第七十六話 『さよなら』を言葉にするんじゃない(1/4)
また時を遡り、ジェネラルズ優勝決定の2日前。
******視点:山口恵人******
「次は、あべの橋。あべの橋……次、停まります」
「おいおい、次終点やん!」
「ええやん、押したかったんやって」
9月19日。ずっとファーム生活のおれだけど、今日は久々に天王寺の方へ。
「ご乗車、ありがとうございました。終点、あべの橋、あべの橋です。お降りの際、お忘れ物なさいませんよう、ご注意下さい」
ただ、一軍が今遠征中だけど、二軍が代わりにサンジョーフィールドで試合をやるわけじゃないし……
「なぁなぁ姉ちゃん、髪めっちゃ綺麗やな。今からちょっとお茶せぇへん?」
「すみません。おれ、男なんで」
「……アリやな」
「おれはナシです」
チャラチャラと駅チカの繁華街を遊び歩くわけでもない……やっぱ今年のオフ、免許取りに行こうかな?不人気球団は必要以上にマスコミとかファンとかに囲まれたりしないから練習に専念できて良いんだけど、この本拠地の目と鼻の先で、おれがプロ野球選手であることも性別も周知されてないのはさすがに危機感のようなものも覚える。
「すみません、山口です」
「……はい、どうぞ」
守衛さんの許可をもらって、サンジョーフィールドの中へ。今日は一軍も二軍も遠征で、おれは投げない。明後日ついに一軍デビュー、それも先発で。明日から一軍はしばらくホームゲームだから、空いてる今日のうちにこの球場でプレーする感覚を掴んでおく。
一軍はまだ順位が完全に決まったわけじゃないけど、Bクラスはほぼ決定的。しかも今年は試合以外でも色々あったからね。月出里さんの一軍復帰と言い、雨田さんのことと言い、客の機嫌取りの一環ではあるんだろうけど、去年と違ってきちんとノルマを達成した上での昇格。ケチなんて付けさせない。
「ふふっ……」
まずは1人でウォーミングアップ。だからこういう感情を我慢しなくて良い。
昨日今日の遠征ではどうも伊達さんは試合にはほぼ出ないっぽい。ローテ通りならおれの次に氷室さんが投げるから捕るのはきっと冬島さん。つまりおれの登板日は伊達さんがスタメンマスクの可能性が高い。
……ようやく、伊達さんとの約束を果たせる。あの腰の状態だから間に合わないかもって心配だったけど、ギリギリセーフかな?
きっと驚いてくれるだろうなぁ。投球スタイルを変えて結果を出せるようになったおれに。
気が逸らないように、ストレッチに集中する。こんなところで怪我なんてできないもんね。
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******視点:伊達郁雄******
9月20日。今日からしばらくサンジョーフィールド。ブルペンで試合前の投球練習。
昨日までの遠征中は隠居気分でいさせてもらったけど、今月末までは結構忙しい日程。これ以上楽はさせてもらえない。
「早乙女くん、僕が捕るよ」
「あざーっす!」
利用するようで気が引けるけど、スピードがある左の早乙女くん。実戦感覚を取り戻す気付け役としても、明日のスタメンマスクに備えるのにもちょうど良い。
「伊達さん、ご機嫌っすね」
「明日はカミさんと娘が久々に観に来てくれるんでね」
「……それと、山口っすよね?」
「知ってたのかい……?」
「あーしだって元々万年二軍でしたからね。山口が投げてるつもりで捕ってやってください」
「……悪いね」
「良いんすよこれくらい」
柳監督が休養に入る前にわざわざ旋頭コーチに伝えてくれてたみたいだけど、粋なことをしてくれる。早乙女くんも然り。これで恵人くんとの約束が果たせる。
「次、ラストっす!」
「ナイスボール!」
「あざっした!」
さてと……恵人くんに勝ちを付けるためにも、久々にホームランを2桁に乗せるためにも、ちょっとバットも振っておこうかな……
ッッッ!!!??
「あがあああああッッッ!!!!!」
「だ、伊達さん!?伊達さん!!!」
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