第七十八話(第二章最終話) 背番号25(9/9)
2月1日。今年も宮崎で春季キャンプ。
秋季キャンプの時と同じく、行き帰りは優輝と一緒。
「だ、大丈夫……?」
「全ッ然」
シーズンへの不安だってもちろんあるけど、今はそれよりも目の前にある恐怖。ほんと飛行機は嫌。いつも通り、蛹や繭みたいに毛布にくるまって身を縮こませてる。
でも……
「絶対離さないでね?絶対だよ?」
「わかってるよ」
毛布にくるまって隠れた手を、優輝がこっそり握っててくれてる。これだけでも今までよりはマシ。
「優輝。給料倍出すから、ワープ装置とか開発してくれない?」
「打撃投手にどれだけ求めるの……?」
「じゃあ代わりに撫でて」
「……うん」
毛布でくるまってると、周りの目も気にせずこういうこともできるしね。ケケケケケ……
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ようやく到着。わけあって練習開始よりだいぶ早い時間。
「おっす」
「お久しぶりです!」
「お疲れ様です!」
「あ、お疲れ様です」
プロ3年目にもなれば、スタッフの人も含めて顔と名前が一致する人が増えた。
「あ、火織さん!」
「逢ちゃん、久しぶり」
「体調、もう大丈夫ですか?」
「あ、うん……まぁ(どっちも)大丈夫だよ……」
「?」
何か歯切れが悪い。氷室さんも秋季キャンプで落ち着きがなかったし、どうしたんだろ?
「おはよう」
「おはようございます、伊達さん……あっ」
「ハハハ!良いよ、その呼び方のままで。まだまだお飾りみたいなものなんだしね」
「はぁ……」
プロに入って初めて試合をした時のチームメイトでもある伊達さん。今年からも一緒に戦えるのは嬉しいんだけど、まさかこんな形になるなんてね……
「月出里選手、おはようございます!」
「あ、おはようございます」
「それでは準備ができましたらお願いします」
「はい」
集合時間はまだだけど、早めに着替え。今年からの背番号がプリントされた新品のユニフォームに袖を通す。
去年の活躍で、練習や試合以外も忙しくなってしまった。今日なんか練習前に取材。アポ取ってたからまぁ良いんだけどね。
そして立場が立場。今年からはもうちょっと対応とか気をつけなきゃね。新しい監督に迷惑をかけないためにも。
「お待たせしました」
「あ、どうも!月出里選手、お忙しいところありがとうございます!」
「いえいえ」
待ち合わせ場所に入ると、さっきの記者の人。用意されたパイプ椅子に腰をかける。
「えー、それでは早速始めたいと思います。本日はよろしくお願いします」
「お願いします」
ボイスレコーダーらしきもののスイッチを押して、手帳を取り出す。
「それではまず、今シーズンからは伊達新監督の下、ペナントレースに挑むわけですが、伊達監督とは昨年まで選手同士としてどういったお付き合いをされてましたか?」
「んー、あたしは入団したての頃はほんとにペーペーでしたから、伊達監督はほんと雲の上の存在みたいな感じで……でも入団してすぐに紅白戦でチームメイトになって、それで話してみるとすごく気さくな人で。野球についても学ぶところが多くて、去年なんかも一軍上がりたてで右も左も分からない時に色々教えてもらったり、スランプの時にはアドバイスももらったり、とにかくお世話になりました」
「なるほど。そういう意味でも指揮官として信頼が置けそうですかね?」
「そうですね。あたしはプロに入るまであんまり強いチームでプレーしたことがなくて、プロに入ってからも一軍の監督という意味では柳監督しか知らないので良い悪いとかはわからない部分がありますけど、伊達さん個人の下で働くことに関しては特に不安とかはないですね」
「昨シーズン、月出里選手は史上最年少の盗塁王など飛躍の年になったかと思いますが、今シーズンはどういうところに目標を置いていきたいとお考えですか?」
「実はオフの野球教室で同じこと聞かれたんですけど、とにかくホームランが打ちたいですね。高1の時以来1本も打ててないので」
「そういう方向にモデルチェンジしていきたいと?」
「というよりも原点回帰ですね。あたしも本当、プロに入るまで盗塁王を獲れるとか全く考えてなくて。もちろんこれからも走れる時は走っていきたいですけど、できることを増やしてアピールしていく意味でも、今年は特に打つ方に力を入れていきたいですね」
「今回の春季キャンプでもそういうところをアピールしていくということですかね?」
「はい。今年から一軍でバッティングを教えることになった振旗コーチやスタッフの人達の力も借りながら、まずは去年までの課題をクリアしつつ、次のステップに進みたいなーって」
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「では最後に、月出里選手は今シーズンから新しい背番号を背負ってプレーされますが、この背番号に変えた理由など教えていただけますか?」
「前の背番号の『52』って、ドラフト下位指名だったから球団から用意された番号の中から選んだんですけど、実はプロに入るなら『3』か『25』をいつか付けたいなーって思ってて」
「その番号の組み合わせの意味は?」
「あたしの誕生日です。3月25日生まれなので。まぁ野手のスターを目指すならどっちかと言えばやっぱり一桁の方が良いかなーって思ってたんですけど……」
「バニーズの『3』と言えば相沢選手ですね」
「そうなんですよね。あの人の番号は流石に横取りできませんよ」
「『52』もバニーズ出身の樹神選手の次ということでなかなか重みを感じますけどね」
「それと赤猫さんの『53』の間ですね。樹神さんも赤猫さんももちろん尊敬してますけど、どちらも1番打者ってイメージが強いじゃないですか」
「ああ、先ほどの『打つ方に』という意味でも……」
「そういうことですね。樹神さん達みたいな方向性で期待してもらえるのはそれはそれで嬉しいですけど、どうせ期待してもらうならこの機会にってことで、空いてた『25』をもらいました」
「『3』も『25』もどちらもスラッガーのイメージが強い番号ですよね。『3』は月島終身名誉監督ので、『25』はシャークスの天竺選手とかジェネラルズの篠花選手とか……」
「日本でもそうですけど、メジャーでもフェニックスとか。せっかくこういう日に生まれてきたんだから、やっぱりそういう意味を後付けしていきたいなーって」
「月出里選手は入団間もない頃に体力テストの結果でも一部界隈を賑わせたりと、身体能力の高さには定評がありますよね。去年までの守備走塁に加えて打つ方も磨いて、万能な選手になることはファンにとっても望むところじゃないでしょうか?」
「そうだったら嬉しいですね。そのためにも、まずはオープン戦なりでそれ相応の結果を出していきたいです」
「私も応援しております。月出里選手、本日はありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
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「ん〜っ……」
取材を終えて、身体をほぐしながら集合場所を目指す。首をほぐすついでに、胸元の番号を見る。確かに去年までと違う番号。欲しかったスラッガーらしい番号。
去年までで一軍に慣れられたのは儲けもの。今年からはチームがガラリと変わる。すみちゃんに雇われてプレーしてる以上、あたしだけが活躍すれば良いってものじゃない。後輩もまた増えるんだし、そろそろチームを引っ張ることも少しは考えなきゃいけない。"不人気"はプレーする上で便利な部分が多いけど、"負け犬"とその仲間で居続けるわけにはいかないよね。
「逢ちゃーん!」
「よう、重役出勤か?」
「取材だよ取材」
「稼ぎ頭は違うねぇ」
「奢らないよ?」
「「ええーっ……」」
グラウンドに入ると佳子ちゃんと神楽ちゃんの出迎え。口ではこんなこと言ってるけど、別に妬まれてるわけでもなく単なる軽口だってわかる。
去年は色々膿も出せたんだし、今年はこういうチームメイトと一緒に何事もなくプレーに集中したいなぁ……
次回は番外編。その次から新章突入。
第三章 オーバーダイブ




