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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
475/1152

第七十四話 どうしても欲しいもの(5/9)

「肩は大丈夫?ちょっと投げとく?」

「一応作ってきましたけど、軽く何球かお願いします」

「ふふっ、あんたとキャッチボールなんて久しぶりね」


 ……『あたし専属』。好みの男があたしだけの……ケケケケケ……

 ってのはひとまず置いといて、卯花(うのはな)さんがコーチと肩を作ってる間にあたしも打席に入る準備。見てる限り、投げ方と捕り方は素人じゃない。身体そこそこ鍛えてそうだなぁとは思ってたけど、まさか野球経験者とは。


「ナイスボール!」


 コーチがキャッチャーみたいにホーム後ろに座って、マウンドから卯花さんの1球。ちゃんとストライクゾーンに入ってるっぽい。フォームも今時の、セットポジションから癖のない右のスリークォーター。明らかに投手経験者のそれ。

 念の為ヘルメットは被るけど、まぁそこまで心配はいらないかな?


「月出里さん、お待たせしました。こっちは準備OKです」

「あ、はい。こっちも大丈夫です」

「何かリクエストありますか?」

「えっと……とりあえずまっすぐだけ適当に散らしてください」

「わかりました!」

「月出里。まず最初は適当に打ち返せば良いわ」

「はい」


 最後の仕上げなのか右腕を一回転させてから、L字の防球ネットを飛び越すように、要望通りまっすぐ。


「……っし!」

「ナイバッチです!」


 内寄りにきたからか、無意識に引っ張って多分レフト前。

 体感だとスピードは多分110か120くらいかな?普通の高校球児くらい。球筋も悪くない。きちんとスピンがかかって程よくノビを感じる、人間の投手が投げるまっすぐ。


「スピードもこのくらいで良いですか?」

「大丈夫です。続けてください」


 2球目以降は淡々と打ち返す。たまにストライクゾーンから外れるけど、選球眼を確かめる意味でもちょうど良い。やっぱり速いばっかりのマシン打ちより、バッピ相手に打つ方が相手の呼吸や拍子を読む感覚が掴めて良い。

 でも改めて意識してみると、本当にあたしの良い当たりはヒットになるべくしてなってるものが多い。それに、実戦じゃないし防球ネットもあるからあたしも気兼ねしてるつもりはないんだけど、とりあえずで打ち返してるとピッチャーの正面の方に全然いかない。


「変化球何投げれます?」

「投げるだけなら大体いけますけど……キッチリ制球ってなるとスライダーとカーブですかね?フォークも一応……」

「じゃあその辺適当に混ぜてください」

「はい」


 変化球もきちんと制球できてる。球威も中学高校くらいなら通用するかなぁってくらい。実戦感覚を取り戻すのならちょうど良いくらい。


「オッケー!いったん中断ね」


 打席を外して、近くに置いてたボトルで水分補給。


「どうかしら?優輝(ゆうき)の球」

「うーん……まぁ普通に良い感じ、ですけど……」


 こう言ってはなんだけど、プロの現場で働くバッティングピッチャーって大体元プロだからね。怪我とか歳とかのっぴきならない事情で引退しても、このくらいの球は投げられる。


「『何でこれがとっておき?』……ってところかしらね?」

「……まぁそういうことです」


 やっぱり鋭い。『好みの男があたし専属』っていうのだけは最高にイカしてるけど、それ以外は正直他のバッピとの違いは特にない。


「そうね、その辺納得いかないわよね……優輝、次は『スイッチ』でお願いできる?」

「はい、いけます」

「え……?『スイッチ』……?」


 グローブを外して、同じく水分補給してた卯花さん。小脇に挟んでたグローブをベンチに置いて、そこに置いてたもう一つのグローブを……右手にはめた?


八縞(やしま)さん、10球ほどお願いします」

「わかったわ」


 右手にグローブをはめたということは、当然ボールを握るのは左手。


「……よし!」


 左手でボールを一度弾いて、コーチとキャッチボール開始。もちろん、そのまま左投げで。


「ナイスボール!」


 防球ネットを裏返して、左でマウンドからラスト3球。ちゃんと投げれてる……


「えっと、コーチ。卯花さんって、もしかして……」

「そうよ、優輝は右投げ寄りの両投げ。両利きなのは私似かしらね?」


 初めて見た……存在は聞いたことあったけど。


「またまっすぐ続けますか?」

「はい、お願いします」


 左投げでも、フォームはさっきのを鏡写しにした感じ。癖のないセットポジションからのスリークォーター。スピードもキレも、右より少し落ちるかなぁってくらい。


「左でも変化球投げれるんですか?」

「右ほどアレコレってわけではないですけど、スライダーとカーブなら何とかいけます」

「じゃあ混ぜてってください」


 ほんとに来た……やっぱり球威は右より少し落ちるけど、それでもきちんとゾーンに投げられてるし、打つには困らない。


「器用ですね、卯花さん……」

「えへへ……ありがとうございます!」

「ふふっ、優輝はこんなものじゃないわよ?優輝、ちょっとサイドもやってくれる?」

「はい」

「え?サイドって……」


 構えはさっきまでと同じ。だけど腕の振りはさっきまでより低い。やっぱり予想通り、サイドスロー。


「…………」


 球威もほとんど落ちてない。横振りの分、さっきまでのストレートよりちょっとシュートしてる感じはあるけど、違和感のない一球。


「こんな感じで、優輝は多少の得意不得意はあるけど、左右どちらでも投げられるし、フォームのバリエーションも多彩。制球だってストライクゾーンを通すくらいはできる」

「……オーバーとかアンダーもできるんですよね?」

「できるわよね?優輝」

「そうですね……左だとアンダーはちょっと厳しいですけど、他なら何とか。プレートの位置を変えたり、二段モーションにしたり、細かい部分もある程度工夫できます。スピードは頑張っても右で130ちょっとくらいですけど……」


 すごい。これなら……


「1人でいろんなタイプの投手を想定して練習できる……」

「そう。これなら特定の投球パターンに慣れることも難しい。本番を想定しつつ、あんた自身も打ち方のパターンを常に工夫し続けることができる。これからのあんたの課題は、『優輝を相手に、今までの打球方向の偏りをなくしたバッティングができるようになること』」

「……卯花さん」

「何ですか?」

「『あたし専属』、なんですよね?だったらいつでも……」

「あ、はい。すみちゃんからもそう頼まれてます」

「ッ……!」


 やった……!


「熱心なのは結構だけど、優輝の都合も考えなさいよ?」

「もちろんです。卯花さん、今日まだ投げられますか?」

「はい。右も左もどっちもいけますよ」

「じゃあもうちょっとだけ付き合ってください」

「はい!」


 顔と口だけ……じゃないみたいだね。確かにこれは良い練習になる。

 投げ方が変われば呼吸も拍子も微妙に違ってくる。試合で言えば常に第一打席の気分。元々あたしも最初の方の打席はあんまり打てないって自覚があったから、そういう意味でもありがたい。


 これで少しでも改善して……!


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