第七十八話(第二章最終話) 背番号25(7/9)
******視点:赤猫閑******
12月1日。あたしの地元、愛知県の総合公園にある野球場。
この時期は毎年恒例の野球教室。人数があまり多くなりすぎないように保険料の名目で少しばかり参加費を出してもらってるけど、人件費やら場所代やらも考えたら儲けどころか赤字しか出ない慈善事業。
「お、おい!あそこにおるの……」
「誰だ?えらい綺麗な人だけど……」
「知らんのか!?今年リプで盗塁王獲ったバニーズの……えっと、ちょうちょだっけ?」
「バーカ!月出里逢だよ!!」
「バニーズの選手なんて赤猫さんしか知らん。サラマンダーズが一番に決まっとる」
だから、同じプロが指導役を手伝ってくれるのは正直かなりありがたいこと。やってることがやってることだけに、毎年手伝ってくれる人なんてなかなかいないしね。
「投げる時は肘を投げる方に向けるのを意識して……」
「こうですか?」
「うんうん、良い感じ」
「んーっ……」
「辛いけど頑張って。内野の守備は腰をしっかり落とせるかが肝だからね」
ちょうちょちゃんは約束通り来てくれて、しかもかなり積極的に教えてくれてる。普段塩対応だから子供達にもっていうのが正直心配だったんだけど、終始笑顔で対応してるし、案外子供は普通に好きみたいね。
ただ……
「ちょっとスイングの時に身体が突っ込んじゃってるかな?」
「うぇっ!?」
「あたしが支えててあげるから、下半身から動かせるように、ゆっくりやってみようね」
「え、えっと……」
「どうしたの?」
「いいいいえ!何でもないです!!」
(やば、めっちゃ良い匂い……っていうか頭の後ろ、当たってる……)
(ケケケケケ……優輝を置いて1人で来て正解だったね)
どうも男の子相手には不自然なくらいにスキンシップを取ってるのよね……それもどうも可愛いめの子ばかり。大人しい子だと思ってたけど、実は結構業の深い子なのかしら?
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「……はい!それでは次に今回のゲスト、月出里選手への質問コーナーです!」
練習の後は恒例の質問コーナーとか写真撮影とか、ファンサービスの時間。司会のおばちゃ……お姉さんも毎回助かるわ。
「はい!彼氏はいますか!?」
「秘密ですが、通算では2人です」
「彼女はいますか!?」
「そういうのが好きそうなチームメイトはいます」
「どんなタイプのピッチャーが苦手ですか?」
「うーん……投げた球の軌道が予測しづらいピッチャーですね。アルバトロスの鹿籠さんとか……」
「野球以外の趣味は何ですか?」
「美容と筋トレと作業ゲーですね。皆さんも日焼け止めはしっかり塗った方が良いですよ」
「バナナはおやつに入りますか!?」
「中学の頃は夕飯だったこともありました」
「上手く盗塁できるようになるにはどうすれば良いですか?」
「それ、赤猫さんの時に聞いた方が良くなかった?」
「「「「「アハハハハ!!!」」」」」
「まぁ強いて言うなら、ちゃんと塁に帰れるギリギリまでリードすることですかね?」
「同じチームの選手では誰がタイプですか?」
「山口恵人さん(即答)」
「プロ野球選手以外の将来の夢は何でしたか?」
「玉の輿です」
「来年の目標を教えてください」
「ホームラン王……とまではいかなくとも、とりあえずホームラン1本打ちたいです。マジで」
「貴女の肌がとても白く美しいので、奥様が貴女のファンデーションを知りたいと仰ってます」
「ファンデーションは使ってません!」
受け答えを見る限りでも結構冗談が通じるタイプっぽいし、ほんとに単にテレビとかに出るのが嫌なだけなのね。
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「んん〜っ……」
「お疲れ様」
「あ、お疲れ様です」
野球教室が終わって、身体をほぐしてるちょうちょちゃんに声をかける。
「今日はありがとね。片付けまで手伝ってもらって」
「いえいえ、楽しかったですよ。これであの盗塁の分返せたのなら安いものです」
「閑ちゃーん!ちょうちょちゃーん!」
「今日はありがとなー!!」
「うん!みんなも気をつけて帰ってね!」
最後まで残ってた子供達が帰るのを、ちょうちょちゃんと一緒に笑って手を振って見送る。
「子供、好きなのね」
「別にそういう嗜好じゃないですよ?可愛い男の子の記憶の中に今の可愛いあたしという存在を永遠に残したいとか、それでその子の異性の好みの基準をあたしにすることで女として優越感に浸りたいとか、ただそれだけのことですよ?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
想像を遥かに超える業の深さだったわ。
「まぁ(1割)冗談ですけど……弟と妹がいますからね。年下の相手は苦じゃないです」
「今の時代にしては子沢山ね。ご両親もご健在?」
「はい。地元の埼玉の方に」
「そう……」
「赤猫さんって毎年こういうイベントやってるんですよね?」
「ええ。まぁ社会貢献の一環でね」
「子供達、みんな赤猫さんを慕ってましたね」
「そうね。サラマンダーズの本拠地近くなのにありがたい話だわ」
「そう言えば赤猫さんってお子さんいましたっけ?」
「いいえ。結婚はわからないけど、子供を産む気はないし、育てる気もないわ」
「……まぁ……今の時代、そういうの珍しくないですよね」
「貴女のお母さんってどんな人?」
「え?そうですね……ガワだけはあたしにそっくりな人です。中身はあんまり似てないですけどね。とにかくナルシストで、スケベで、妙に勘が鋭くて、やたら前向きで」
いや、中身も結構似てる気がするんだけど……
「好き?嫌い?」
「……まぁ、嫌いじゃないですよ。どんな時でもお父さんやあたし達を裏切らない人ですし……」
「あたしは母親がとにかく最低なクソ女でね」
「え……?」
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『すまん、すまん閑……!』
『パパ、どうしたの……?』
『はーい、そろそろお時間ですよー』
『痛ッ……!』
『お、おい!そんな乱暴に……!』
『はぁ?もうアタシら赤の他人っしょ?命令してんじゃねぇよ』
『ッ……!それもこれも、お前が……!!』
『はいはーい、アタシが悪いですー。でも親権はアタシのもんだから。母親優先の帝国万歳ってカンジ?wwwwwwwwというわけで、来月からこの子のためにも振込よろしくねーwwwwwwww』
『ぐ……ッ!』
『パパ……』
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『オラ、さっさと盗ってこいや!逃げ足だけがテメェの取り柄だろうが!!』
『ひっ!ごめんなさい!ごめんなさい!』
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『くそッ!どこ行った!?』
『ものすごいすばしっこい子だったわね……あっという間にいなくなっちゃったわ』
『あのガキ、そういやこの前ブラックリストで見たような……』
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『た……ただいま、ママ……』
『ギャハハハハwwwwwww大丈夫大丈夫!あの粗チン野郎、稼ぎだけは良いからwwwwwww血の繋がってないガキのためにATM乙ってカンジwwwwwww』
『おいおい、そんな大事な金ヅルちゃんをパシリに使って大丈夫なのかよ?wwwwwww』
『まぁ死んだら死んだで保険金に化けてくれるしwwwwwwwというわけで来週ワイハね、ダーリン♪』
『……!!!』
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『閑!?どうしたんだ、こんな時間に……!!?』
『パパ!パパ!……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!』
『何じゃ!?』
『母さん、閑が……!』
『!!!とにかく家に入りゃあ!』
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今こうやって普通の大人になれて、盗むのも塁だけで済んでるのは、本当じゃないお父さんとおばあちゃんのおかげ。赤の他人のあたしをあのクソ女から離してくれて、大学まで行かせてくれて。
お父さんは離れ離れになってからあたしのために働きすぎて、あたしがプロになる前に……そのくせあのクソ女はまだ生きてるんだからね。おかげでFA獲れても地元に戻れやしない。おばあちゃんにだってなかなか会えない。
だからあたしはプライドを捨ててこの子に手を貸した。生きてる内に恩を返せないのがどんなに辛いかは嫌というほど知ってるから。
人間に限らず、生き物って難儀なものよね。父親はわからなくても、母親は確実にわかる仕組みになってて。あたしの半分はあのクソ女でできてるっていうのだけは確かなんだから。
「そんなクソ女から生まれたあたしが母親になったら同じように子供を不幸にしてしまわないかって話だし、よしんば良い母親になれても自分の子をあたし自身と比べて妬んでしまわないか、そういうのが不安でたまらないのよ」
「…………」
「この前の柳監督みたいに、どんな人でもいつか必ず死ぬ。だから人は命を繋がなきゃいけない。あたしは直接繋がなくても、繋ぐ手伝いができれば十分」
あたしみたいな子があたしよりも堕ちないようにも、ね。
「……すみません」
「あたしが勝手に話したまでよ。気にしないで。ただ……」
「?」
「貴女がもし将来子供を産むんだったら、良いお母さんになってね」
「もちろんです」
人間としては親になれなくても、できることなら選手としてはあたしと同じような子が後から出てほしいって気持ちはあるんだけどね。そういう子にあたしのテクとかを教えて……でもこの子はそうなれそうな感じはするけど、そうなるつもりはないみたいだからね。
だからせめて、こういう思いだけは残したい。血の繋がりなんてなくても大切なことを伝えてくれたお父さんのように。
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