第七十六話 『さよなら』を言葉にするんじゃない(3/4)
******視点:月出里逢******
9月21日、試合前。
卯花さんの球は確かに打ってて良い練習になるんだけど、そもそもは打つべくして投げてる球。全力で投げてもプロの球威には流石に及ばない。
前の弱点発覚でよくわかったこと。それは、あたしはどうも良くも悪くも慣れるのが早いってこと。だからあんまり卯花さんの球ばっかり打ってても、そっちに慣れすぎて肝心の本番で打てなくなる気がする。
元々、投球練習を見て球筋に目を慣らす練習はそこそこやってたけど、これを機にその頻度を増やすようにした。まずは卯花さんの球を打って、その後実際のプロの球を見て、自分の中で打ち方を擦り合わせる。残念ながらまだそこまで結果は出せてないけど、それでも前のギリギリ捕られまくってた頃よりはだいぶマシ。
「失礼しまーす……」
そんなわけで、今日もブルペンにお邪魔させてもらったんだけど……
「「「…………」」」
一番手前に早乙女さんの姿を確認できたけど、投手と捕手の声の掛け合いどころか、投球がミットを叩く音さえも聞こえない。静まり返ったブルペンの中でほとんどの人が注視してる先には、山口さんと……伊達さん!?
「早乙女さん」
「お、おう……」
「何で伊達さんがここに……?」
「……『山口の球を捕る』って聞かねーんだよ」
「!?いや、でも伊達さん……」
「そうだよ。昨日腰やって救急車に運ばれたよ……あーしの目の前で」
伊達さんが差し出したミットを時々開閉して投げるように促す中、山口さんはしかめた顔でそれを見つめるばかり。
「さぁ……投げるんだ!」
いつも人当たりの良い伊達さんが珍しく荒めに声を張ってる。それを聞いて観念したように、山口さんは黙って投球動作に入るけど……
「…………」
投げられたのは、体調を慮るような緩い球。最近の山口さんがよく投げてるっていうスローカーブとかそんなんじゃなく、本当に単なる山なりの球。ミットを叩く音も虚しさを表すように小さい。
球を捕って、そのままの体勢で動かないままだったけど……
「!!?」
ゆっくりと立ち上がって、返球。怒りに任せたからか、腰の痛みが響いたからなのか、勢いよく投げられた球は山口さんの手の届かないでたらめなところに行ってしまった。
「恵人くん!何だその球は!?一軍の舞台で、ファンの前で、そんなふぬけた球を投げるつもりなのかい!!?」
マスクを外して、怒声。伊達さんのこんなとこ、初めて見た……
「で、でも……」
「『でも』じゃない!投げるんだ!!」
「……ッ!そんなことしたら、伊達さんが……」
「構うものか!結果は大して変わらないんだ!どうせなら筋を通して終わるべきだろ!?」
!!!
「……恵人くん。キミも男で、プロだろ?なら意地を張らなきゃいけない時だってあるだろ?」
「…………」
「もし本当に悔いを残したくないというのなら、ただ黙って本気で投げるんだ。『自分の成長を示す』という最低限だけでも果たすためにも。それが僕にとっての何よりの餞別になる。『さよなら』を言葉にするんじゃない。プロなら行動で、結果で示すんだ」
そう言って、顔をしかめながら、また座ってミットを前に出す。
山口さんは意を決したような表情をすると、近くにあったボールじゃなく、敢えてさっき投げたボールをすぐに取りに行く。
「さぁ来い!」
フォームを確認するためなのか、その一瞬一瞬を惜しんでるのか、いつもより気持ちゆっくりとした投球動作。そこから投げられた1球は、確かに以前よりも明らかに鋭くなったストレート。それを示すかのように、今度はいっそ気持ちが良いくらいにミットが鳴った。
「……それで良い。それで良いんだ……ッ……!」
立ちあがろうとしてよろける伊達さんを見て、山口さんも、あたし達も伊達さんのところへ駆けつける。
だけど真っ先に駆けつけた山口さんが手をかざしてあたし達を制して、伊達さんに肩を貸した。こればかりは譲れないと言わんばかりに。
「最高の1球だったよ、恵人くん。きっと僕が捕ってきた全ての中で一番の球だった」
カッコつけたばかりなのに、その言葉を聞いて、山口さんはボロボロと泣き始める。
「……伊達さん。本当にもう、終わりなんですか……?」
「とっくの前から終わるはずだったんだよ。タイミングが悪すぎただけさ」
「嫌だ……嫌だ……!そんなの、嫌だよ……!!」
「僕だってそうだよ。だけど、こうなってしまったんだ」
「う゛っ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!」
「だけど僕は、キミのおかげでここまで保ったんだと思う。腰をやった後でもここまでやれたのは恵人くんのおかげだ。ありがとう」
わんわん泣き続ける山口さんの頭を伊達さんが撫でてなだめる。みんなそれを見てるだけしかできなくて……
「ッ……ぐすっ……」
早乙女さんなんかはもらい泣きしちゃって。
でもきっと、あたしもそう。
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