第七十四話 どうしても欲しいもの(8/9)
「9番ショート、月出里。背番号52」
「ゲームは6回の表の攻撃に入ります。1-0、ビリオンズのリード。この回の先頭打者は月出里。およそ3週間ぶりの一軍復帰となりました。第一打席はサードゴロ」
「抹消前と同じで、振りも当たりも良いんですけどねぇ……」
「まーた聖域やるんかぁ……」
「Bクラス確定って言ってもなぁ」
「やっぱ今年いっぱい二軍漬けでよかったんちゃう?」
「今のビリオンズ相手じゃ何やっても轢殺されるだけやしなぁ」
「仮に勝ってもヴァルチャーズ助けるだけであんまり得ないし」
二軍落ちする前からだけど、ビリオンズもあたしの対策をキッチリ取ってる。元々内野の固さは球界トップクラスだから、やっぱりどうしても速度が要る。5人で守る一塁から三塁までの円弧を、3人だけで支える扇を破る速度が。
(さぁて、とりあえずセオリー通り行くか……)
オフにメスゴリラ師匠……綿津見さんに教えてもらった『ぼんやりとした正解』。あれのおかげでバッティングの方向性を視えるイメージに頼りすぎず、ある程度自分で考えられるようになった。
「ファール!」
「一塁線!切れましたファール!」
(やっぱ外ッ側なら流すんやな)
だけど振旗コーチに言われた通り、そのせいでヒットになる方向ばかりに偏ってしまってた。アウトになりたくない気持ちがこういうところにも悪い方に滲み出てた。
そう言えばあたし、高校の時にも川越監督にも言われた。『バントは上手いのに進塁打を打つのが下手』って。実際、あの対策立てられた後にゲッツーばっかりで、あたしの根っこにある"打ちたがり"なところを痛感した。守備でゲッツー取るのも苦手だし、ほんとあたしってチームプレーとかそういうのには向いてないんだと思う。
「ボール!」
「外!外れました!」
それでももちろん、チームが勝つことに自分なりに貢献する。"打ちたがり"なら"打ちたがり"なりに責任を持って、誰よりも打てるようになる。
試合で積み重ねたヒットの数が絶対に減らないように、積み重ねたアウトも絶対に覆らない。でも練習なら、どっちを積み重ねようが関係ない。打った結果が何であろうが、上手くなればどっちだって構わない。『練習でヒットを打てなければ試合でも』っていう考えもよぎりはするけど、結局練習は手段。
卯花さんがここ最近投げまくってくれたおかげで、堂々と『わざとアウトになる』こともできた。試合じゃ絶対にできない経験。プロに入ってからずっと崖っぷちだったから尚更できなかったこと。
(どっちかと言うとインコースの方が打てるみたいやけど、ここは膝下のツーシームで2つ目取っとくか)
あたしの対策は『ヒットになる方向にしか強い打球がいかない』っていう前提があるせいか、内側に来た時にサードとショートが三塁寄りに踏み込むのは同然のこと、セカンドとファーストも二塁寄りに来る。
ならば……!
「インコース!詰まって……」
(え……?)
「セカンド抜けた!」
「「「「「おおおおお!!!!!」」」」」
「セーフ!」
「ライト前!月出里、復帰1試合目で結果を出しました!」
「どん詰まりでしたが、流石の打球の速さですねぇ……赤藤でも追いつけないですか……」
「やはり筋肉は全てを解決する……(テノヒラクルー)」
「やっぱちょうちょは必要やな(テノヒラクルー)」
「これは"天王寺の怪童"(テノヒラクルー)」
久々に堂々と踏めた一軍の一塁。思わず拳を強く握ってしまう。
狙い通り、『あえて右方向』。もちろん引っ張った方がもっと強い打球が打てるんだから、本来ならショートやサードの正面を意識すべきなんだろうけど、そうするとどうしても身体が視えたイメージをなぞりにいってしまう。つまり、前までみたいに『ヒットになる方向』にばかり打とうとしてしまう。この根深さを、卯花さんとの練習をやってて改めて痛感した。
でもあえて効率の悪いやり方を求めれば、その分、自分自身でいろんなことを考えなきゃいけなくなって、無意識に頼りにくくなる。他の人にとってはマイナスな部分の方が大きいけど、あたしにとっては違う。"あたしの中のあたし"に抗うための手段になり得る。
(今のバッティング……もしかして弱点を克服したんか?)
まぁ元々ノックとか得意だけど、あたしだって一軍の投手相手に常に狙った方向に正確に打てるわけじゃない。第一打席だって同じようにやってサードゴロだったんだし。やっぱりできるだけ思い通りの方に打つにはどうしても運と、投手への『慣れ』がなきゃできない。弱点を克服したわけじゃなく、サイコロに勝てる目が少し増えた程度。多分残り10試合ほど、前の調子の良かった時ほど打てる自信はない。
それでも、塁に出られる確率が少しでも上がるなら今はそれでいい。
「セーフ!」
「ここで一塁へ牽制!」
(ヒットはこの際しゃーない。優先すべきは『ヴァルチャーズと競り勝つためにも今日の試合を落とさない』のと、『味方のタイトルを守ること』。走らせはせんで)
「セーフ!」
しつこく牽制。当然の処置。盗むことにかけては臆病なあたしはマークが強いと走らない。今まで通りなら確かにそうしてたし、できることならそうしたい。
「ボール!」
(念の為ウエストしたけど、リード幅もそんなに大きくない……いけるか?)
だけど同じビリオンズの投手でも、牽制とクイックは三矢さんほどじゃない。
それに、シーズン最終盤の試合は中止とかで流れた分の消化が中心。あまり連続して同じ相手と勝負しない。ビリオンズとの試合は今日が最後じゃないけど、このカードはこの1試合のみ。
「!!一塁ランナースタート!」
(このタイミングで……!?)
(やば……!)
「セーフ!」
「送球間に合いません!盗塁成功!!これで今シーズン38個目ッ!!!」
「さすちょう」
「ええでええで!」
「まだまだ盗塁王ワンチャンあるで!」
温存してた手札の切り時。去年の二軍戦、すみちゃんの前で披露した『無拍子盗塁』。いくらあたしの瞬発力でも本気でスタートするよりはどうしても少し遅くなっちゃうから結構リスキーなとこもあるけど、あたしのことを他の球団がある程度理解した今なら逆に活かせる。
詰まった点差だから向こうの招福さんも走る可能性は大いにあるけど、今日も含めた残り10試合でどうにか追い抜いてみせる……!
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