第七十三話 もう期待なんてしたくない(4/8)
******視点:???******
「チッ……」
しけてるわねぇ。侵入するのも一手間だってのに。まぁ良いわ。これだけ捌ければダーリンもまた分けてくれるはず。
サンジョーフィールドの関係者専用スペース。かつての職場……と言っても、ずっと二軍だったからこっちの球場じゃあんまりプレーしなかったけど。守衛やICカードでセキュリティを固めたところで、古い球場だから他にも出入りする手段はある。警備システムでガッチガチになる夜よりも、顔を目立たなくしてスタッフに扮して昼間に紛れ込んだ方が却って上手くいく。物がなくなってることが露見するとまずいから、どのみちそう頻繁には入り込めないけどね。
……ん?
「そろそろ行かなきゃ」
物陰に隠れながら、気配がした方を確認。あれは三条オーナー……?何でこんな時間にこんなところを1人で……
「……!」
ウフフフフ……♪最高に良いこと思いついちゃったわぁ。
そうと決まれば、こんなケチな盗品に用はないわ。他の手荷物も隠して、最小限の装い。病人のようにおぼつかない足取りで姿を現す。
「ううっ……」
「!?だ、大丈夫ですか!!?……ッッッ!!!」
三条オーナーが心配して駆け寄ったところに、隠し持ってた護身用のスタンガン。瞬時に口も塞いだから、黙ったまま崩れ落ちた。
「ッしょっ……」
倒れた三条オーナーを手荷物のところまで引きずる。元球児だからか、細身の割に重いわね。まぁ私も元プロ。このくらいならどうにか。
手荷物の確認。盗ったものを縛るのに用意した荷造り用の紐と結束バンド、それと窓ガラスを割ることを想定したガムテープと金槌……十分ね。
っと、その前に……
「あったあった」
改めて周囲を確認してから、見つけたスマホを金槌で叩き壊す。よしよし、電源はもう付かない。
しっかし、財布とかは持ってないのね。ついでにちょろまかそうと思ったのに。他に持ってるのは何故か別人の球団スタッフのカードだけ。落とし物でも届けるつもりだったのかしら?まぁ良いわ。
私のスマホを取り出して、CODEを立ち上げる。
『ダーリン、ちょっと手を貸してくれない?』
『どないしたんや?ブツは?』
『すごいの盗れちゃったわよ。三条財閥のお嬢様』
『マジか』
『マジマジ。それでね……』
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******視点:三条菫子?******
「ッ……!」
「あら、目を覚ましたみたいね」
目を開けると、眩しさでよく見えないけど、女の人っぽい姿。
どこだろここ?事務所みたいな感じだけど……
「!!?ッー!」
口が塞がれてる……!?それに、身体が縛られてる……!
「大人しくしててねぇ?良い子にしてたら、しばらくは傷一つ付けられずに済むからねぇ」
何でこんな状況に……そうだ。そういえばさっき、マスクをしてたスタッフさんがフラフラと歩いてて、近づいたら急に……
「まぁ本当は今すぐにでもズタボロにしてやりたいんだけど。素っ裸にしてホームレスの群れの中に放り込んだり、ダーリンが持ってるとびっきりキツイので頭をクルクルパーにしたり、熱した鉄棒を突っ込んで女を終わらせてやったりねぇ……ウフフフフ……」
「……!」
まだ姿がはっきり見えない女が顔を近づけて、軽く頬を叩きながら恐ろしいことを並べる。
「……なぁにが『お情け』だぁ?お高く止まってんじゃねぇぞブス。訴えねぇからってバカみてぇな賠償吹っかけやがって。おかげで私はこんなザマだよ」
少しずつ視界がはっきりしてきて、目に入ったのは捲った誰かの左腕。無数のタトゥー。そんな中でも目立つ無数の注射痕。
「まぁでもきっと、今日ようやく貴女のことが許せると思うわ。20年以上大事に大事に育てられてきた大財閥のお嬢様を、この手で台無しにできるんだからねぇ……ウフフフフ」
「!!!」
ようやくその顔が見えた。おれが知ってるのとは随分印象が違うけど……
「ねぇ。神様って不平等だと思わない?同じ女に生まれても、生まれた家や顔とかでその後が大体決まっちゃうんだから。自分より上の女がいて、クソムカつかない?こちとら"天才野球美少女"なんて呼ばれてたのに。"約束された勝ち組"だったのに。貴女のような存在がいるだけで"人並み"に堕とされたんだから、許せないのは当たり前よね?そんな世の中のルールに護られた"生まれながらの勝ち組"を堕とせるところまで堕とせたら、胸がスーッとしない?」
間違いない。この前自由契約になった、桜井鞠。
すみちゃんの話だと、桜井鞠はこれ以上大ごとにはってことで示談で済ませて、バックにいた半グレについては流石に警察が動いて、一部の残党がまだ逃げ回ってるって話だったけど……
「私の感覚って、どこかおかしいかしら?女だけじゃなく男だって、本当は誰しもがそんなふうに思ったりするものじゃないかしら?私だって逆に妬まれたこともあるわよ?でもぜぇんぶ返り討ちにして、私は女として勝ち続けてきた。ブスのくせに陽キャ気取りの身の程知らずはグループでハブってきたし、"学年一の美女"なのを鼻にかけないことで鼻にかけてたいけすかない優等生から彼氏を奪い取ったりもした。勝ち続けられてたから、こんな不平等でクソみたいな世の中を愛せてたのに。"中途半端な私"で逆に満足できたのに。なのに貴女やあの月出里のせいでねぇ……ウフッ、ウフフフフ……ウヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
これは多分、元からの本音。だけどさっきまでおれの目を見て話してたのに、だんだん明後日の方向に視線を逸らしながら、涎を垂らして語り続けてる。その口もだんだん緩くなって、だらんと垂れた舌には金属の反射光。
……彼女はもう、きっと……
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