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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
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第七十五話 慎ましい奴(2/4)

綾瀬(あやせ)!綾瀬がここでマウンドに向かいます!!」

「この状況でですか……」


「エース様のお出ましじゃあああ!!!」

「綾瀬!綾瀬!綾瀬!綾瀬!」

「え?投げる予定あったの?」


 アタシの炎上ですっかり場が白けてたのに、球団の大ベテランの突然の登板で再び球場が沸く。でも何でここで綾瀬さんが……?

 アナウンスの通り、綾瀬さんがリリーフカーに乗って登場。アタシのいるマウンドへ向かってくる。


「よう妃房(きぼう)。お疲れさん」

「えっと……すみません。こんな状況で……」

「それは別にええ。ただ……」

「ただ?」

「罰として今日は相手打者より味方投手のことよう見とけ」

「…………」

「何、後悔はさせへんって」

「わかりました……」


 ま、今のアタシじゃわがままを言う資格なんてないかな……


「2番ライト、■■。背番号■■」

「5-1でなおもツーアウト一三塁。マウンドには綾瀬小次郎(あやせこじろう)。プロ28年目、今年46歳の現役球界最高年齢選手。プロ入りからシャークス一筋でチームを日本一にも導き、通算奪三振数は歴代10位、積み重ねた勝利の数は174。まさに"横須賀の行ける伝説"」


 約束通り、ベンチに戻った後はマウンドの綾瀬さんを注視。いつもなら降板しても相手の打席ばかり見るんだけどね。

 綾瀬さんはおっかない見た目をしてる割にはお人好しで有名で、一応コーチなのに普段アタシにもあんまり口うるさく言わない。そんな人が珍しくアタシに厳命。なら仕方ないよね。


「引っ張った!」


「「「げっ!!?」」」


「ファール!」

「ファールボールにご注意ください」


「あっぶねぇ……」


 多分シュート。引っ張らせてカウントをって言うのは想定通りだと思う。決して甘いコースでもなかった。それでもポールに近い危ないとこ。

 ジェネラルズファンの家で育ったから、若い頃の綾瀬さんのことも知ってる。右投手で、全盛期でもまっすぐは150もいかなかったけど、抜群の制球力でカットやシュートを駆使するから、四球がとにかく少ない。いざとなればスローカーブで緩急を付けたり、フォークで三振も狙える。アタシとは真逆の、とにかく器用さが売りのピッチャー。

 確かにアタシはどっちかといえば右投手を参考にした方が良いんだけど、これだけタイプが違うんだったら……


「ボール!」

「落とした!しかし見送ります!」


「■■でも振らんのか……」

「やっぱ綾瀬もう今年限りなんかなぁ……」


「サインが決まりません……」

(へっ、デカいの打たれて(きゅう)したか。バッターにいっぱいいっぱいで隙だらけだぜ……ッ!!?)


 !!?


「!!ここで一塁……」

「アウトオオオオオ!!!」

「戻れません騒速(そはや)!牽制アウト!」


「「「「「おおおおおおおッッッッッ!!!!!」」」」」


 すご……気配を感じなかった……


「これでスリーアウト!5回の表、5-1!!シャークス、打ち込まれましたがまさかの形で攻撃を切りました!!!」


「「「綾瀬!綾瀬!綾瀬!綾瀬!」」」

「やっぱり綾瀬がエースじゃないか(テノヒラクルー)」

「これは50まで現役ですわ(テノヒラクルー)」


 決して良くないゲーム展開だけど、久々に実戦に戻って結果を出したレジェンドを讃えるように、ナインがベンチに戻った後もコールが鳴り止まない。


「どうやった?」


 当たり前のようにアタシの隣に座る綾瀬さん。


「最初からアレが狙いだったんですか?いざ牽制球を投げるまでは一塁を全く見なかったのも……」

「半分天下りしたただのお飾りやと思うなよ?今でもいつでも投げれるように相手の走り方の癖も見てるし、元々牽制は大得意やし」

「……さっきのを参考にしろ、ってことですか?」

「んー、まぁそれもあるんやけど……」


 頭をかきながら次の言葉を考える。


妃房(きぼう)。お前って慎ましい奴やな」

「……え?」


 慎ましい……?


「今まで言われたことないか?」

「いえ……」


 むしろその逆。アタシほど欲張りな投手なんていないくらいに思ってるのに。


「投手にとって一番基本的な仕事。それは打者を打ち取ること。そこは間違いない。投げる球は俺よりもお前の方が遥かに上。それも間違いない。牽制も結局は打たれた後、出してしまった後のリカバリーに過ぎんのやからな」

「……でも、必要ですよね」

「先々週のバニーズ戦でそう思ったんか?」

「はい……」

「まぁそれはええこっちゃ。でもそれって、要はコテンパンに負けて信念の一部を曲げただけやろ?」

「……そうですね」

「お前がどんな経緯で投手になったんかは分からんけどな、俺は投手ほど奥が深くてやりがいのあるポジションはないと思っとる。ただ単に良い球投げるだけやなく、それを制球したり、ペース配分も考えたり、打たれた後に傷口を広げないように工夫したり。やらなアカンことが多いからこそ、得意不得意があったり、逆に何かが苦手でも他で補えたりもできる。そこで投手って奴に『個性』を生んでる部分があるのは間違いない」

「……綾瀬さんも、ですか?」

「せやな。俺も若い頃は必死こいて速い球投げようと躍起になってたこともあったわ。そこを割り切ったおかげで、今もこうしてどうにかやれてるわけや」

「…………」

「せやけど、そこで言う『個性』ってやつは、ある意味で『完璧』を阻んでるものでもある」

「……!」

「ぶっちゃけ"完璧な投手"ってのは、要は"投手に要求されるすべてのスキルを備えてる奴"やからな。要は究極的に『無個性』な存在。プロ野球ってのは見世物の一面があるから、ある意味困った存在でもある」

「結構なことじゃないですか」


 アタシはあくまで良い打者と勝負したいだけ。プロになったのはその手段でしかないんだから。


「『個性』の塊のままなのにか?」

「……!」

「やりたいことだけやって、頑張りゃできることをやらないままで妥協して。せやからお前を『慎ましい』って思ったんや」

「…………」

「確かにお前みたいな球、たとえ今から若返ったとしても投げれる気がせんけど、それでも俺は打者を打ち取ることも、それ以外の投手の仕事も全部妥協してへん。今もなおな。せやから俺は投手としてお前に負けたと思ったことは今まで一度もあらへん」

「…………」

「どうせカッコつけたいなら、どこまでも『無個性』な奴になったらええやん。『打者に勝てるのはそれ以外を妥協してるから』とか言われても、悔しくないんか?」


 ……痛いところを突いてくれる。勝ち負けにケチがつくのは……

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