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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
497/1155

第七十八話(第二章最終話) 背番号25(4/9)

******視点:月出里逢(すだちあい)******


 11月2日、高知県。恒例の秋季キャンプ。


「おはようございます」

「おはよ、(あい)ちゃん!」


 練習開始前にまずは参加メンバー全員集合。あたしとドラフト同期の人達は全員参加。


「おはようございます」

「あ、卯花(うのはな)さん。おはようございます」

「逢〜、ま〜た同伴出勤かぁ〜?」

「え、えっと……」

「まぁね」

「……否定しないんだな」


 そりゃ恋人だし、このキャンプ中くらいにやるであろう契約更改の後にはあたしの専属になるんだからねぇ。まぁまだ言えない、言えないよねぇ。本当は自慢しまくりたいんだけど。ケケケケケ……


「あ、お疲れ様です」

「おう、お疲れ」


 氷室(ひむろ)さんも来た。今年は百々(どど)さんと2枚エースとして活躍してたのに、ほんと熱心な人……ん?何か違和感が……


「おうおう篤斗(あつと)火織(かおり)はどないしたんや〜?」

「いっつもベッタリやのになぁ〜。ん〜?」

「え、えっと……火織はちょっと体調不良で参加できねぇみたいでな……」


 冬島(ふゆしま)さんとリリィさんの絡みで焦る氷室さん。

 あ、そうか。火織さんがいないんだ。参加者リストに名前なかったっけ?あの人なら一応セカンドのレギュラーは安心だろうけど、去年より成績が落ちたのは事実だし、何より氷室さんが来るのならサボるとは思えないんだけど……


「……ほんまに何もないんやな?」


 氷室さんの様子から何かを読み取ったのか、一転して真剣な口調で尋ねるリリィさん。


「ああ、火織は多分大丈夫だ……」


 ……火織さん『は』?


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******視点:徳田火織(とくだかおり)******


 あっくん達は今頃もう高知の方で練習を始めてるだろうけど、アタシは自宅待機。アタシは別に何ともないんだけどね。アタシは……

 ノートパソコンのオンラインミーティング越しで、三条(さんじょう)オーナーに事情を説明。


「……本当なんですね?」

「はい。さっき診断書の画像を送ったと思いますが……」

「ええ、そちらは確認しております。にわかには信じ難いことだったので……」


 そりゃあねぇ。必死で隠してきたし。春先に夢中になってしすぎたせいで去年のバテた時以上にダメになって二軍落ちしちゃったりしたけど、外でのデートはほぼやらなかったし、その辺はとにかく気をつけた。

 でももうどうしようもないよね。できちゃったんだし。


「いつからその様なご関係に?」

「えっと……今年の頭くらいから……」

「今、体調はいかがですか?」

「あ、それは大丈夫です。まだ2週間ほどみたいなので」

「ちゃんと避妊はされてたのですよね?」

「ええ、まぁ……」


 ごめん、嘘。シーズン中はちゃんとしてたけど、先月、シーズンが終わってからはね……


「……結論から申し上げますと、我が球団は生まれてきた命をどうこうできる権利など当然持ち合わせておりません。婚姻に関しても個人の自由の範疇。(いな)とは言えませんし、私個人としても大変喜ばしいことと存じております。ですが、ご懐妊とご結婚についてはこちらの都合が付くまでは一切公表しないこと。ご理解いただけますね?」

「はい、もちろんです」


 それなりに長く"あっくんの女"やってきたんだから簡単に想像できるよ。『同性ファンが修羅と化す』って。これだけでも大事(おおごと)になるのは目に見えてるし、しかも今年のバニーズは不祥事続きだったからね……


「それと、契約更改がまだなので詳細は伏せますが、徳田(とくだ)選手は編成上、来季の戦力として計算しております。もしこのまま出産されるのなら、球団としては『人工母胎(エッグ)』での出産を強く要望させていただきます」

「はい、そのつもりです。移植手術に関しても主治医と相談済です」


 文明の利器様サマ。大昔、ものすごい天才が体外出産できる機械とか生理の体調不良を極限まで和らげる薬とかを発明したおかげで女性選手が活躍できる様になったって話だけど、あっくんに惚れるまでは生理はともかく妊娠出産で恩恵に預かる日が来るとは思ってなかった。


「最後に繰り返しとなりますが、本日のこの相談内容も含めて、この件に関しては秘密厳守でお願いします。内部外部問わず」

「もちろんです。主人にも強く念を押しておきますので」

「そうしていただければ幸いです。それではこの辺で。手術日までくれぐれも身体を大事になさってくださいね」

「はい。本日はありがとうございました」


 退出してパソコンも閉じて、左薬指を囲う光沢を眺める。こんな時しか嵌められないから、思う存分堪能しておきたい。


「ふふふっ……」


 こんな時に笑っちゃいけないんだけど、あっくんのこと、"主人"って言えちゃったからね。3年くらい前のアタシに『今はもう人妻』なんて言っても、多分信じてくれないと思う。


 お腹を撫でても感触じゃわからないけど、『いる』っていう認識がそのまま温度になってるみたいな、そんな感覚。

 ほんとアタシってば悪い女。年季の入ったチェリーボーイだったから簡単に騙せてしまった。『今日は大丈夫』って嘘吐いたのは墓場まで持っていくつもり。その分、枯れちゃうくらい尽くしまくるつもりだけど。

 こんなお母さんでごめんね。でも付き合う様になってからはきちんと将来のことを話し合ってきたつもりだから。女に生まれたからには最後までアタシのお腹の中で育てたいって気持ちもあるけど、やっぱり色々汚れてると思うし、どんなことがあってもキミを育てられる様に稼いでおきたいし。

 あっくんの赤ちゃんだから、たとえお母さんがアタシじゃなくても、色々と大変なことが多いと思う。でも絶対、幸せにしてみせるから。男の子だったらあっくんみたいに心も体もかっこいい子に育ててみせるし、女の子だったらアタシと違って賢くて節度のある子に育ててみせる。

 あっくんと同じくらい、この世の誰よりも愛してみせるから。


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