第七十三話 もう期待なんてしたくない(7/8)
******視点:月出里逢******
「ああもう……鞠。ええかげんにせぇや。今日のクスリやらへんで」
「ッ……!ご、ごめんなさぁい……」
「ええかげん下が寒いんや。おい、一応身体抑えとけ」
「うっす!」
仰向けに寝かされて、どさくさに紛れて身体を弄られながら抑えられる。
人間、下から見るとどんな美男美女でも残念に見えちゃうものだけど、このうすらでかいのは尚更。こんな汚ねぇ肌してるんなら、顎下のケアなんてしてなくて当然だよね。
「グヒヒヒヒ……嬢ちゃん、待たせたなぁ。嬢ちゃんも気持ち良うしたるさかいな……」
「身体の大きさとそれの大きさ、比例しないって聞いたことありましたけど、本当なんですね」
「……テメェもあんま調子こいてんちゃうぞクソアマ」
「ッ……!」
うすらでかいのが両手で体重もかけてあたしの首を絞めてくる。
「ああ、やっぱメス黙らすのはこれに限るわ……!オスとの格の違いをわからせるのにもな……!!」
息苦しさよりも、下っ腹の方に冷たいのがボタボタとこぼれてきて気持ち悪い……
くっだらねぇ。
「!!?」
「うぉっ……!!?」
「く、首が倍くらいに膨らんだで……!?」
手を退かせられたけど、やっぱりチョーカーが千切れちゃった。気に入ってたのに。だからあんまりやりたくなかったんだけど、しょうがない。
「確かに格が違いますよねwwwwww」
「……もうええわ。最初はシラフで悲鳴聞きたかったけど、コイツでヒィヒィ言わせたるわ」
そう言って、注射器を取り出してあたしの腕に近づける。
「うっわwwwwwwそれとびっきりのやつじゃんwwwwwwよかったわねぇ月出里。これでこれからはいろんな男の人に可愛がってもらえるお人形さんになれるわよぉ?」
「こんな複数人がかりで手足縛ってもクスリ使わなきゃいけないなんて、雑魚すぎて話になりませんね。もうちょっとハンデが必要でしたか?」
「言ってろや。もう二度と減らず口叩けんようになるからな」
これで良い。狙い通り、あたしだけに狙いを向けてくれたんだから。最悪すみちゃんの方に向いても、『あたしへの見せしめ』って言うのならできるだけ命を保つようにしてたはず。
それに、すみちゃんくらいの立場なら他の人達ももう動いてるはず。できるだけすみちゃんが無事でいられる時間を稼いで、それでもどっちも助からないのなら、口さえ動かせないすみちゃんのためにも、この桜井鞠を……このクズを可能な限り侮辱してから死んでやる。最期までこのクズにとっての"例外"であり続けながら死んでやる。
……あーあ。せっかくなら初めては卯花さんとか山口さんとか……それか純とかが良かったな。
でもしょうがないよね。結局、あの時と同じ。それでも周りに救われて、ちょっとくらい世の中に期待もしてやろうって思って生きてきたのに、やっぱりこんな終わり方。
持たない奴が顔だけ恵まれたって、結局は持ってる誰かのトロフィーか道具にしかなれない。そんなの、他の動物よりも扱いがちょっとマシなだけの家畜でしかない。そうなるかどうかも親ガチャ。結局、世の中なんてそんなもの。クッソ可愛く生まれてきても、1円にもならない満足感だけで、降りかかるのはいつも嫌なことばかりだった。
だからあたしは、このクズの考えてることがよくわかる。このクズが何を一番望んでないのかも。あたしだって、本当はこのクズと考えてることは一緒。『この世の人間みんな汚れてる』って気づいてるというよりは、『この世の人間みんな自分と同じくらい汚れていてほしい』って願って、『自分だけじゃない』って安心を求めてるだけ。
だけど期待してたから、あたしは"例外"であろうと頑張ってきた。自分よりも家族とか大切な人とか、誰かのためにあろうとしてきた。そうすれば少しくらいは報われると信じてたから。
けどくだらねぇ。本当にくだらねぇ。何であたし、こんなくだらねぇ世の中に期待なんてしてきたんだろ?子供に誰彼構わず平等に『愛と勇気と希望の物語』ばかり刷り込むくせに、本当は不平等ばかりで夢もへったくれもない。
もう期待なんてしたくない。それでまた裏切られるなんて嫌。生きるのって、ほんとめんどくさい。
でももう良いや。こんな世の中嫌だ嫌だって気持ちの中で生きてきたから、『ようやく終われるんだ』って気持ちもちょっとだけあるし、それで諦めるしかない。
舌に歯を立て、針が近づくごとに喰い込ませる。
……『あたしがきっかけですみちゃんが投手として終わってしまったこと』、これで償い切れるかな?
「ぐぇ……ッ!!!」
!!?
「あ、兄貴!」
「あっ……!」
「何やお前ら!?」
「は、離せや!」
「人質救出!人質救出!」
突然現れた黒服の人達が、うすらでかいのを伸して、他の連中も取り押さえた。
「月出里選手、大丈夫ですか?とりあえずこれを……」
「あ、ありがとうございます……」
この前、すみちゃんのお見舞いの時にいた黒服の女の人がスーツを脱いであたしの身体にかけてくれた。
でもこの人達、どうやって……?
「念の為、人数を集めといてよかったわ」
「……え?」
倉庫に入り込んできた黒塗りの車。中から出てきたのは、弁護士の三河さんと……すみちゃん?
「大丈夫?」
「え、えっと……すみちゃん、だよね?」
「そうよ」
黒服の人達がすぐに手足の枷を外してくれたおかげで、差し伸べられた手を握り返して立ち上がれた。
「じゃあ、向こうにいるのは……」
「お、おれ……」
「……卯花さん?」
「うん……」
ガムテープを剥がされた口から出てきたのは、聞き覚えのある声。成人男性とは思えないくらいやけに可愛くて高めの声。身体の縄も切られて、その正体を示すように、すみちゃんの髪型のカツラを外した。
ってことは……
「卯花さん……いくらそういう見た目でも、そういう趣味はちょっとあたし……」
「違うよ!?趣味じゃないよ!!?」
「ごめん……これ、私のせいなのよ」
「すみちゃん……?」
「一から説明するわ……」
スーツをくれた黒服さんから頭の傷の手当を受けながら、久々にすみちゃんの話に耳を傾ける。何て嫌なきっかけ。
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