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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第二章 背番号25
467/1158

第七十三話 もう期待なんてしたくない(5/8)

******視点:夏樹神楽(なつきかぐら)******


「そろそろ切り替えられたかい?」

「ん……まぁ……」


 8月23日、二軍球場屋内ブルペン。今日は久々のベンチ入りで、先発の雨田(あまた)と試合前練習。身体の疲れは良い加減取れてきたけど、精神的にはなぁ。


 彼氏の金の無心、そして失踪。数十万が無くなったことなんかよりも、裏切られたことの方がよっぽど痛い。

 あっしだって、(あい)佳子(よしこ)があっしみたいな立場だったら多分止めてたと思うよ。でも当事者にしかわからない情だってあるし、初めての彼氏だったし。どんな一流のバッターでも開幕してヒット1本打つまでは『このシーズンもう打てないんじゃないか』って思ったりするらしいけど、あっしだって似たようなもの。この人を逃したら、もう後がないんじゃないかってね。その時はもう、そうとしか思えなかった。ちょっと考えりゃわかるリスクすらも考えられなかった。

 ……やっぱあっしには、『プロ野球選手って立場』と『それに見合うカネ』しかないのかねぇ?実際、(あい)佳子(よしこ)ほど可愛くもないし。


 誰にだって人それぞれその人間なりの苦労とか、その人間の視点からしか見えない悩みとかもあるんだろうけど、それでもアイツらくらい可愛く生まれてりゃ、あっしももっとドンと構えていられたのかねぇ……?

 まぁこんなこと言ったら親に泣かれるだろうし、絶対に口には出せないけどね。


「雨田、夏樹(なつき)。ちょっと良いかしら?」

「?どうしました?」

「……ここにもいないみたいね。貴方達、月出里(すだち)は見なかった?」

「逢っすか?いや、見てないっすね」

「月出里ならいつも早めに来てグラウンドで身体動かしてるんじゃないですか?」

「いや……私も今朝球場入りした時には見かけたんだけど、今どこを探しても見つからないのよ」

「「……!?」」


 は……?


「何か他に心当たりはないかしら?」

「いや、思いつかないっすね……」

「電話にも出ないんですか?」

「ええ。球団管理アプリでメッセージを飛ばしたりしたんだけど梨の礫なのよ。手の空いてる球団スタッフにも手伝ってもらってるけど、トイレにこもってるわけでもなさそうなのよね」

「寮の方もですか?」

「守衛さんの話では出入りはなかったそうよ」

「それってつまり……」

「無断で外出したってことっすか?今日確か逢ってスタメンのはずじゃ……」

「ええ、だから困ってるのよ。もうすぐ試合開始だってのに……」

「……まさか、二軍落ちのショックで……?」

「いや、それはねーんじゃねーの?一応、二軍(こっち)じゃ打ててるんだし。脱走するにしてもこのタイミングは意味がわかんねーだろ」

「全くね……まぁ良いわ。とりあえず三条(さんじょう)オーナーや上には共有してるし、ショートのスタメンは代役を立てるわ。貴方達はこのことは外部にも内部にも黙っていてちょうだい。月出里と親しい貴方達だから念の為確認したけど、試合を前にあまり混乱を広げたくないわ」

「わかりました」

「もし見つけたらコーチに連絡すれば良いっすかね?」

「ええ。それでお願いするわ」


 逢が試合すっぽかして外出……?そりゃまぁめんどくさがりなところはあるけど、野球絡みなら何だかんだで真面目にやるアイツがそんなことするとは思えねーんだけど……


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(1時間前)

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******視点:月出里逢(すだちあい)******


「こっちや」

「はい」


 駐車場に、いろんな意味で目立つ男が3人。この前のあたしの誕生日を台無しにしたバンビちゃん達みたいな、果てしなくあたしの好みじゃないタイプ。

 不人気球団の平日午前の二軍球場で、人もそれほど多くないのが悔やまれる。


「乗れ」

「はい」


 案内された車はこれまた趣味の悪い改造車。絶対匂いもキツそうだけど、しょうがない。


「スマホ」

「はい」


 案の定、煙草臭い車内。ついでに息も臭い。でも従うしかない。言われるままに持ってきたスマホを渡す。


「よっと」


 助手席に乗った男が、渡したスマホをペンチで壊して、それを窓からポイ捨て。


「両手を後ろに回せ」

「はい」


 手錠を両手首に、それも3つも。あたしでも流石に3つは引きちぎれそうもない。


「ポケットの確認と、あとは入念にボディチェック……と言いたいところやけど兄貴の言いつけやからな。スケベは後回しにしたる。その代わり、妙な素振(そぶ)りをしたら……わかっとるやんな?」

「はい」


 今は指示通りに動くしかない。さっきの着信の通り。


三条菫子(さんじょうすみれこ)は預かった。無事に返して欲しくば球場の駐車場の6番スペースまで5分以内に来て、そこにある車に乗り、その後は車に同乗する案内人の指示に従うこと。また、この件に関するあらゆる第三者への連絡及び人質の本人確認を禁ずる。人質のスマホも確保しているため、もしこのスマホにお前からの着信があった場合は違反とみなし、人質の無事は保証しない。案内人と連絡が取れなくなった場合も同様である』


 サンジョーフィールドの関係者専用スペースっぽいところで、身体を縛られてるすみちゃんの画像が何枚か添付されてた。多分本人で間違い無いと思う。というかその可能性が少しでもある以上、従う他ない。

 なるべく最善は尽くす。あたしもすみちゃんも無事に帰れるように。両手を縛られたところで、こんなバンビちゃんくらいなら数十人いてもどうにかできるしね。

 でもまぁこの状況じゃ、ちょっと上手くいきそうにない……


 ……あたしの人生、もうすぐ終わりかな?


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