第七十八話(第二章最終話) 背番号25(1/9)
******視点:三条菫子******
10月5日、柳監督の葬儀の次の日。天王寺の小洒落たレストラン。
記者会見やら何やらバタバタしてたけど、奇しくも大阪に帰ってきたことで、久々に逢と直接話す時間が取れた。
「盗塁王おめでとう」
「えへへ……ありがと。ところで、ちょっと一つ折り入って話があるんだけど……」
「?何かしら?」
「ゆう……卯花さんをあたしに下さい」
「は?」
何言うとんねんコイツ。
「……私、あの子の親戚であって親とかじゃないんだけど……」
「ああ、ゴメン。今はそういう意味じゃないよ」
『今は』……?
「卯花さんって、球団スタッフってことはすみちゃんとか球団に雇われてるってことだよね?」
「ええ、まぁそうだけど……」
「でもあたしとしては卯花さんにはこれから先も打撃投手を付きっきりでやってほしいんだよね。これからのオフとか。だからあたしが直接雇うようにしたくて」
「随分と買ってるわね」
「そりゃあれだけ良い練習相手なかなかいないもん」
「でしょうね。あの子、打撃投手としては天才的だから。っていうか『もらう』ってそういう意味だったのね」
「んー、いずれは別の意味でももらうつもりだよ?」
「え……?それってつまり……」
「うん。先月末から付き合うことになったから」
「マジで……?」
「マジだよ」
まぁ確かに、この前の誘拐騒ぎの時まで私と優輝の仲を疑われて露骨に避けられてたけど……
いや、それよりも……
「あのね、逢。優輝は実はね「聞いてるよ。卯花さんの身の上」
「……え?聞いたの?」
「うん、なりゆきで」
「じゃあ尚更何でよ……?」
「実は……」
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「なるほど。確かにそれならあの子の家から遠ざけられるわね。でも大丈夫なの?一応血縁者という事実は消えないわけなんだし……」
「大丈夫大丈夫。ちょっと面倒が増えるだけで、目指すことは変わらないからね」
「……ま、私個人としても球団スタッフとして生涯孤独にってことにはなってほしくないし、貴女がそうしてくれるならありがたい話だわ。OK、卯花優輝の移籍を認めるわ」
「ありがと!」
思ったよりも人生設計しっかりしてるわねこの子。元々優輝はこの子の成長を促すつもりで色々仕込んだんだし、こういう形なら願ったりだわ。
「それにしても、貴女って意外と旺盛なのね……そりゃ優輝は身内の贔屓目抜きでも相当な色男だと思うけど、まさか手を出すとは思ってなかったわ。それもこんな面倒な事情込みで……」
「あたし、男関係はストライクゾーンが狭いだけで本当は積極打法なんだよ?普段優輝とどう過ごしてるかも聞きたい?」
「いえ、遠慮しておくわ……」
ちょっと妬んじゃいそうだしね。優輝個人がどうとかじゃなく、私だってたまには良い男と遊びたいし。
「まぁ何にせよ、私としては優輝があの家から解放されるならそれが何よりだと思ってるわ。優輝は球団の所属から外れちゃうけど、貴女自身は球団に所属してるんだし、何か困ったことがあったら言いなさい。法律関係なら三河さんに頼ってくれても構わないわ」
「ん、それじゃ早速聞きたいんだけど……卯花さんのお給料ってどのくらいにしたら良いのかな?」
「一応、球団スタッフとしての打撃投手の相場は大体年500万から800万ってとこね」
「意外と高いね……」
「まぁ球団スタッフって用具係とか色んな業務を兼任してるのがほとんどだから。トレーナーとか通訳とかも総じて普通の会社員とそんなに変わらないくらいだけど……選手個人の雇われだったらその選手の活躍具合に比例して変動するってパターンもあるわね。今メジャーにいる幾重光忠の通訳の人なんかもそんな感じみたいよ」
「ああ、あの人……つまり年俸の何%とかそんな感じで良いのかな?」
「そうね。サポートする選手が活躍すれば自分の給料にも反映されるんだから、モチベーションにもなるはずだしね」
「なるほど、確かに……あ、でもあたし今のところ600万円プレーヤーなんだよね。流石に今年増えるよね?一軍でタイトルも獲ったんだし」
そういえばそうだったわ。もう査定はある程度決まってるから査定後ので考えてたわ。
「安心しなさい。契約更改までは具体的な数字は教えられないけど、打撃投手1人くらいなら相場で雇える程度には出すから」
「良かったぁ……」
「そういうことだったら、とりあえず優輝の移籍は貴女の契約更改後ってことで良いかしら?」
「そうだね。それでお願い」
「OK。契約更改もなるべく早くできるようにするわ」
「ありがと」
「……そう言えば去年、吉備から聞いた話だと即決したみたいね?それは確かにこっちとしてはありがたいんだけど、貴女も誰かを雇ってお金を稼ぐ以上、今後はその辺も考えた方が良いわよ。ただでさえ野球以外の仕事は断り気味なんだし」
「良いの……?」
「何でもかんでも私のイエスマンである必要なんかないわよ。私は月出里逢というプロ野球選手を雇ったんであって、奴隷を買ったつもりはないんだから」
「…………」
「前に優輝が攫われた時もね。気持ちは嬉しいけど、もうちょっと自分を大事にしなさい」
「うん……」
「やらかした私が言うのも何だけどね……今年の桜井鞠の件は失策続きで貴女にも迷惑をかけたわ。本当に申し訳ないわ」
「気にしないで、そのことは……」
……ほんと、何でもかんでも私の言いなりになりすぎよ。貴女に求めてるのはそういうのじゃないのに……
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