第七十八話(第二章最終話) 背番号25(8/9)
******視点:月出里逢******
「今日、秋季キャンプ中に契約更改を行い、新たに1年契約を結びました月出里選手。高卒2年目の今シーズンは122試合に出場し、史上最年少の盗塁王に輝くなど、飛躍の1年となりました。レギュラー定着が期待される来シーズンは、400%アップとなる年俸推定3000万円で更改」
「柳監督からチャンスを多くもらえたおかげで、それなりに結果は残せたと思います。まだまだ自分が目指すべきところに届いてないので、慢心せずに来シーズンに向けて動いていこうと思います」
「また、来シーズンからは新たな背番号を背負って……」
「全然空振りしてくれない上に、出たら出たで走ってくるから本当に鬱陶しい」
「盗塁もすごいんだけど、三塁打の時はいっつも『もう着いたのか』ってなる」
「一塁出た時に話とかさせて欲しいのにさっさといなくなる。ほんと悲しい」
「僕の時は牽制いくらしても躊躇なく走ってくる。気配もないしほんと嫌」
「10代なのに塁上の駆け引きがほんとベテランみたい」
「プロ野球なんでもランキング、走塁部門。2019年のNo.1に輝いたのはー……?」
「ちょうちょ」
「月出里逢」
「逢ちゃん」
「バニーズ、月出里逢!今シーズン、史上最年少の盗塁王に輝いたスター候補が、2位の招福とわずかに2票差を付けて第一位!41盗塁を決めながらも盗塁成功率は驚異の9割超え!」
「こう、バッター勝負に集中してるとあっという間に二塁盗られちゃうんですよね。実際に二塁三塁盗まれなくても、塁にいるだけで本当に嫌になる。常に喉元にナイフを突きつけられてる感じ」
「月出里選手は昨年、長打力部門で1票だけ投票されたことで話題になりましたが、今シーズンは別部門のNo.1となりました!初の盾を受け取った月出里選手は……」
「去年適当に受け答えしてすみませんでした」
「一言目がまさかの謝罪!」
「あたし自身は本当チキンなので、塁に出てプレッシャーかけたりっていうのは自分に向いてないと思うんですが、こうやって同じプロの人達に評価してもらってっていうのは本当に光栄なことだと思うので、来年も無理なく、走る方でも頑張っていこうかなって思ってます」
「……何してるの?」
「んー、撮り溜めしてた録画の整理」
もうとっくに年を越して、2020年1月。去年と同じく、オフは可能な限り実家でのんびりと。
相変わらず借家暮らしだけど、家具はどんどんアップデートされて、リビングのテレビの画面も4倍くらいの大きさになった。それと新しく買った録画用のHDを使って、お母さんはいつもあたしがテレビに出てるのを残してるみたい。
「何か観る?」
「ううん、良いよ使ってて」
確かにあたしが買った物だけど、あたしの物のつもりはないし。お父さんとお母さん、こうでもしないとなかなか物を新調しないからね。
「……あ」
スマホのCODEの着信。相手は優輝。と言っても、内容は他愛ないもの。優輝がお昼に作ったカレーの話。おせちもいいけどカレーもね、ってことかな?
「〜♪」
でもこういう何でもないのが嬉しくなっちゃうんだよね。電気ケトルのお湯で溶かした粉末緑茶を飲みながら感想を返信。お母さんはこっちを見ずにまだリモコンをポチポチと。
……何の脈絡もなく、また際どい写メ送ってからかおうかな?ケケケケケ……
「……逢」
「何?」
「あんた、また男を知ったでしょ?」
「ぶっ!!!」
いきなり図星を突かれて、思わず吹き出しちゃった。
「んっふっふ……やっぱりそうなのね」
「……もしかしてスマホ見た?」
「そんなことしなくてもねぇ。あんたのことであたしが見抜けないことがあると思う?」
「…………」
「帰ってきたのに、いつもほど純にベタベタしてないから、どっか別のとこで発散してるじゃないかってね」
「……まぁ、ね」
「いつからよ?」
「去年、シーズンが終わってから」
「どんな子?」
「……良い男だよ。顔も中身も」
「それなら安心。また前みたいなしょうもないのに騙されてたらどうしようかと思ったわよ」
「言われなくても、あんなの二度とゴメンだよ」
「で、一番肝心なとこだけど……どこまでやったの?」
「何でそんなの知りたがるの?」
「面白いからに決まってるじゃない」
この妖怪紫ババァめ。そういうとこやぞ。そりゃあたしだって優輝と2人の時は容赦ないけど、そういう時の状況を家族に話せるほどあたしは神経太くないよ。
それに……
「……のっぴきならない事情があるから、思ったほどじゃないよ」
「あら意外。どういう事情よ?」
……ま、いずれお母さん達にも関係のある話になるんだし……
「実は……」
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「めんどくさ」
「でしょ?」
「でもそれだけ惚れたってことなのよね?」
「……まぁね。ゴメン、みんなも巻き込みそうで……」
「あんたが中学くらいの頃と比べたら何てことないわよ」
「ありがと」
「でも、そういう話なら今度帰る時かまた球場行く時にでも紹介しなさい」
「そうだね。ゴメン、さすがにウチに連れてくるのはまだ早いかなって思って」
「『おぼっちゃまはこんなボロいところお気に召さないかも』とかも?」
「……そういうのもあるかな」
「あんたが惚れた男はそんなみみっちいこと気にするような奴なの?」
「違う……と思う」
「まぁどのみち、そう断言できる程度になるまではお預けでいいと思うわよ?あたしとしてはつまらないけど」
「……そうだね」
「でもあんたのことだからそれなりのことはもうやってるんでしょ?あるいはいきなり最後までやろうとしてたり?んっふっふ……」
「ノーコメントで」
ほんと、嫌なところでも鋭いんだから。
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