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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
471/1157

第七十四話 どうしても欲しいもの(1/9)

******視点:月出里逢(すだちあい)******


「すみません、ご迷惑をおかけしました……」

「オーナーから事情は聞いたわ。今回のことは仕方ないわよ」


 8月23日。二軍球場の監督室。すみちゃん……もとい、卯花(うのはな)さん拉致事件の後。

 病院に行ったり警察で取調を受けたり、今は球場に戻って旋頭(せどう)コーチに無断外出の詫びを入れて、もうすっかり夜。すみちゃんや卯花さんと改めて話をする余裕なんてなかった。


「怪我の具合は?」

「これ、診断書です。脳に異常は見つからなかったみたいですけど、傷の完治まで半月くらい、それと頭の怪我は急性出血の危険性があるから今日から一週間はなるべく安静にって言われました」

「……まぁ危ない橋を渡った割には無事みたいね。今回の件、上がどう判断するかはわからないけど、私達からは特に罰を与えるつもりはないわ。ただ怪我が怪我だから、しばらく試合には出られないものだと思っていてちょうだい。練習も今日から一週間、ボールやバットを使うものは極力避けて、傷の治療を最優先にすること」

「はい……」


 まぁそうなるよね。こうやって命拾いした以上、やっぱり野球を頑張らなきゃいけないのにね……


「……貴女、正直今プレーのことで色々煮詰まってるでしょ?」

「え……?あ、はい……」

「毎日毎日継続するのはもちろん大事だけど、全く同じことを繰り返しててもそれに慣れすぎて却って伸び代がなくなることもある。こういう時はいったん目の前の問題から離れて息抜きした方が、逆に物事を客観的に見られることもあるわ」

「……そんなものですかね?」

「半分事実、半分気休めってとこね。今はどうしたって目の前の問題に手がつけられないんだから、プラスで考えられるならそれに越したことはないでしょ?」

「そうですね……そう思うようにします」

「診断書、コピーしても良いかしら?」

「はい、どうぞ」


 サンジョーフィールドのと比べて、こっちの監督室は事務所っぽい感じ。コーチの趣向なのかはわからないけど、本棚のスペースが多くて、事務用品も一通り揃ってる。こういうところにいると、あたしもプロに入らなかったらこういうところで働いてたのかなぁとか何となく考えたりする。


「……貴女、(やなぎ)監督のところによくお見舞いに行ったりメッセージのやり取りをしてるらしいわね?」

「!ええ、まぁ……」

「なら最近の状態も知ってるわね?」

「……はい。あれって……」

「そうね。もう長くないわね」

「…………」

「と言っても、今でも時々正気に戻るんだけどね。その時に言ってたんだけど、柳監督、貴女とのやりとりを喜んでたわよ」

「え……?」

「どのみちあの人の性格的に、直接は言わないだろうからね。『ずっと現場を離れてたから、今の若い選手で自分にこれだけ構ってくれるのは月出里(すだち)だけだ』って言ってたわよ」

「……そうなんですか」

「私もそのことは感謝してるわ。ありがとう」

「ど、どうも……」

「確かに結末は変わらないだろうけど、過程は変わってる。貴女がそうしてくれることで、柳監督にとってプラスに働いてる。貴女の行いは決して無駄ではないわ」

「…………」

「練習にしたってそうよ。今の貴女の状況、投手の私から見てもなかなか打開できる状況じゃないのはわかる。でも、たとえ一つの解決策が身を結ばなくても、『その解決策では解決できない』ということだけはわかる。他にもその過程から学べることもある。何かを励むことにプラスが生まれないってことはありえないわ」

「……!」

「指導者として特定の選手にばかり肩入れするつもりはないけど……私は柳監督を信じて戦ってきたから、その柳監督が最後に期待する貴女を私も期待してるわ」

「ありがとうございます……」


 今日のことは嫌なきっかけだったけど、それでも、少しずつ良い方に転がり始めてるような、そんな気がする。そう信じるのがきっと旋頭コーチの望み。

 こんなの逆に練習できないことに気持ちが(はや)っちゃうけど、おかげで、あたしの中の期待をまた繋ぎ留められそうな気がする。


 けど……


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