第七十九話 新体制(4/4)
******視点:伊達郁雄******
春季キャンプ8日目。夜に監督・コーチを集めてのミーティング。もちろん取り仕切るのは、名目上のトップの僕……ではあるけど、
「えー、次は、えー……」
「紅白戦の方針についての認識合わせ」
「あ、すみません……」
やっぱり要所要所は燕昇司ヘッドコーチにサポートしてもらってる状況。
「えー、明日の紅白戦についてですね。昼休みに全体共有した通り、このような形でいきます」
---------------------------------------
2020年春季キャンプ 第1回紅白戦
●紅組
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3指 リリィ・オクスプリング[右両]
4一 天野千尋[右右]
5左 アリア・アゴナス[右左]
6右 松村桐生[左左]
7捕 冬島幸貴[右右]
8三 服部金次郎[右左]
9二 有川理世[右左]
投 百々百合花[右右]
[登板確定枠]
風刃鋭利[右右]
雨田司記[右右]
[その他ベンチ]
・・・
[担当]
監督:伊達郁雄
コーチ:・・・
○白組
1二 徳田火織[右左]
2右 相模畔[右左]
3遊 月出里逢[右右]
4左 十握三四郎[右左]
5指 サンディ・チョッパー[右右]
6一 金剛丁一[左左]
7中 秋崎佳子[右右]
8三 宇井朱美[右左]
9捕 土生和真[右右]
投 氷室篤斗[右右]
[登板確定枠]
三波水面[右右]
山口恵人[左左]
[その他ベンチ]
・・・
[担当]
監督:旋頭真希
コーチ:・・・
---------------------------------------
「起用法や担当、明日の動きなどについて、何か質問等ございますでしょうか?」
「はい」
「どうぞ」
早速手を挙げたのは旋頭コーチ。
「昨シーズンまでの体制では紅組をレギュラー組、白組をその他有望選手という形が基本でしたが、今回については両軍ともに戦力的には大体均等な配分のように見受けられます。この点に関して特に異議があるわけではないのですが、どのような意図でこのような形に?」
やっぱりそこを気にするよね、旋頭コーチなら。
「えー、バニーズは現在、ぼ……私が引退したことも手伝って、全体的な年齢層が若くなっております。もちろん、実力主義より年功序列を優先するわけではありませんし、有望な若い選手が中心であることは躍進の前兆でもあると捉えております。しかし、そのためにも必要なのは『純粋な実力』のみならず、『チームを牽引していく力』もまたそうです」
「……!」
「前体制での方針だと、確かに若手選手を発奮させ『純粋な実力』の向上を促すのには適していたと思います。ですが、これからのフェーズでは、自主性を促し、選手それぞれが自分の力をチームの中でどう活かすのかを考えられるようになることが必要だと私は認識しております。拮抗した戦力同士であれば必然的に工夫が勝敗を分つ要因になり得ます。そして、レギュラー組や若手組が関わる機会を作ることで、それぞれが別視点から相互の成長を促せる……そういう機会の創出にもなり得ます。その第一段階として、今回はこのような戦力配分といたしました」
「…………」
「……!」
旋頭コーチが小さく手を叩くと、それに促されるように、拍手が広がっていった。
「理解しました。ありがとうございます」
「ど、どうも……えー、他に何かございますでしょうか?」
「投手陣の起用についてですが、先発候補を主に選出しているように見受けられます。これについては?」
「そうですね。ご周知の通り、現在の我がチームの課題は『先発ローテーションの再整備』がその1つとなっております。リリーフ陣については起用を補完する形でじっくり見極めていくとして、オープン戦までは先発候補の競争の機会創出にリソースを割いていきたいと考えております」
「有川はセカンドでの起用を中心に考えているのでしょうか?」
「はい。正確には『セカンドとセンター、捕手陣の補完』ですね。昨年のドラフトで念の為三遊間を守れる内野手を補強しておりますが、実際に起用できる見通しは立っておりません。なので現在セカンドでの起用が中心になっている徳田くんもショートに回せるようにして、その補完として有川くんをセカンドで先発出場させる頻度を増やしていくことになると思います」
あらかじめ用意していた答えを引き出して、どうにか乗り切っていく。
「他に何かございますでしょうか?」
「……はい」
次に手を挙げたのは振旗コーチ。
「2組に分けたことで戦力の分散になってるけど、それでも月出里がクリーンナップなのは何で?去年の成績から言っても開幕1・2番候補筆頭ってとこでしょ?」
……弟子の処遇だからってことかな?
「1・2番に関しては赤猫くん、徳田くん、相模くんなど候補が多くいますので、その子達との併用も想定して、というのが主な理由ですね。月出里くんの適性などに関しては確かに昨シーズンの活躍である程度見えてきた部分はありますが、それでも彼女の可能性をさらに広げるという意味でも、この機会に今までとは異なる形での彼女を見ていきたいと思います。もちろん、他の選手に関しても同様にそういう形で起用できればと思います」
「……なるほど、ありがと」
『わかった』じゃなく、『ありがとう』、か……
確かに彼女は去年の傾向から言っても、正直スラッガーとしての適性は薄いように思う。あれだけの身体能力を以ってしてもホームランが0本という結果以前に、どうも打球を上げるのが苦手っぽいしね。あれだけの走力と出塁能力の高さも見せつけられたんだから尚更……
だけど、あの"名将"をして"驚異的"と言わしめた彼女の可能性を僕も信じたい。『長打力不足』という、僕が選手として入団した頃より前から続いてるバニーズの長年の課題を解消したいっていう打算も込みでね。
・
・
・
・
・
・
「ふぅ……」
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
ミーティングが終わって、僕と旋頭コーチ……明日の両軍のトップだけが少し居残り。
「受け答え、なかなか堂に入ってたじゃない」
「用意してた答えですけどね……」
「それで良いのよ。『想定できる事態に備える』。監督に必要不可欠な資質よ」
「……その答えも用意してたんですか?」
「それが『人を信じる』ということよ」
「あの拍手も?」
「正論も、周囲から支持されてなきゃ通らないものよ。こういう仕事場に限らず、社会全体もね」
「……ありがとうございます」
「無理やり擁立する形になっちゃったから、これくらいはね」
「そのために、あえて保守的な質問を?」
何だかんだで、前体制からの要職だしね。
「私個人にそういう本音が全くないわけじゃないけど、何より"勘違いしたバカ"にはなってほしくないからね」
「と言うと?」
「これも野球の監督に限らず政治・経済の世界とかでもそうだけど、前体制の否定を最大の目的にして革新したような気になって、肝心の結果を疎かにしてきた事例なんて、歴史上いくらでもあるわ」
「確かに……」
「だけど、月出里の起用法を聞いて安心したわ」
「そこまで意図したわけじゃないですけどね……」
「それで良いのよ。自然体でそうであるなら尚更好ましいことよ。『柳監督みたいに』、なんてする必要はないわ。あの人だって何よりも結果を求めてるはず。だけど、あの人が築き上げたものを根腐れさせるようなことはしないでね?」
「……そのつもりです」
柳監督とは去年一昨年とやけにベンチで話す機会が多かったけど、今を思えばきっとあの頃からこうなることを想定してたんだろうね。そのために僕に少しでも経験値を積ませて……随分期待してくれたものだよ。
だけど、重荷だとは思わない。立場を変えての再戦のチャンスだと僕は捉えてる。やってみせるさ。




