第一話 月出里逢は私と出逢い、そして巣立ちを迎えた(4/4)
彼女は、月出里逢は、これまでで唯一、私に明確に「敗北」を認識させた打者。小学生の時に野球を始めて高校までずっと投手をやってきたんだから、当然敗戦投手になったり、ホームランを打たれたりしたことは何度もある。
だけど彼女から浴びたたった1本のホームランは、それまでのものとは全く違ってた。バックスクリーンを超えるどころじゃないくらいの飛距離ではあったけど、それ自体が問題なんじゃない。配球を考え抜いて、全力で投げたストレートだったけど、それ自体も問題じゃない。もっと根本的に、あの時までの私では太刀打ちできない巨大な力があった。
彼女は私にとって一番追い求めてやまなかった存在であり、強すぎる薬でもあり、毒でもあった。アイツがいなかったら、きっと私は立ち直れなかった。
だから、今の私は私の為にも、本当に百年に一度であっても替えがきかないかもしれないあの未完の大器を、あの天才を、誰にでもわかる世界最強の打者に仕立て上げる。仕立て上げなきゃいけない。
全ては私が思い描いた理想のために。
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久しぶりに庭で少しキツめの練習をしたものだから、結が私の重りマシマシのバットを見て目を丸くしてた。
「ねーちゃん、何でそんなバット平気で振り切れるんだよ……」
純にも引かれた。純も少しだけ野球をやってた時期があったけど、ピッチャーだったから仕方ない……のかな?
「おう、今帰ったぞー!」
「娘ー!息子ー!生きてるかー!?」
お父さんとお母さんが揃って帰ってきた。ちょうどお腹も空いてた。
すっかり乾いたお皿に、いつもより少し豪華に盛り付けられたおかず。多分プロ入りできなかったらできなかったでってことで今日はご馳走にしてたんだと思う。結にはもう台所関係で教えることはなさそう。
「そうか……!良かったな、おめでとう!」
「えへへ、ありがと」
お父さんはもう十分に動けるようになった。だからご飯をまたいっぱい食べても体型はキープできると思う。せっかくの良い男だしね。
「しっかしホントにアンタがプロになれるとはねー」
「もー、あたしだってびっくりしたんだから」
からかってるけど、お母さんの顔はいつも以上に嬉しそう。よくあたしと姉妹と間違われるくらいだから、余計に子供っぽく見える。でも多分ウチでは今までで一番お母さんが苦労したと思う。その分、あたしも頑張らなきゃね。
「『世界で最強のスラッガー』……か」
「お父さん……」
お父さんはやっぱり少し悲しそうな顔をした。だけどやっぱり、お父さんはお父さん。
「俺とお前とじゃ道は違うが、辿り着くところは同じだな。お前ならきっとやれる。いや、むしろやってみせてくれ。それが、今の俺の親としての願いだ」
「……うん!」
電話台の横にある写真に目をやった。10年くらい前に、家族で海に行った時の写真。お父さんもだけど、特にお母さんは地味になった。だけど、それはあたし達の為。さっきは諦める為に覚悟を決められたんだから、こうなったらその分以上に諦めない為に覚悟を決めよう。
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月出里逢は私と出逢い、そして巣立ちを迎えた。
誰もが知る彼女は、誰も知らない誰かだった。
彼女自身にとっても、私自身にとっても、そして誰しもにとっても、月出里逢という存在の本当の大きさは『未知』のものだった。