか投手側の視点ばかりだから、そういう意味でも思い出しやすい。
「……優輝。ちょっとインコースばっかり投げてくれない?」
「ん、OK」
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もちろん、ピッチャーの投げる球に全く同じものなんてないんだから、たとえば同じカーブであっても投げるピッチャーや状況が違えば打ち方だって変わってくる。過去のを丸写しすれば良いってものじゃない。
優輝が言ってた通り、こういうのは合唱みたいなもの。過去の経験と今の感覚、これらが合わさってより理想的な打ち方ができる。今視えてるイメージだって決して無駄なものなんかじゃない。
(制球の良い百々(どど)さんなら、内角シュートで勝負できる!)
過去と今を組み合わせるのだって決して簡単なことじゃないけど、毎回毎回一から打ち方を組み立てるよりはずっとマシ。
インコースを捌くコツはバットを振り抜きすぎず、腰の回転を活かすイメージ。それでも普通にやったら左方向に飛んでいくものだから、もっと右寄りに飛ばしたいのなら、バットで飛ばすんじゃなく跳ね返すイメージ……!
「「「!!?」」」
「セン……いや、ライト!」
ショートとサードは当然三塁寄りに、ファーストとセカンドも逆球だった場合を想定してか一塁寄りにシフトしてた。だけど跳ね返した打球は右中間の方に飛んていって……
「中継!」
「サード!」
「セーフ!」
「「「ッしゃあああ!!!」」」
「ナイバッチ!」
「逢ちゃーん!」
外野の間は流石に抜けなかったけど、シングルながら相模さんは三塁までいけた。
「ええぞちょうちょ!」
「また謎正面かと思ったわ!」
「このショートの25番という選手は素晴らしいプレーヤーですね」
(やるじゃないか、月出里くん……!)
紅組側ベンチから身を乗り出してる伊達さんが、あたしに向かって笑ってみせた。
きっとまだまだあたしに走るイメージとか持ってる人もいっぱいいると思う。それは結構だけど、あたしはこれからも変わっていく。あたしに期待する人にもそうじゃない人にも、新しいあたしを見せ続ける。




