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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第一章 フィノム
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第十話 貴方に恥じないあたしである為に(2/5)

 俺はよくある『テレビの中のヒーローに憧れて小学生から野球を始めた』クチで、中学まではせいぜい"市内屈指の右投手"程度の存在だった。だが、背が大きく伸びたのが功を奏したのか、地元神奈川の強豪校のエースにまで上り詰め、嚆矢園優勝も経験できた。同じ神奈川にある新興校に超特級の特待生として招聘された妃房蜜溜(きぼうみつる)と、後に俺以上の嚆矢園のスターになった三条菫子(ウチのオーナー)が2学年下だったことが功を奏した部分もある。それでも、同学年の睦門爽也(むつかどそうや)にも投げ勝って、俺は"高卒No.1投手"という評価を勝ち取った。

 だが、弊害もあった。


氷室(ひむろ)よ。高校球界を動かしてきたのは、常にお前のような一握りの天才投手だ。そして悲しいことに、その内の少なくない数を犠牲にしてきた歴史もある。日本において最もレベルの高い環境は言うまでもなくプロだが、未だに儒教的な価値観の強い日本においては、やはりどうしても青春だとかの綺麗事を好み、スポーツに金が絡むことを嫌う人間が少なくない。そして、その割には何事にも責任の所在を求めがちだ」


 高1の晩夏、3年の引退後に監督に呼び出されたと思ったら、延々と持論を聞かされた。机の上には背番号1のゼッケンが俺の方に向けられて置かれてたのを覚えてる。


「そして、プロと違って誰でも挑戦する権利のある高校野球だからこそ、いわゆるスターに自分を重ね、漫画のような努力からの勝利だけでなく成長も求める。嚆矢園や六大学のスターへのプロスカウトの評価、ファンの期待度がどれほどのものかは、日本で野球に関わってる者なら誰もが知るところだろう?だから、傑出した投手にばかり負担を与えることになってしまう。大衆は無意識に、優しく、そして残酷に出る杭を打つのだよ。だが私は決してそんなことはしない。お前のような天才をより確実に高みに進めることこそが、教育者たる私が真に負うべき責任なのだよ」


 強豪校ゆえに義務付けられた勝利、そして、俺自身のプロ志望というモチベーションの維持を優先するためには、練習量を犠牲にするしかなかった。

 俺の出身校は元々打つ方に定評があり、ウチの監督もそっちの指導を得意としてた。だから、勝ち上がるには俺がより多くの試合を投げる必要があった。そのおかげでアピールする機会が多くなって、評価が上がった部分があるのは事実だし、試合の中で成長できた部分も当然ある。


「キャアアア!氷室くーん!!」

篤斗(あつと)くんサイコー!」

「こっち見てー!!!」


 内心、周囲からの期待に酔ってた部分があったのも否定できない。


「氷室選手はバニーズが交渉権を獲得しました」


 『外れ』とはいえ1位指名されたことで舞い上がってた部分があったのも否定できない。今思えば、火織(かおり)と同じくらいの背丈で、投手としても俺よりは評価が下だった睦門が本指名で1位だったこととかで、もっと早くに考え直すチャンスはいくらでもあった。


「いったァァァーーーッ!!バックスクリーン一直線ッッッ!!!」


 それでも、俺はある意味運がよかった。期待株だからこそ、プロの上澄みの実力をその肌で痛感する機会がすぐに与えられた。

 高校時代に讃えられた『全てが武器になる球』は、『全てが打ちごろの球』だとすぐに気付くことができた。スライダーとカーブばかりか、特に自慢だったまっすぐとフォークも、『日本人の学生にしては』な上背頼りのただのなまくらだと思い知ることができた。"三振の()れる好投手"という評価は、自分だけではなく周りのレベルもあってのものだと学ぶことができた。


「あー、やっぱ顔だけのボンクラやんけ。俺は散々言ってたからな」

「まぁチケットとグッズの売上に貢献してるんやからそこいらの奴等よりは全然マシやろ」

「こんなんでも嚆矢園のスターやしドラ1やしで引退後も安泰やろ?今でも女子アナとか芸能人とかスチュワーデスとかでも選び放題のええ御身分なんやろなぁ」

「女遊びしてる暇があったら練習すりゃええのに」


 そして期待株だからこそ、『まだ高卒間もない』という言い訳は許されなかったし、俺自身もそういう言い訳は絶対にしたくねぇ。そしてついでに言うと俺はまだ童貞だし、全然選び放題でもない。これまで周りの女子が醜く潰し合ってきたせいってのもあるが。


「氷室くぅん、明日から天王寺戻って頑張ってねー♪」

「……はい」


 そして期待株だからこそ、プロとしての集客のために、二軍での成長機会を犠牲にせざるを得なかった。もちろん客観的に見ても、前のこの球団の雇い主達が目先の金に眩んでた部分も確かにあると思う。だが、元を辿ればやはり俺のせいだ。監督もまた『優しさに見せかけた才能頼りの責任逃れ』をせざるを得ず、それを喜んで受け容れてたのは他ならぬ俺。だから、『結果が出ない』という点を除けば高校時代と全く同じことを繰り返してた。


(やなぎ)監督とも話し合って決めた。貴方は今年いっぱいか、あるいは消化試合の時期くらいまではずっと二軍にいてもらう。でもそれは貴方に期待してないわけでは決してない。むしろ逆。今年からのバニーズは弱さで逆にウケを狙う負け犬のスタイルは捨てて、実力で客を呼ぶ常勝軍団を目指す。ぬるま湯だった去年までのバニーズなどもうない。そんなウチで将来を担いうる貴方だからこそ、"客寄せパンダ"ではなく"プロ野球選手"の仕事をこなせるようになってほしい」

「……そのためには、まず何が必要ですかね?」

「方法と覚悟よ」


 事態が好転したのは去年のプロ入り3年目、三条(さんじょう)がウチのオーナーになってから。俺の年齢的に全盛期の活躍が生で見れなかったが、それでも同じ右のフォーク投手にとっちゃ憧れしかない旋頭真希(せどうまき)に目をかけてもらえた。


「どうしたの?この程度で終わり?」

「……いえ、まだやれます!」


 地道だからこそ身体にも心にもくる身体作り。よりオーバースローに近づけるフォーム改造と、それに伴う既存球種の制球の修正に、新球種の模索と、やらなきゃならないことはいくらでもあった。

 いつまでも残る疲労感と、これからの課題の多さ、将来の不安に頭を抱えて、正直折れそうになったことは何度でもある。それでも、今こうやって成長した姿を披露できるのは、


「お疲れ様、あっくん」


 きっと火織(かおり)がいたからだと思う。

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