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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第七十九話 新体制(3/4)

******視点:宇井朱美(ういあけみ)******


「ふぃーっ……」


 キャンプ2日目、どうにか完走……いやー、キッツイっすねぇプロの練習。

 まぁでも、今日はようやく月出里(すだち)さんの練習見れたし、充実してたっすね。あんなちんちくりんなのに気持ち良いくらい打球飛ばしまくって……

 自分だってプロ入りが決まってから今日に至るまでに木製バットで練習したり色々準備してきたっすけど、あの境地にはまだまだ至れそうもないっすね。金属よりズシっとくるあの感覚、どうにも慣れないっす。


「……ん?」


 部屋に戻る途中、月出里さんよりちんちくりんな、青緑色のおかっぱの子。随分可愛い子っすね。見学に来たファンが紛れ込んじゃったんすかね?


「もしもし。キミ、迷子っすか?」

「はぁ!?そんなわけないだろ!!?」

「ああ、やっぱりこういう状況だと気が立っちゃいますよね。大丈夫っすよ!お姉さんがお母さん達のところに連れてってあげますから!」

「……何を勘違いしてるのか知らないけど、おれ、ここの選手なんだけど?」

「え!?」

「きみ、ルーキーの宇井(うい)でしょ?おれは山口恵人(やまぐちけいと)

「ちょ、ちょっと待ってください……!」


 カバンの中に入れてた小さい選手名鑑を急いでめくって探す……ホントだ。4年目の山口(やまぐち)さん……20cmくらい下から睨みつけてきてるこの顔、写真と同じ……


「すすすすすみませんでした!早合点でした!!」

「今後は気をつけてよね?同い年だけど、おれの方が先輩なんだから」

「は、はい。失礼しました……今後は"山口先輩"と呼ばせていただきます」

「ん、許す」


 『中卒でプロになった人がいる』ってのは聞いてたっすけど、まさかこの人とは……こういうそそっかしいところも、どうにかしてかないといけないっすよね。


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******視点:山口恵人(やまぐちけいと)******


「ナイスボール!」


 いつも通り二軍でスタートの春季キャンプ8日目。明日からの紅白戦、先発のチャンスは貰えなかったけど、白組で登板、最大3イニングの確約をもらった。今は明日に向けて調整中。

 先発ローテの空き枠、確かにそれなりにあるけど競争相手も多い。今ここにいるというのも1つのディスアドバンテージと言える。まずは他の候補を巻き返す。

 何せ、選手としてはもう一緒にプレーはできないけど、今年からも伊達(だて)さんと戦えるんだから。バニーズの辛い時代をずっと戦ってきたあの人を、監督としてだけでも勝者にしたい。もちろん、おれ自身ももっと上を目指したい。

 そのために、オフに課題を片付けてきた。やってみせるさ……!


「お疲れ様です」

「ん?」


 クールダウン中、声をかけてきたのはスタッフの人。この人って確か……


「覚えていらっしゃいますか?」

「……あ、確か有川(ありかわ)さんのチームメイトだった……」

「はい。覚えて頂いていて光栄です。梨木真守(なしきまもる)です。お久しぶりです」


 アマチュアなのに、嫌味ったらしくおれよりもずっと背が高い。でも穏やかな表情で手を差し伸べられたら、礼儀でその手を握り返さなきゃいけないよね。


「お久しぶりです。そう言えば前に『球団スタッフになりたい』って言ってましたね」

「ええ。幸いオーナーと縁があって、今シーズンからこの球団のデジタル分野全般に携わらせてもらえることになりました」

「デジタル分野……最近話題になってる『HIVE(ハイブ)』とか?」

「いえ。バニーズでは『HIVE』は導入してません。前々から『トラッキングシステム』を運用しております」

「ああ、そう言えば去年そんなこと聞いたかも……どう違うの?」

「正直、決定的なのは『CODE(コード)のサポートを受けれるか』くらいですね。速報性についてもカメラを設置して画像解析ツールを追加すれば問題ありませんし。あと後発の分、向こうの方が性能面で若干優れている部分もありますが、既存のものでも必要最低限のことは十分できます。もちろん、サポートがない分、扱いは必然的に難しくなってしまいますが……」

「そのための梨木さん、ってこと?」

「そういうことです。もし機材やデータに関することなどでお困りのことがあったらぜひ僕の方までお願いします」

「ん、ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」

「明日投げるんですよね?開幕先発ローテ入り、頑張ってくださいね」

「ありがとうございます!」


 まだ高卒1年目の年頃のおれがこんなこと言うのは変な話だけど、時代は変わったね。妙にハイカラな機材を導入するのが当たり前になって、それに伴ってそういうのの扱いに長けてるアマチュアがプロの現場に介入しやすくなって。

 ……別に差別するつもりはないけどね。ただ、それでもプロの勝負はあくまでプロ同士のもの。そういう機材だって、あくまでアプローチの1つ。本物のプロなら時代や環境なんか関係なく一流になれる。伊達さんだってそう。正直ずっとレベルの低い球団にいても、他の球団の人達と渡り合ってきたんだから。

 できることなら、おれはそういうプロでありたいね。


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