第八十話 新しいあたしを見せ続ける(1/5)
******視点:月出里逢******
「逢、もうそろそろ……」
「ん、もうちょっとだけ……」
春季キャンプ8日目、夜。『荷物の搬入』とかこつけて、一時的に部屋に連れ込んだ優輝と触れ合う。
「どうしたの?キャンプ中は我慢するんじゃなかったの?」
「ごめん、抑えが効かなくて……」
「……明日、今年初めての試合だから?」
「そうかも」
「人間、命を賭けるような出来事を前にすると種を残す本能が働くって言うけどね……」
「まぁ生活がかかってるし、間違っちゃいないね」
「だからスポーツ選手のそういうスキャンダルが絶えないのかもね」
「……今ならその気持ち、ちょっとわかるかも」
「クリーンナップ、プロに入って初めてなんだよね?」
「だから余計にかも」
前まではすみちゃんにメッセージを飛ばして、褒めてもらって、それで済んでたのに。人間、贅沢を覚えると際限がなくなるってことかな?正直、今までテレビとか動画サイトで有名になって急に羽振りが良くなって調子に乗ってる人達をバカにしてきたけど、今のあたしは最早同類……なのかもね。
まぁ今も昔も家族を背負ってるから、羽目を外すのは好きな男とだけに留めるように努力はするけどね。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「あ、優輝」
「ん?」
「首元」
「ッ……!」
いつも持ち歩いてる手鏡を優輝に向けて、部分的に赤みがかった首元が見えるようにする。ちょうど良い高さの首筋を吸ってできた痕。
「このフロア、女子率が高いけど、寄り道しないようにね?」
「……そのために?」
「そ。『あたしだけ』の証。あたし、浮気は許さない主義だから」
「しないよ、そんなこと」
首筋を手で押さえて頭を少し揺らして、首が凝ってるのを装いながら部屋に戻っていく優輝。
今は隠しておかなきゃいけない間柄だけど、自分の上等な男を見せびらかしたい欲求みたいなのが隠しきれてないみたい。この辺も反省しなきゃね。
「あ」
そう言えば、今回は長期の泊まり込みだからシリカ水持ってきてなかったんだった。白湯用に1本買いに行かなきゃ。
スマホと部屋のカードキーを持って、同じフロアの自販機へ向かう。
「……ん?」
道すがらの角を曲がると、慌てて立ち去る誰か。すぐ向かいの角を曲がって姿を消して、顔は見えなかった。それともう1人、その場に残ってるのは……
「火織さん?」
「あ、逢ちゃん……えへへ、どうしたのこんなとこで?」
「いや、ちょっと買い出しに……さっきの人、誰だったんですか?」
「え!?あ、えーっと……ちょっと厄介なファンの人に言い寄られててね……逢ちゃんにビビっちゃったのかな?多分……うん、助かったよ!」
「?はぁ……」
去年の秋季キャンプから、ずっと様子がおかしい。どうしちゃったんだろ?……あ。
「火織さん」
「ん?」
「首筋……」
「……!!!」
火織さんにも、持ち歩いてる手鏡をかざす。火織さんの色白な肌だと目立つ、ちょっと赤くなった一点。
「い、いやぁ宮崎ってこの時期でもあったかいからね!さっき部屋に季節外れの蚊がいたんだよね!ほんとしつこく吸いついてきて面倒だったよ!」
「そうなんですか……あたしも気をつけます」
蚊かぁ……実家もボロいからよく入り込んでくるんだよねぇ。
「あ、明日同じチームだよね!?頑張ろうね!」
「そうですね。それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ!」
すぐそばの扉を開けて部屋に入った火織さん。ここ、火織さんの部屋だったんだ。こんなとこまで追っかけてくるファンの人っているもんなんだね。あたしもクッソ可愛いから気をつけなきゃ。
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